040_悪魔
イアンの背景については事前にケイトから推理を聞いていた。
そして、何度かイアンと話して、イアンのプライドが高い事は分かっていた。
悪魔召還に詳しいケイトが、ケイト自身の悪魔召還の知識を交えつつ挑発すれば乗ってくるだろうというのは予想通りの反応だ。つまり、イアンを挑発するのは作戦通りだ。
今イアンは憎々し気にケイトを睨みつけている。
ケイトの挑発の甲斐あって、イアンの注意はケイトに向いているという事だ。
ここまでやればもういいだろう。俺は二つ目の作戦を使う事にする。
俺は無言で持っていた短剣の一本を投げた。
ケイトの肩越しに投擲された短剣が飛来し、狙い通りイアンの元へと真っ直ぐに向かっていく。
「こんなもので」
そういうとほぼ同時、抜け目なくイアンが杖で短剣を弾き落とした。流石にこれだけの不意打ちでイアンを倒す事は出来ないか。しかし、これで終わりではない。
ケイトの肩越しにナイフを投げたのは、イアンの視線をから防ぐためだけではない。ケイトに音で俺が短剣を投げた事を知らせるという理由もある。
「フラッシュ!」
続けざまにケイトが魔術を放つ。俺が短剣を投げたら閃光の魔術で目つぶしをするというのは、事前に打ち合わせていた通りだ。
「またそれですか」
だがイアンは咄嗟に腕で目を庇った。 それも予想通りだ。
「ハイド!」
同時に俺は隠密の魔術を使う。
地面を蹴り、一気に無言でイアンへの距離を詰める。
イアンが腕を下した時、目の前には俺の姿が見えていただろう。
ここまで近づけば十分だ。俺は両手を振り上げる。
俺が両腕を振り下ろすよりも前に、イアンと目が合う。イアンの目には右手で短剣を握っている俺の姿が映ってくるだろう。
イアン目掛けて無言で短剣を振り下ろす。
「無駄ですよ」
しかし、イアンが体制を立て直す方が早かった。
イアンは俺が振り下ろした短剣を体を横に逸らして躱す。
「クソっ」
俺は諦めず何回か短剣を振るが全て空を切るだけで交わされてしまう。
そしてさらに数回俺が振った短剣をイアンが避けたところで、イアンが俺から距離を取るように下がり魔術を放った。
「ライトニング」
至近距離での魔術。
魔術で吹き飛ばされた俺は、床に転がるしかなかった。
「く、くそ」
だがまだ体は動く。体に痛みはあるが立つことも可能だ。
とはいえこうなってしまっては二つ目の策である、ケイトに挑発させて俺がイアンの隙を付くという作戦は失敗か。
「隠密の魔術は不発ですか?」
俺が隠密の魔術を唱えたとは聞こえていたようだ。
「俺の姿は見えてたか?」
攻撃を避けられたというのはそういう事だろう。
「激しく動きすぎて自ら剥がれたという事ですね」
どうやら隠密の魔術が衝撃に弱い事も知っているようだ。俺が教えたんだったか。
「そうみたいだな」
残念ながら、イアンを倒しきる事は出来なかった。
「なるほど、私を挑発して気を逸らした隙に私に不意打ちするという事ですか」
流石にここまでやれば気がつくか。
「バレたか」
ケイトには注意を逸らすために大袈裟かつ、イアンの劣等感を刺激するような言い方で挑発してもらった。
「そんな小手先の攻撃で私を倒せると思っていたのですか?」
結果だけ見れば、イアンを倒す事は出来なかった。
「まだ手はある」
それでもまだ俺には勝機がある。
「影縫いですか?」
イアンは俺が影縫いを使える事を知っている。
「よく覚えているな」
隠していても仕方が無いだろう。それでもここで勝機をつかむためには影縫いを当てるしかない。
「近づかなければ使えないでしょう」
相手の影を攻撃するという特性上、俺がイアンの影に近づく必要がある。当然対策も知っているか。
「やってみないと分からないだろ」
だからと言って諦める訳にはいかない。
「さっき私に斬りかからずに、影縫いを使えば私を拘束できていたかもしれませんね」
ケイトが目くらましをしたタイミングで、イアンを攻撃せずに影縫いをするという手もあったかもしれない。
「かもな」
あの時に影縫いをしなかったのには理由がある。しかしそれを今イアンに教える必要は無い
「随分と余裕ですね。あまり時間もありません。そろそろ大人しくしてもらいましょうか」
どうやらイアンは満月が上ったタイミングで儀式を行う事を諦めていないようだ。それでいい。
「やれるものなら、やってみな」
既にスーザンは取り返している。後はイアンを倒すだけだ。
「ライトニング!」
イアンが先手を取って魔術を放つ。
「当たるか」
だがこの距離で、正面から使われるのであれば、避ける事は可能だ。だが離れればこちらから攻撃する事は難しい。
「あなたは遠距離攻撃手段を持っていないようですね」
予備の短剣はさっき投げて使った。今もっている短剣まで投げたら俺が丸腰になってしまう。
イアンもそれを分かっているのか。
イアンの魔力がどれぐらいあるかは知らないが、このまま魔術を打ち続けられたら、魔術が命中するのは時間の問題だ。
ふと、部屋の中に強い明かりが灯った。
「ファイアボール!」
次いでサーシャの声が響く。サーシャの放った魔術が、燭台の炎よりも強い光を放ったのだ。
「この程度」
光の変化で、サーシャが魔術を使う事を察知したのか、あっさりとイアンはサーシャの魔術を避ける。
サーシャが放った魔術は直進しそのまま壁に当たって赤く弾けた。
その壁には結界が張られており、壁が損傷する事は無かった。
「この」
魔術が避けられたのを見て、サーシャが憎々し気に呟く。
「結界がある今なら、その魔術を避けても何の問題も無いですよ。それとも今のは結界を壊すつもりだったんですか?」
サーシャの魔術を受けても結界が壊れる様子は無い。イアンが魔術を避けたところでこの部屋が壊れる心配は無いようだ。
「だったらもう一発」
すぐさまサーシャがもう一度魔術の詠唱を始める。
「あの魔術を狙っているのかと思ったんですが、そんな魔術で私を倒すつもりですか?」
それは影縫いを使ってからだ。いくら何でもあの魔術は使うまでの隙が長すぎる。普通に使っただけでは当たらない。
「あまり使い過ぎるなよ」
俺はさらに魔術を使おうとしているサーシャに向かって冷静になる様に声を掛ける。紫炎の魔術を使う魔力がなくなったら本末転倒だ。
「ファイアボール!」
俺の言葉が聞こえなかったのか、サーシャはもう一度火球の魔術を放った。攻撃を無駄にしないためにも、サーシャの魔術に会わせて今度は俺も攻撃を仕掛ける。
「何発やっても同じですよ」
それをまたイアンが避ける。
サーシャの放った火球は一発であり、動きも直線的だ。イアンでなくても簡単に避けられるだろう。
だが今回はそれに合わせて俺も接近しする。
「これなら」
イアンではなく、イアンの影に向かって短剣を振り上げる。
「ライトニング」
それを見たイアンは俺に向かって魔術を放って来た。
「くそっ」
攻撃態勢になっていた俺はイアンの反撃を避けられずに電撃の魔術を被弾してしまい、衝撃で吹き飛ばされ、床に転がり横たわった。
「兄さん!」
俺に魔術を直撃したのを見たサーシャが悲鳴を上げる。
「あなたもですよ」
そう言ってイアンはサーシャにも杖を向ける。
「え?」
サーシャは自分が攻撃されるとは思わなかったのか、呆然としている。
「ライトニング」
棒立ちになっていたサーシャに向かって、イアンは容赦なく魔術を浴びせた。
「うあっ」
サーシャは小さく悲鳴を上げて、その場にうずくまった。
「サーシャ!」
俺は上半身だけを起こし、思わず声をだす。
「言ったでしょう。殺さない程度の手加減ならできますよ」
だからと言って、サーシャに攻撃するとは思わなかった。
「お前、よくも」
俺はゆっくりと立ち上がるが、体中が痛む。直ぐには動けそうにない。
「もう終わりですか?」
俺が立ち上がったのを見てイアンは俺にもう一度杖を向けた。
ケイトは無事だが、ケイトは直接攻撃する手段を持ち合わせていない。
「すぐ後悔させてやる」
そう言いながら短剣をイアンに向けるが、まだダメージが残っていて、それ以上は動けない。
「そういえばまだ質問に答えてもらっていませんね」
こちらが攻撃してこないとみると、イアンは杖を下ろし、サーシャに向かって話を始めた。
「何の話?」
目線を向けられていたサーシャが答えるが、何の話か分からないようだ。
「刻印の魔術はどこで覚えたんですか?」
そう言えば、さっきその質問をしていたが、結局うやむやになって答えていなかった。
「まだその話するんだ?」
サーシャは、明らかに嫌そうな顔をしている。
「ええ、大事な話ですので」
だがイアンにとっては余程重要な事の用ようだ。
「いつの間にか覚えてたんだよ」
それに対してサーシャの答えは淡泊だった。しかし、それは俺が聞いている話とは一致している、
「そんなはずは無いですね。覚えたきっかけがあるはです」
イアンがサーシャに重ねて問うが、サーシャは答えようとしない。それを見たイアンはサーシャから答えを聞くのを諦めたのか、俺とケイトに対して言葉を続ける。
「あなた達はどうです? 何か知っていますか?」
そう言われても、俺もサーシャが話した以上の事は知らない。
「サーシャ本人より詳しい訳無いだろ」
俺はそう答えるしかなかったし、ケイトも何も答えなかった。だがその言葉を信じるつもりは無いのか、さらにイアンは質問を続ける。
「そうですか、ならば私が代わりに言いましょう」
まるで、俺達の知らない事を知っていると言わんばかりの、上から目線の口調。こいつが一体サーシャの何を知っているのか。
「何の話だ?」
一体何を言おうとしているのだろうか。いや、以前のケイトの反応や、これまでのサーシャの反応から、薄々予想はしていた。
そしてイアンはサーシャへと視線を戻し、言葉を続けた。
「あなたは、その身に悪魔を宿していますね?」
その言葉は、俺がぼんやりと抱いていた疑念を正確に言語化したものだった。その言葉をサーシャは特に驚く様子もなく聞いている。自覚があるのだろうか。
「どうしてそうなるんだ?」
俺はイアンにその疑問をぶつけるしかなかった。今まさに悪魔召還を行おうとしているイアンが、そう言うという事は、その理由は一つしかない。
「人間の体を保ったまま、悪魔の力を宿す。それは悪魔召還の成功例であり、私達が目指している到達点なんですよ」
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