世人

@Tanoue_okie

前編

「翔(かける)は卒論の題材決まった?」


この数日間その漢字2文字が頭の中で根をびっしり張っている。


いや、張り巡らせてると言った方が正しいのかもしれない。


高校時代もただ大学に行くために勉強した。


大学も行きたいところは落ちて浪人するのはやめてくれと両親に言われ滑り止めの大学に進学。


就職も決まってはいるが営業職という学部のほぼ半数以上が進む職業に来年から自分もなる。


そんな感じで生きてきた約22年間。


大学の4回生でいきなりゼミの教授から「卒業論文の内容は自分で考えてもいいし、卒業生の論文をより深く研究してもよいので自分で決めて私に教えてください。」と言われ、この上なく自分を悩ませてる。


なぜなら、1ヶ月前に別れた彼女に言われた事が頭に引っかかっているからだ。


「翔って私の事思っていろいろと私に決めさせてくれてると思ってたけどそうじゃなくて翔の意見とかないよね。付き合ってても楽しくないから別れよ。」


彼女がいなくなった焦燥感より、まるで今までの自分の生き方を否定された疑問感が強く、別れた事による悲しみは全くなかった。


確かに彼女と付き合ったのも彼女からの告白だった。


なんとなく嫌いじゃなかったら付き合った。それだけの理由だった。


それからというものこの卒業論文を決めるという作業に頭を悩ませている。


今までの自分だったら卒業生の論文を使うだろう。


なぜなら、テーマが与えられていることは言わば答えがある様なものだからだ。


その様に今まで生きてこれたし、それで困った事もなかった。


彼女にあの一言をもらうまでは。


「いや、まだ決まってないんだよね」


「マジか!早く決めろよ!ゼミで決まってないのお前だけだぞ? 卒業生のやつもろパクリで作ればいいんだよ。別に卒業できればいいんだから。」


全くもって奴の言う通りだった。


元カノと別れるまでは自分もこうしていたと思う。


自分の卒論が学会で発表されるわけでも社会で役立つ代物なわけでもない。


しかし、今の自分にはそれをする事が怖かった。


「こういうのはパパッとやって遊べばいいんだよ。残り少ない大学生活遊ばないと損だぜ? 今日、あのお嬢様大学の子と3対3で飲む約束してるんだよ!翔もこいよ!お前最近彼女と別れたって言ってたじゃん!」


こいつはこうやって変に気にかけてくれる。


ただ、遊びたいために俺を使っているのか謎だが自分も大学生活を遊びたい気持ちはある。


「わかった。でも、お持ち帰りとかの手伝いはしないからな。」


「お!そうこなくっちゃ!俺これからサークルあるから行くわ!また連絡するな!」


遊ぶ約束だけ取り付けてどっか行ってしまった。サークルやら飲みやら忙しいやつである。


「はぁ。こんな事してて卒論どうしよう」


ため息つくくらいなら行くって言わなければよかったなと約束した数分後に後悔をしている自分が嫌いだ。


"新宿東口の広場に18時集合な!"のLINEだけ残して、こっちからの連絡にも既読スルー。


奴らしい。


結局、講義終わってからやる事もないので東口にそのまま来たけど集合時間の30分前だ。


どこかでブラブラする時間でもないし、広場でスマホでもいじる事にした。


最近流行っているアプリゲームが面白い。


自分のキャラを育てて知らないプレイヤーと競わせる。


自分が作ったキャラだからか愛着も湧くし、欲しいキャラをガチャで手に入れるまでついつい課金をしてしまう。


そうこうする間にヤツが来た。


女の子が絡んでくる事にはちゃんとしているやつ。授業には出ないしサークルもたまにしか出ない様なヤツにも関わらず。


「さすが翔!1番ノリだな!」


「いいけど、もう1人の男は誰が来るんだよ」


「健(たける)に決まってるだろ〜!」


来てはいけないやつが来た。


学内1番のイケメン。


この前、街を歩いていたらモデル事務所からスカウトされたって噂の彼だ。


おそらく普通に生きてても関わる事のない人種だろう。


ひょんな事から同じゼミにいるが、正直会う機会がない。


大方モデルの仕事が忙しいんだろう。


正直、連絡事項をするくらいの仲でしかない。


「あいつこういう飲み会やっぱり来るんだな」


「でも、あいつ無理やり来させないと来てくれないんだよ!そのおかげで今日のお嬢様大学の子とセッティングできたんだけどな!感謝してくれよ〜。お!噂をすれば何とやらだ!」


なぜだろう。


彼が現れた時に空気が何か変わった気がした。


でも、それがなんでかはわからない。


おそらく、イケメンパワーってやつだろう。


「ごめん。待たせたよね」


「18時ギリギリだぞ!翔を見習えよなー!」


「翔、待たせてごめん」


「いやいや!早く来すぎた俺が悪いんだから気にしないでくれ」


「そう言ってくれてありがとう」


「これくらい普通だろ笑」


「何イチャイチャしてんだよ!女の子待ってるんだから行くぞ!」


「あぁ。じゃ行くか」


健に普通って言った後、少し変な感じがした。


今まで普通だろうと思ってやってきた事が元カノに否定されてから、自分の言っている事に疑問を覚える様になってしまった。


自分でも自分がめんどくさい。

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