041_真相
サーシャは誘拐され、両親に助けられた。その際サーシャ自らの手で紫炎の魔術を使って誘拐犯を殺してしまい、それを見た両親から避けられるようになった。
ここまでがサーシャ本人から聞いていた話だ。
では一体どうやって紫炎の魔術を覚えたのか。それを俺はサーシャの口からは聞いてはいないが、誘拐犯に何かをされたと考えるのが自然だ。
イアンの態度を見て、何となく予想はしていた。それでもサーシャが自分の口で言わない以上は、サーシャにあの時の出来事の詳細を追及はしなかった。
サーシャが何も言わなかったのは、俺が真相を知る事で両親同様にサーシャを避けるようになる事を恐れたのかもしれない。
だがそれ以上に、今ははっきりさせなければいけない事がある。
「まさか、お前がサーシャに対して悪魔召還をしたとでも言うつもりか?」
誘拐の現場にイアンが居たかどうかという事だ。
「いえ、私ではありませんよ。ただ仲間から聞いた話がありましてね」
どうやらイアンは直接の犯人ではないようだ。サーシャの言葉によれば、誘拐犯は紫炎の魔術で焼き殺したと言うのだから、当然か。
「何を聞いた?」
だが、誘拐に関わる話を知っているというのであれば、聞いて置く必要がある」
「少し前に、悪魔召還を試みた同士の一人が行方不明になったとは聞いていたんですよ。行方不明になる直前に、人間を使った召喚を試すと息巻いていた矢先の失踪だったので、てっきり誘拐に失敗して捕まったのかと思いましたが、まさか成功していたとは」
つまりあの誘拐犯はコイツの仲間だったって事か。さらにイアンは無視できないような決め付けをしている。
「おい、まさかサーシャが悪魔召還を受けたっていうのか?」
イアンの言い分をまとめるとそういう事だ。
「そう言ったつもりでしたが、理解できませんでしたか?」
俺の言葉にイアンは馬鹿にするような言葉を返す。
「サーシャ、そうなのか?」
俺はサーシャ本人に話を振る。
「覚えてない」
サーシャは短くそう答えた。俺に嘘を言ったという事ではなさそうだ。
「自覚が無いのか?」
錯乱していて当時の記憶があいまいなのだろうか。
「でも、あの時からあの魔術をつかえるようになったのは確か」
状況的に、あの時から紫炎の魔術が使えるようになったが、それでも何かされたという事は覚えてないようだ。
その様子を見たイアンが慰めるかのような口調で言葉をかける。
「記憶が無いのはおかしな事ではありません。生贄は寝かせておくのが普通です。本人の意識が無い内に儀式が完了したのでしょう」
言われてみれば、イアンはスーザンを寝かせていた。俺達が取り返さなければ寝かせたまま儀式を行っていたのだろう。
「だからサーシャ本人には悪魔召還をされた記憶が無いのか」
つまり、サーシャが嘘を言った訳ではないのか。
「まさか、あんな特殊な魔術を使えるようになったのが、自分の才能だとでも思っていたんですか?」
サーシャの様子を見たイアンが皮肉めいた言い方でサーシャを煽る。
「それは…」
サーシャが言葉に詰まる。
「違いますね、それは悪魔の力を借りているだけです」
それを見たイアンがさらに言葉を続ける。
「でも魔術を使うのは私の意思だよ」
サーシャ本人があの魔術を習得しているとうのは事実であり、魔術の使用に関して何かの力を借りているとう事ではないのだろう。
「ところで召喚者はどうしました?」
イアンの問いに対して、サーシャは気まずそうに目線を伏せる。それだけで十分だったのだろう。イアンは自らの問いに、自分の口で答えた。
「ああ、殺したんですね。だから帰って来なかった」
その言い方に俺は違和感があった。
「随分とうれしそうだな」
仲間が殺された事が分かったというのに、イアンの声には怒気よりも喜びの方が勝っているように聞こえた。
「そうですね。あなたの妹を手土産にすれば、私は返り咲ける」
そういえば、イアンは今仲間との関係が上手くいっていない。そこで以前の仲間が残した悪魔召還の成功例を持ち帰ればどうなるか。想像に難しくない
「結局はそれが目的か」
今夜、イアンは悪魔召還の儀式を行い、その結果を持って仲間を見返そうという魂胆のようだが、そんな事をしなくても既に成功例が目の前にあるのだ。
「悪魔召還を成功させるのは我々の悲願です。成功作を持って行けば、私を見捨てた奴らも、私を再評価せざるを得ないでしょう」
しかし、その考え方には1つ盲点がある。
「人の成果を横取りするとは情けない奴だな」
それはサーシャが、イアンが行った悪魔召還の成果ではないという事だ。
「だからこそ自分の力でも召喚は成功させる。そうすれば誰も私に文句を言えないだろう」
どうやら、サーシャを手に入れたからといって、今夜行う召喚を取りやめにするつもりは無いらしい。
イアン自身の手で召喚も成功させて、その上でサーシャも連れて行くというつもりのようだ。
●
「本当に、まだ召喚をするつもりなのか」
ただ悪魔召還を成功させる事が目的であれば、成功結果である。サーシャさえいれば十分な気がする。
「当然です」
イアンは自分で召喚を成功させるという事に拘るつもりのようだ。
「だったら、一つだけ答えろ」
ならば今の内に聞いておくことがある。
「何ですか?」
イアンの顔にはまだ余裕がある。その気になれば俺達はどうにでもなると思っているのだろう。そう思っているなら、聞けることは全て聞いておこう。
「あの時ゴブリンを見落としたのはわざとか?」
イアンとクエストに行った時に、サーシャはゴブリンに弓矢で射抜かれそうになった。イアンが警戒を怠ったのが原因だ。
俺の不意打ちを避けるようなイアンが、ゴブリンの不意打ちに気が付かないとは考えにくい。
俺の言葉を聞いたイアンは特に表情を変えずにそう答えた。
「ああ、そんなこともありましたね」
その顔に答えが書いてある。
「気が付いていたんだな?」
俺が重ねて問うと、イアンから失笑が零れた。
「当たり前でしょう。私がゴブリンごときの動きを見落とすとでも?」
やはりか。
「俺達はあの場でゴブリンに殺させるつもりだったのか?」
わざとゴブリンに攻撃させたという事は、そういう事だろう。
「あなた達が邪魔をするから、そうなったんでしょう」
イアンはそれが当然のように言った。
「邪魔だと?」
それは俺達がクエストに誘った事を言っているのか。
「あの時私はスーザンとクエストに行くつもりだったんでしょう」
そうだろう。だがそれには問題があった。
「どうせあの時は他に受けるクエストも無かったし人数制限もあった、あの時四人で行くのが最善だっただろう」
人数制限がある以上、あのクエストにイアンとスーザンで行く事は出来ないし、他に行けるクエストも無かった。
「スーザンを誘拐するのが私の目的です。クエストなんて行かなくてもよかったんですよ。それをあなた達が割って入ってやりにくくした」
なるほど、最悪クエストに行かずとも、適当な理由でスーザンを連れ出して二人きりの状況が作れれば誘拐は出来る。それが狙いだったか。
しかし四人でクエストに行く事になってしまった。そうなると俺とサーシャが邪魔になる。
「俺達は目撃者だから消すつもりだったって事か?」
クエストの途中に、スーザンを誘拐する事も出来たが、そうなると俺とサーシャの証言で足が付く可能性がある。だからスーザンを誘拐する前に俺達を殺そうとした。
「そうですよ。あなた達が死ねば、スーザンをあの場で誘拐できましたので」
予想はしていたがそのつもりだったのか。最初からスーザンを誘拐する目的でクエストに誘っていた。そこに俺達が入ってきたせいでスーザンを誘拐するのが難しくなった。
「だからゴブリンに俺達を殺させようとしたのか?」
ゴブリンとの戦闘で俺達が死ねば、目撃者は居なくなり誘拐はやりやすくなる。
「その方が都合が良いでしょう?」
何となく予想はしていたが、イアンは得意げに自分の本心を語った。
「クエストの受注履歴で、お前が怪しい事にギルドは気が付くだろう」
あの時点で俺とサーシャが死んだところで、イアンと一緒にクエストに行った事はギルドには分かっている。生き残ったイアンとスーザンが怪しまれるだけではないか。
「あのままあなたと妹が死んで、私がスーザンを誘拐し失踪すればあの時の四人パーティーは全滅扱いになりますよ」
俺達が死んだら、あのクエストは放置してそのままスーザンを誘拐するつもりだったというのか。
「行方をくらまして、冒険者を辞めるって事か?」
仮にイアンの計画が上手くいったとしても、一度でもイアンがギルドに顔を出せばイアンが生存している事がバレる。
もう冒険者は辞めるつもりだったのか。
「悪魔召還さえうまくいけば、莫大な金が手に入り、冒険者を続ける必要は無くなるんですよ」
冒険者の大半は、金目当てで冒険者をやっている。つまり金さえあれば冒険者を辞めたいと考えている者は多い。イアンもその類だったか。
「悪魔召還が金になる?」
だがイアンの言っている事は俺には理解できない世界だ。どうして悪魔召還が金になるというのか。
「悪魔を欲しがる者はいくらでもいます」
つまり召喚した悪魔を高値で売りつけるという事か。
「屑が」
最初にイアンがクエストを同行する際に、報酬は要らないと言った時点でもっと怪しむべきだった。ここまで性根の腐った奴だったとは。
「残念ながら、あなた達はゴブリンを倒し生き残ってしまいました」
結局あの時俺とサーシャが死ぬことは無く、俺達は四人のまま無事にクエストをクリアし、生還した。
俺たちがいれば、スーザンを誘拐しても、俺達の証言からイアンが怪しい事は直ぐにバレてしまう。
「だったら、何故スーザンを誘拐した? ターゲットを変える手もあっただろう」
結果的に、俺達にもギルドにも、イアンが誘拐犯である事がバレてしまった。スーザン以外を狙うという手もあったはずだ。
「今日に間に合わせるためには、新しいソロの冒険者を探している時間は無かったんですよ」
儀式には満月に合わせるという制約がある。そのためには新しいターゲットを選んでいる時間が無かったのか。
「次の満月の日でもいいだろう」
時間は掛かるが次の満月まで待つという手もあったはずだが、何故そうしなかったのか。それを言うと何故かイアンは嫌な顔をした。何か言いたくない事情があるのだろうか。
「恐らく、お仲間に急かされたんでしょう」
それを見たケイトが、イアンの代わりに口を開く。
「ああ、成果を出す事を急かされたってところか」
前回の悪魔召還を失敗したのならば、成果を急かされるというのはありそうな理由だ。
「まあ、見物に来ないと言う事は、見込み無しとして見捨てられたようなものですが」
確かに、イアンが召喚を成功させると思っているのならば、その様子を見に来るのが普通だ。そうしないという事は期待されていないのだろう。
「何とでも言いなさい。私は召喚を成功させます。それに成功例が手に入れば、あなたたちの命など二の次ですよ」
イアンが苛立たし気に呟く。サーシャさえ無事なら、俺達は殺してもいいという事か。
「一度俺達を殺し損ねたのに、そう簡単に殺せると思うなよ」
俺達も黙って殺されるつもりはない。
「そうですね。確かに私はあなた達を殺し損ねました。しかし、今となってはそれで良かったと思っていますよ」
一体何を言うのかと思ったが、今考えるならば、イアンとしてもサーシャが生きていたほうが都合が良いのだろう。
「サーシャの秘密に気が付いたからか」
死の危険に直面したサーシャは咄嗟に紫炎の魔術を使ってしまった。逆に言えば、あそこでサーシャが死んでいれば、イアンはサーシャの秘密を知り得なかったし、サーシャを手に入れる事も出来なかった。
「ええ、あれを見るまでは、あなたの妹の価値を分かっていなかったので」
お陰でイアンにとってサーシャはただの目撃者ではなく、悪魔召還の成功例であると気づかれてしまった。
「アンタに声を掛けたのは間違いだったよ」
今更言っても仕方がない事だが。あの時イアンとクエストに行かなければ、こんな面倒な事にはなっていない。
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