044_火球

薄暗い部屋が爆発により照らされて、俺はその眩しさに目を瞑った。目を開くと、残念ながらそこにはまだイアンが立っていた。


「貴様、一体どうやって斧を手に入れた?」


顔に一本の切り傷が入り、そこから血が流れ出ている。無傷という訳では無かったが、あの技をまともに受けたというよりも、掠っただけといった様子だ。




「俺達がこの部屋に入ったことは分かってても、斧を仕込んだ事は気が付かなかったみたいだな」


折角だ。イアンにも説明してやろう。


「何を言っている」


どうやらまだイアンには理解できないらしい。




「隠密の魔術で見えないようにして持ち込んでおいたのさ」


隠密の魔術は物に対しても使える。だからスーザンにもたせるための斧を事前に用意して、この部屋に持ち込んでおいた。


普通に持ち込んだらイアンに撤去される可能性が高いため、隠密の魔術をかけてイアンには見えないようにしておいた。




「そうか。それでわざわざその女を起こしたのか」


スーザンは斧を持たせれば戦力になる。だからスーザンを起こしたというのもある。


「流石に素手で戦うのは無理だけど、斧さえあれば普通に戦えるよ」


 元々スーザンは冒険者であり、イアンに誘拐された立場だ。今の状況で俺達に加勢する事は厭わない。




「だが私を倒せなかったのは失敗だったな」


 顔に傷を付ける事は出来たが、掠り傷だ。大したダメージにはなっていないだろう。


 最初の一発で倒して倒せれば良かったのだが、そう上手くは行かなかった。


「一発で終わりだと思ってないかい?」


 スーザンが改めて斧を構え直す。




「今のは油断してかすっただけだ。貴様が斧を持っている事さえ分かればもう当たらん」


不意打ちだった一発を躱したのであれば、正面から放たれても避けるのは簡単だろう。


やはり影縫いで動きを止めないと無理か。


「避けるって事は当たると危ないんだろ?」


それでもスーザンは諦める気は無いようだ。


確かに受けずに避けるという事は、当たったらダメージが入るという事だろう。




「馬鹿め、当たらんと言ってるのが分らんのか」


一方のイアンはもう当たるつもりは無いらしい。


「当たるまでやってやるよ!」


そしてケイトもまた、大人しく引き下がるつもりは無い。




「ふん、撃たせるまでも無い。 ライトニング!」


どうやらイアンは避けるよりも先にスーザンを倒す事を選んだようだ。


「クソっ」


それをスーザンは飛び引いて避ける。距離があったために直撃は免れたようだ。




「また飛び上がってみると良い。撃ち落としてやる」


それをイアンがあざ笑いながら見ている。そこまで打たせないようにするという事は、やはり直撃すると致命傷になると本人は考えているのだろう。


ならば俺も手を貸すべきだ。




「俺もまだ動けるぞ!」


あえて声を出してイアンの気を引き付ける。


イアンが壁際にいるといっても、接近すれば十分影縫いは狙える。イアンが俺に気を取られたのならば、スーザンが攻撃すればいい。


「いいだろう。ならば貴様からだ。ライトニング」


イアンはスーザンよりも俺の方を脅威と考えているようだ。影縫いで動けなくなる危険性を考えれば当然か。




「この距離なら」


これなら十分避けられる。


俺はイアンからの魔術がギリギリ避けられる範囲に近づき、イアンの魔術を俺に向けさせる。


「爆砕斬!」


そこにスーザンがイアンに向かって打ち込む。




「無駄だと言っただろう」


やはり予備動作が大きすぎるのか、スーザンが飛び上がってから斧を振り下ろすまでにイアンは俊敏に移動し、スーザンの技を避けてしまう。


いくらイアンでも連続で魔術を使うのは無理なようだ。スーザンに魔術を使う事無く、移動する事で技を避けている。


「この」


スーザンが再び斧を構え、技を打つ体制に入る。




「何度やっても同じだぞ」


そう言いながらもイアンは魔術を打たない。やはりスーザンよりも俺の方を警戒しているのだろう。


さらに言うなら、イアンは壁際から離れている。スーザンの技を避けるためには壁際に居ない方が良いと判断したのか。


これなら隙を見て影縫いを打ち込めるかもしれない。後はどうやってイアンの魔術を躱すかだ。




 ●




俺が接近し、イアンの魔術を放つ事を誘発し、その隙にスーザンが技を繰り出し、それをイアンが避ける。これを何度か繰り返したが、イアンに攻撃が当たる事は無い。




「気は済んだか?」


その様子を見て、イアンはもう勝った気でいるようだ。


「くそ…」


スーザンにも疲れが見えてきている。


イアンが何度もスーザンの技を避けた結果、床には複数の穴が開いている。だがイアンに傷を付ける事に成功したのは最初の一発だけだ。




「そう何度も打てる技では無いだろう」


スーザンの技は、地面を抉るほどの威力がある。それなりに使用者にも負担が掛かるのだろう。


「まだまだいけるよ」


スーザンは口ではそう言っているが、俺の目にもスーザンの限界が近い事は薄々分かっている。




「もう限界か?」


イアンが挑発するかのようにスーザンをあざ笑う。それでもスーザンが攻撃しないのは、今撃っても避けられるだけだという計算なのか、それとももう体を動かす事も難しいのだろうか。


「スーザン、あまり無駄打ちするな」


俺が影縫いを決めて動きを止めさえすれば、確実にスーザンの攻撃は当てられる。しかし下手に近づいてもイアンの魔術の餌食になるだけだ。


何か良い手はないだろうか。




「ではこちらの番だ」


俺もスーザンも動かないのを見ると、イアンが俺に向かって手を翳す。


イアンの攻撃に備え俺が身構えると、俺の背後から視界に光が入って来た。


「ファイアボール!」


次いでサーシャが魔術を唱える声が聞こえてきた。つまり先ほどの光は炎を生成した時の光か。サーシャもまだ魔術を使えるのか。


月明りだけの薄暗い部屋を、火の玉が放つ光は眩しいと言っても良いかもしれない。




「おっと」


だが同時に、それはあまりにも目立ち過ぎた。イアンに簡単に避けられ部屋の壁に当たって霧散してしまう。


そして残念ながら結界は健在であり、俺達は部屋の外に出られない状態のままだ。


「逃げてばっかりね」


それを見たサーシャがイアンを煽る。




「ふん、あんな目立つ攻撃に当たるものか。たまには他の魔術を使ったらどうだ」


ファイアボールは、術者の近くに火の玉を生成して射出するが、この暗闇で火の玉を生成すればそこから放たれる光でどうしても目立つ。


「避けるって事は当たれば痛いんでしょ」


スーザンの攻撃も顔に傷を付ける事はできていた。耐久力が高い訳ではないはずだ。一発で仕留められるかは分からないが、無傷では済まないだろう。




「だが、当たらなければ意味が無いな。他の魔術も試したらどうだ?それともそれしか使えないのか?」


この暗闇なら、例えば風の魔術ならば不意打ちに使えるかもしれない。だが今のスーザンに使えるのはファイアボールとヘルフレイムだけだ。ヘルフレイムは先ほど途中まで使っていた。もう一発はもう撃てないだろう。


つまり今のサーシャが使えるのはファイアボールだけだ。


「この」


サーシャはまだ諦めていない。再度掌の上に火の玉を生成し、射出のタイミングを計っている。




「そうか、駆け出しの冒険者複数の魔術を使うというのは難しいか」


イアンにも、今のサーシャには他の魔術が使えないと気が付いたのだろう。サーシャの様子を見て嘲笑った。


「うるさい!」


サーシャが感情的になり怒鳴り返す。




「何だ、刻印の強制効果は効かないと言っただろう。もう少し考えたらどうだ?」


サーシャの神経を逆なでするように、イアンはしゃべり続ける。


「お前なんか…」


そう言いながらサーシャが生成した火の玉を撃ちだす体制にはいる。




「懲りないな」


イアンは当たる訳が無いとでも言う様子で、サーシャの事を見ている。


「次は外さない」


そう言っても、このままただ撃ったところでまた避けられるだけだろう。


サーシャもそれが分かっているのか、なかなかその火の玉を放とうとしない。その火の玉を中心として放射線状に淡い光が広がっている。いや、待て。これはいけるかもしれない。




「どうした、撃たないのか?」


イアンとしては、サーシャだけでなく俺とスーザンも警戒している。イアンから先に仕掛けるつもりはなさそうだ。


流石に同時に攻撃されては当たりかねないと思っているのかもしれない。


ならば同時に行くか。


こうなった場合の事は想定していなかった。


今更合図など決めようにも、声に出して話せばイアンにも聞こえてしまう。何かサーシャに伝わる話は、あった。




「サーシャ、最初に俺に刻印の効果を試した事は覚えているか?」


俺はサーシャに向かって声を掛ける。


「うん」


今の声の大きさでもちゃんと聞こえているようで、サーシャからは返事が返って来た。ならば良いだろう。本題はここからだ。




「じゃあ最後に何を命令したかも覚えているな」


これで覚えていないと言われてしまうと話がややこしくなるが、大丈夫だろうか。


「覚えてるけど」


それほど前の話でもない。ちゃんと覚えているようだ。ならば言う事は一つだ。




「それをお前がやるんだ」


最後の命令は『ストップ』だった。口では覚えていると言ったが本当に大丈夫だろうか。


「え?」


若干困惑気味の声が返って来た。




「いいな」


俺は念を押す様にもう一度サーシャに指示を出す。


「わ、分かった」


それで、俺に動くなと言われたと分かったようだ。だが何故今動いてはいけないのかは分からないようだ。 


だが指示に従ってくれるならそれでいい。少なくとも、ファイアボールを射出するような事をしなければ、後はどうにでもなる。


そして、当然ながら今のやり取りはイアンにも聞こえている。


「ほう、まだ何かする気か?」


イアンが俺達を馬鹿にするかのように声を出す。それでも、俺達の動きを警戒して攻撃はしてこない。


どうやら、イアンには俺の言葉の真意はバレずに済んでいるようだ。それでいい。俺の真意がバレれれば警戒される。




「ああ、直ぐにお前を倒してやる」


俺はゆっくりと距離を詰める。


「今更、新しい魔術を使えるとは思えんが」


どうやらイアンは俺よりもサーシャの方を警戒しているようだ。残念だが俺の狙いは底ではない。




「爆砕斬!」


イアンがサーシャに注目しているのを見て好機だと思ったのだろう。


もう一度スーザンが攻撃を放った。


「芸が無いな。結局は不意打ちか」


それをまたイアンが避ける。


スーザンの攻撃は空を切り、またしても地面を抉り床に穴を開けるがイアンにダメージを与える事は出来なかった。




スーザンの攻撃を避けたイアンは、丁度俺とサーシャの間に移動している。


灯りの消えた室内で、サーシャが光源となる火の玉を掲げている。この状況が何を意味するのか。


それをイアンは最後まで気が付かなかった。


俺はこの隙を逃すことなく、地面に短剣を突き立てた。


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