042_召喚

「私は感謝していますよ。お陰で成功品に巡り合えたのですから」


イアンは俺とは正反対の意見だった。




「お前っ」


サーシャを物の様に扱うその言いぐさに我慢ができず、思わず飛び掛かる。


「ライトニング」


俺イアンを間合いに捉えるよりも先に、見たイアンが電撃を飛ばしてくる。




「くそっ」


カッとなりすぎたのかもしれない。


走り出していた俺は、避けられずに魔術の直撃を受け膝を付く。


まだ動けるが、何発も受けていられない。


「どうしました? もう終わりですか?」


それを見たイアンは満足げに勝ち誇る。




「そっちこそ」


先ほどは殺しても良いとは言っていたが、サーシャに言う事を聞かせる事を考えれば、イアンとしては俺とサーシャは生きたまま捕まえるつもりで、殺す気は無いのだろう。 


「そろそろ月も高く上った頃合いです。これ以上無駄話につき合う理由はありません」


儀式には月が一番高く上る時間帯が適しているという話だった。その時間帯を逃してまで俺達の相手をする気は無いようだ。




「時間を稼いだ方がお前の儀式が失敗するって事ならいくらでも邪魔してやるよ」


それが分かっているなら、あえて妨害して儀式を失敗させる方がイアンにとっては痛手であろう。


「そんな妨害にわざわざつき合うと思いますか? じっとしていなさい」


当然イアンとしては儀式を成功させるつもりであり、これ以上の遅延工作をさせるつもりはないのだろう。




「していると思うか?」


こちらとしてはイアンの希望をわざわざ通すつもりはない。そもそもスーザンを救出するのも目的であり、儀式自体を阻止するつもりだった。


「ならば仕方がないですね。サンクチュアリ」


イアンがため息交じりに魔術を唱えると。俺を囲むかの用に半円状の結界が現れた。




「くそ」


叩いてみるがびくともしない。結界の中に閉じ込められている。こういう使い方もできるのか。


「動けるなら動いてみなさい」


俺が結界を破れないのを見るとイアンは満足げにそう言った。結界の中に閉じ込められているとはいえ、結界の外からの声は聞こえるようだ。


そして視線をケイトとサーシャに移して言葉を続ける。




「あなた達もです。サンクチュアリ」


ケイトとサーシャをそれぞれ囲むように半球状の壁が現れた。


それを見たケイトはすぐさま解呪の魔術を唱えた。


「ディスペル」


しかし結界は消えなかった。




「無駄ですよ」


勝ち誇るようにイアンが言い放つ。


「これは、外からの攻撃を防ぐのではなく、内側に閉じ込める目的の結界ですか」


ケイトは直ぐにその結界が何なのかを見破ったようだ。




「この部屋に掛けた結界の縮小版ですよ。それなら内側からディスペルは出来ないでしょう」


確かにこの部屋に掛けられた結界も、ケイトのディスペルで解除する事はできなかった。アレをさらに小さくして、人一人を閉じ込めるようの結界にしたのか。


「私を生かしておく理由があるのですか?」


ケイトがイアンに対して問いかける。イアンからすればサーシャは悪魔召還の成功例であり、俺はサーシャの兄という事で生かしておく価値があると言っていた。だがイアンにとってケイトまで生かしておくことにどんなメリットがあるのか。




「本物の悪魔に会った話、後で詳しく聞かせてもらいましょうか」


どうやら、ケイトが刻印を付けられた経緯について興味があるらしい。


「アタシは放っておいてもいいのかい?」


俺達四人の中で唯一結界に閉じ込められていないスーザンが、イアンに対して啖呵を切る。




「あなたには予定通り生贄になってもらいましょう」


そう言って、イアンはスーザンの方に杖を向ける


「従うと思うかい?」 


だが、スーザンは言われた通りにするつもりは無いらしい。従ったところで生贄として使われるだけなのは目に見えているから当然か。




「ライトニング」


スーザンの言葉を聞いたイアンはすぐさま魔術を使いスーザンを攻撃した。魔術を唱える声からは、苛立ちが滲み出ていた。


「がっ」


直撃を受けたスーザンが悲鳴を上げる。




「もう遊んでいる時間は無いんですよ。痛い思いをしたいですか?」


もう一度杖を向ける。余計なことを言うともう一発撃つという事だろう。


「こいつ…」


それでもまだスーザンは戦意を失っていないようだ。




「素手で何ができるんです? 大人しく従いなさい」


イアンの言う通り今のスーザンは武器を持っていない。


どうする。手はあるが、スーザン一人で戦わせてもイアンに勝てるとは思えない。今はまだチャンスを待った方が良い。それに今スーザンがイアンに近づくのはマズイ。


俺がやった事がバレる危険性がある。それならば成功を信じてスーザンには大人しく従ってもらった方が良い。


「生贄になったら死ぬんだろう?」


大人しく死ぬぐらいだったら抵抗した方が良いというのは確かだろう。俺もここで死ぬ気は無い。




「悪魔に憑りつかれるだけですよ」


まるでそれが何でも無い事のようにイアンは言う。そしてイアンは今回は召喚を成功させるつもりであり、生贄が死ぬような事態になるとは思っていないらしい。


「それを生きてるって言えるのかい?」


まあ、悪魔に憑りつかれて、自分の意識を保っていられるかは分からない。




「そこに成功例がいますよ?」


イアンはサーシャを指さす。


確かにサーシャを見れば、悪魔に憑りつかれても本人の意識はそれまでと変わらず維持できるという事になるだろう。だが俺としてはあの失敗作を見ている。ギルドに討伐依頼を出された魔物を。


「それは成功すればの話だろう? 失敗したらどうなるんだい」


スーザンも、俺と同様にイアンの言う事を素直に信じるつもりは無いらしい。自分を誘拐した相手のゆう事を信じられないというのは当たり前か。それよりも失敗したらどうなるか気になるようだ。




「中途半端に失敗すれば、出来損ないの魔物になりますよ」


以前俺達三人がクエストで討伐したあの魔物の事だろう。


「完全に失敗したら?」


イアンは中途半端に失敗したという言い方をした。そんな事を言われたら完全に失敗したらどうなるのか気になるのが普通だろう。




「体が悪魔の力に耐え切れず、バラバラになります」


言っている内容とは裏腹にイアンは顔色一つ変えない。それを知っているという事は、何度も失敗しているのだろう。


「この部屋は血なまぐさいと思ってたけど、理由が分かったよ」


俺も最初にこの部屋に入った時から、匂いが気になっていたがそういう事だったのか。何度も失敗をして、その度にこの部屋は失敗した生贄の血で汚れた。それを繰り返すうちに血の匂いがこびりついて取れなくなったのか。




「安心して下さい。失敗する事などありえません」


イアン自身は成功を確信しているようだ。一体どこからその自信が来るのか。そもそも成功するなら仲間に見捨てられるような状況にはなっていない筈だが。


「怪しいもんだね」


スーザンもイアンの成功には懐疑的なようだ。




「それとも、あなたを助けに来た仲間を傷めつけた方が、分かりやすいですか?」


イアンは杖を俺に向ける。その気になれば一度結界を解除してケイトを攻撃するという事だろう。


「分かった。大人しく従うよ」


スーザンは両手の掌を見せ、降参する意思を示した。武器も無い状態で下手に争っても無駄だと判断したのだろう。




「では魔法陣の中央に移動してください」


儀式を始めるつもりなのだろう。今の俺は、自分が張った策が上手くいく事を信じながら、それを見ているしかなかった。




 ●




スーザンはイアンの命令に従い、魔法陣の中央に自分の足で移動した。


「本当にスーザンを生贄にするつもりか?」


俺は結界越しに、イアンに呼びかける。


「当然でしょう。今更止める理由がどこにあるんです?」


イアンが俺の言葉に背中越しに返事をする。返した。




「後悔するぞ」


ならば今はそうとだけ言っておこう。


「その状態であなたに何かできるとは思えませんね」


イアンは結界に閉じ込められている俺には何も出来ないと思っているようだ。だから俺を見る必要も無いと思っているのだろう。




「失敗するだけだ」


俺はイアンの失敗を確信している。それには確固たる理由もあるのだが、今言う必要は無いだろう。


「ふん、儀式が成功したら余計な口を聞いた罰を与えないといけませんね」


そう言うとイアンはスーザンの方を向き召喚魔術の詠唱を始めた。


月が高く上ったタイミングに合わせる都合上、これ以上俺達の相手はしていられないという事か。


イアンが詠唱を始める。




「これは」


結界に守られている俺は直接風を感じる事は無かったが、イアンとスーザンの髪が風になびき、燭台に灯されている蝋燭の日が揺れ動いている事から、部屋の中に風が吹き荒れている事が俺にも分かった。


「残念ですが、悪魔召還自体を止める事はできなかったみたいですね」


近くにいたケイトが俺に話しかけてきた。




「この悪魔召還、上手くいくと思うか?」


俺はやるだけの事はやった。


「今は祈るしかありません」


ケイトも結界に閉じ込められている状態では、見守るしかないのだろう。


「サモンイービル!」


イアンが呪文を唱えると同時に、ガラスが割れるような音がした。




「ああ、やっぱり持たないのか」


それは俺達にとっては想像していた展開の一つに過ぎない。


「何をしたんです!?」


俺が何をしたという事は分かったようだが、詳細までは理解していないようだ。ならば説明してやろう。




「ネックレスに隠密の魔術を掛けてお前の首にかけた」


だが隠密の魔術は衝撃に弱い。召喚の儀式の影響でネックレスに魔力が流れた事で隠密の魔術が解けてしまった。


「馬鹿なことを。ネックレスなら今もスーザンが掛けているでしょう」


どうやら俺の言った事を素直に信じるつもりはないらしい。


イアンとしてはネックレスに呪いを掛けていたから外せないと思っていたのだろう。だが最初に眠りの魔術を外すためにディスペルを掛けた時点でその呪いも解けていた。だからスーザンのネックレスを確認しに行った時に、俺が魔物から回収した使用済みのネックレスとすり替えておき、ケイトが閃光の魔術を使っている間に、ネックレスに隠密の魔術を使い、その直後にイアンに接近して左手でイアンの首にネックレスを掛けた。




つまりあの時隠密の魔術はしくじって発動しなかったのではない。単純にネックレスに向けて掛けただけだ。


それを堂々とやると、俺の目論見がバレる可能性があったために、ケイトの魔術に合わせて使う事で俺自身に掛けて失敗したかのように見せただけだ。




そんな事をするぐらいなら、大人しくイアンに斬りかかった方が早かったのかもしれないが、俺としては人間を殺すという事にたいして踏ん切りがつかなかった。


万一イアンがスーザンの事を注視していれば、スーザンの首に掛かっているネックレスには焦げ目がついている事に気が付いたかもしれない。




そして、悪魔召還において、魔力の込められたネックレスをかけているという事はその者が悪魔から生贄に選ばれるという事を意味する。慌ててイアンはネックレスを外そうとする。


「ううううう」


だがイアンは呻きながらその場に膝を付いた。




「遅かったみたいですね。まあ、私達からすれば間に合ったと言った方が良いかもしれませんが」


ケイトがその様子に冷たい目線を送りながら呟く。




「どういう事だ?」


悪魔召還を始めて目にする俺からすれば、何が起きているのか理解できずケイトに説明を求める。


「恐らく体に悪魔の魔力が流れ込んでいて、うまく体を動かせないのでしょう」


そうか、もう悪魔がイアンに憑りつき始めているのか




「上手くいったみたいだね」


イアンの異変に気が付いたスーザンが魔法陣の上から、俺の近くにまで避難してきた。


当然だが、ネックレスをすり替えられたスーザンはその事には気が付いていた。詳しい事情は説明できなかったが、ネックレスをすり替えて儀式を失敗させるつもりという俺の意図を汲んで、あの時点で激しく抵抗せずに大人しくイアンの言う事に従ったのだろう。


これで儀式の生贄に選ばれたのはイアンとなったわけだが、まだ勝負が決まった訳ではない。念のため俺はスーザンにまだ使っていない最後の策についてスーザンに手短に伝えた。


「あなた達、こんな事をして、タダで済むと…」


イアンが恨みがましい目でこちらを見ている。




「だから失敗するって言っただろ」


警告はしたのに、無視したのはイアン自身だ。


「いいでしょう。例え私が生贄になったところで、召喚さえ成功すれば問題はありません…」


まだイアンは召喚を成功させるつもりでいるらしい。そんなイアンに俺は現状を的確に告げる。




「生贄の位置は魔法陣の中央じゃないとマズイんじゃないのか?」


イアン自身もスーザンを魔法陣の中央に移動させていた。ネックレスを所持したイアンに生贄が変わった以上、イアン本人が魔法陣の中央に移動しなければ召喚は成功しないだろう。


「おのれええぇぇぇ!」


 イアンの絶叫と共に、視界が白く染まる。

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