043_総力戦

これで死んでくれれば、俺としては助かるのだが、それは無理だったようだ。


なぜなら、まだ俺を取り囲む結界が解除されていない。つまりイアンはまだ生きている。


瀕死にでもなってくれれば、結界の外にいるスーザンが一人でも倒せるだろうが、果たしてどうなっているのか。




俺が頭の中で色々なケースを想定している中、光が収まっていく。


召喚魔術の衝撃で、燭台に灯されていた蝋燭の灯りはすべて消えた。


光が収まるとそこにはイアンの姿は無かった。


月明りだけが光源となった薄暗い部屋の中で、代わりに角の生え、全身毛むくじゃらになった、化け物の姿がそこにはあった。




「貴様、よくもやってくれたな」


背の高さは二倍ぐらいに伸びていて、体格もがっしりしている。とても人間には見えない。魔物と言った方がふさわしいだろう。


まるでこの前見た正体不明の魔物のようだ。


この前見た魔物との違いは言葉が話せるという事だ。


体が大きくなった影響か、先ほどより声は低くなっている。口調までも変わっているのは本性が出ただけか、召喚の影響なのかは俺には分からない。


問題なのは、話せるだけの体力は残っているという事。更に俺達の事を覚えているという事は、イアンとしての意識は残っているのだろう。




「へえ、まだ生きてるのか」


俺としては、この前みた魔物のように言葉も話せなくなり、知能も低下してくれる事を期待していたのだが、この様子では、そう言った効果は期待できそうもない。


「生贄を私に変えたところで、召喚が失敗すると思ったのか?」


この状態を成功と呼ぶかどうかは知らないが、イアンはまだ戦えるようだ。


わざわざこの時間帯を選んで召喚を行った成果という事だろうか。




「それで成功したつもりか?」


それでも人間の姿は保てなかった。これを成功と呼ぶのだろうか。


「私は自分の意識を保っている。十分成功だろう」


意識を保っていて、言葉を話せるという事は、この前俺が討伐した正体不明の魔物とは違うのだろう。




「その姿でか?」


サーシャのように人間の姿を保ったままなのが成功だと思っていたが、今の状態でも成功と呼ぶつもりか。


「貴様が余計なことをしなければ、あのままスーザンを生贄にして儀式をしていれば完全に成功していたのだ!」


やはり生贄の位置を動かした事でうまくは行かなかったようだ。




「つまり、今の状態は失敗なんだろ」


イアン自身今の状態が失敗である事は自覚しているような気がする。


「黙れ!」


イアンが声を荒げる。


どうやら、今の状態を失敗と認めたくないらしい。




「お前の仲間を呼んで、今のお前の姿を見て貰ったらどうだ?」


イアンの仲間は、変わり果てたイアンの姿を見て、どのような反応をするだろうか。


「こうなってしまっては、もう仲間の元に戻ることはできん」


イアンとしても、今の姿を仲間に見せるつもりは無いらしい。




「つまりもうお終いだろう。諦めろ」


それとなく、降伏を勧める。


「諦める? 何を諦めると言うのだ」


イアンの言葉には怒りの感情がありありと伺える。俺のせいで召喚が失敗したのだから当然か。


人間を辞める事になるとは思っていなかったのだろう。




「これ以上悪魔召還をするのは諦めるんだな。今まで何人も誘拐しては召喚の生贄にしたんだろ。その罪を償うために、大人しく自首したらどうだ」


応じるとは思っていないが一応言ってみる。


「この姿で自首だと?」


今までの経緯を知らない者が、人間の姿を留めていないイアンの姿を見たら本物の悪魔として殺されるのがオチだろう。


俺が以前正体不明の魔物を殺したように。




「まあ、よくて見世物小屋だろうな」


言葉が話せるのであれば、愛想良くすれば人気者になれるかもしれない。


「楽に死ねると思うな」


残念ながら愛想を良くするつもりは無いらしい。


イアンが俺に向かって手を翳すと、俺の周りに張られていた結界が消える。今のイアンを様子を鑑みると、逃がしてくれる訳ではないだろう、


なぜなら部屋にかけられた結界は維持されたままだ。




「俺達を殺したらマズイんじゃなかったのか?」


という事は俺を攻撃するために結界を解いたと考えるのが自然だろう。


サーシャを連れていって返り咲くと言うのは諦めるという事か。


「ライトニング!」


俺の質問に、イアンは攻撃で答えた。これ以上俺達と話すつもりは無いらしい。




「ぐお」


俺は耐える事が出来ずに、その場から吹き飛ばされた。電撃の威力が人間だった時よりも上がっている。


「今更関係があるか!」


怒りを露わにするイアン。


これはもう俺もサーシャも殺すつもりなのか。




「それはもう、俺達全員殺すって意味か?」


一応聞いておこう。


「ああそうだ。全員まとめてかかってこい」


イアンはケイトとサーシャの結界も解除した。残念ながら部屋に掛けられた結界はそのままだ。




「四人同時でも勝てるっていうのか?」


俺としてはその方が有難いが、四人がかりなら勝てるかと言われれば、難しいだろう。


「ああそうだ。一人では物足りないからな。せっかく手に入れた力だ。貴様らで試させてもらうぞ」


そんな事を考えている俺を、イアンは殺気立った目で睨みつけている。


果たしてここから勝つ方法はあるのだろうか。




 ●




結界を解除されて、最初に動いたのはサーシャだった。


「動くな!」


サーシャが叫んだ。そうか、刻印の効果で命令を強制する事が出来れば、動きを止める事ができる。


「何だそれは? ふざけているのか?」


しかし、イアンは平然と、サーシャの方に首を動かす。




「刻印の効果が…」


イアンに刻印が効いている様子が無いのをみて、サーシャが後退る。


「私にそれが効くと思ったのか?」


イアンがこれ見よがしに自分の腕に刻まれた刻印を見せる。どうやら刻印自体が消えた訳ではないらしい。




「どうして…」


サーシャの口から困惑気味な声が零れる。


「相手の魔力量が多いと、支配下に置く事は出来ません」


サーシャに向かってケイトが刻印の原則を説明する。これは確か、最初に刻印の効果を試した時にも話していた事だ。




今の状態のイアンに、刻印が効けば、今ので終わったのかもしれないが、そう都合よくは行かないらしい。人間だった時ですら効果は薄かった。


悪魔が憑りついて力が増した今の状態では、全く効果が無いのだろう。




 ●




「どうした、他に何か手は無いのか?」


イアンは悠然と俺達に問いかける。仮に俺達が何かをしたとしても全て打ち砕いて見せるという本音が態度から滲み出ている。




上等だ。ならやってもらおう。


俺以外の三人は動ける状態だ。全員で攻撃すれば何とかなるかもしれない。


そして、スーザンと目があう。


それでスーザンには伝わったようだ。




「なら俺から行くぞ!」


俺はイアンに接近する。


「どうせ影縫い狙いだろう」


そう言うとイアンは壁際に移動した。


窓から月明りが差し込んでいてうっすらと影が出来ているが、窓とは反対側の壁に立たれてしまっては実質影縫いをする事は出来ない。




「チッ」


思わず立ち止まる。


「さあ、今度はこちらの番だ。ライトニング!」


再びイアンが電撃を放つ。




「クソっ」


ギリギリで体を横に逸らして攻撃を躱す。今のは距離があったから避けられたものの、これ以上近づくと危ない。


「どうした? それ以上近づいて来ないのか?なんだもう限界か?」


攻撃を避けた俺を見て、イアンがあざ笑うかのような声を上げる。




「お前こそ、そんなに影縫いが怖いか?」


影縫いをするなら、まずイアンを壁から移動させないと話にならない。


「影縫い以外の手が無いなら、お前は仲間がやられるところをおとなしく見ているのだな」


俺がそれ以上近づかないのを見ると、イアンは標的を変えたようだ。




「何?」


まさか俺以外から狙うとは思っていなかった。


「ライトニング!」


驚く俺を気に留める事無く、イアンは魔術を放った。イアンの手から再度電撃が迸る。


「きゃあっ」


標的にされたのはケイトだった。


避ける間もなく、電撃の餌食となり吹き飛ばされる。




「ケイト!」


思わず声が出た。


「大丈夫、です。まだ、いけます」


ケイトは首を動かし俺に向かって返事をした。だが立つのは厳しそうだ。




「ならもう一発くれてやろうか?」


もう一度イアンがケイトに向かって手を翳す。あれ以上ケイトが攻撃されるのはマズイ。


俺がそう思ったのと同時に、地面に魔法陣が浮き上がった。サーシャが紫炎の魔術を使おうとしているのだ。


だがわざわざそれをあえて受けるイアンでは無かった。




「おっと」


当然その魔法陣はイアンにも見えているし、ケイトが紫炎の魔術を使うところは以前イアンも見ている。


早々にイアンはその魔法陣の上から移動した。


「逃げるしか出来ないの?」


それを見たサーシャが、イアンを煽る様に吐き捨てる。




「そんな詠唱に時間のかかる魔術にわざわざ当たるほど当たるほど馬鹿ではない」


だがイアンはその挑発に乗るつもりは無いらしい。


「体は大きくなっても、度胸は小さいんだね」


魔法陣の上にイアンが居ない状態で紫炎の魔術を使っても無駄打ちになる。そのまま紫炎の魔術を使う訳にもいかず、サーシャがイアンに対して挑発を繰り返す。




「貴様は生かしてやろうと思っていたが、良いだろう。そこまで言うなら貴様から死んでもらおう」


今度はサーシャをターゲットに選んだようだ。


ごくわずかの間ではあったが、サーシャがイアンの気を逸らしてくれた。それで十分だった。


「あたしを忘れてないかい!?」


斧を手にしたスーザンが高く飛び、斧を高く構える。




「何?!」


それを見たイアンが驚きの声を上げる。スーザンは今まで斧を持っていなかったため完全に油断していたのだろう。


「爆砕斬!」


それはレッドキャップに対してトドメを刺した時に使った技だった。空中に高く飛びそのまま地面に斧を叩きつけ爆発を起こす。


あの時と同じように、叩きつけられた斧が爆発を起こした。

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