039_失敗作

ついにイアンは自らの口で、あの正体不明の魔物が、イアンの手で作り出された魔物である事を認めた。




「おい、どういうことだ」


確かにスーザンはあの正体不明の魔物と同じネックレスをつけているが、何故ネックレスをつけた魔物が失敗作という事になるのか。


「あなた達全員が悪魔召還に詳しいという訳ではないのですね」


問い詰める俺に対して、イアンは嘲笑うかのように言葉を返す。


ケイトは悪魔について研究していたようだが、俺はそこまで詳しくはない。




「何の話だ」


俺にはイアンが何を言いたいのかまるで分らない。


「悪魔召還には、何種類かありますが、一番簡単な悪魔召還は生贄に悪魔を取りつかせるやり方です」


困惑する俺を見ながら、イアンが得意気に語りだした。




「じゃあ、あの魔物は悪魔が憑りついた人間だって言うのか?」


生贄の命と引き換えに悪魔を呼び出すのではなく、生贄の体を悪魔に差し出し、その体に悪魔を宿らせるのがイアンの悪魔召還というのか。


「そうですよ。上手くいけば完全に悪魔が顕現しますが、失敗すれば出来損ないの魔物が出来上がります。だからあれは失敗作でした」


そして俺達が倒した正体不明の魔物はイアンが悪魔召還を行った結果、正常に悪魔を顕現させる事が出来なかった失敗作。




「だったら何であの魔物はクエストに討伐依頼が出てたんだ?」


まさか自分で討伐依頼を出した訳では無いだろう。


「逃げられてしまったんですよ。探すのも面倒で放っておいたら、気味悪がった誰かが討伐依頼を出したんでしょう」


討伐依頼はイアンが意図したものではなかったのか。まあ見た事のない魔物がうろついていたら、目撃者がギルドに討伐依頼を出すのはおかしな話ではない。


イアンが、あの正体不明の魔物を、悪魔召還によって生み出したとするなら、当然この場所で悪魔召還をしたはずだ。


その魔物はどうやってイアンから逃げたのか。




「おい、まさか、その壁が修理されているのは、そいつが壊したって事か?」


最初にこの部屋から来た時に気になってはいたが、この部屋の壁は一部が色が違う。まるで後から付けたしたかのように、壁材が新しくなっている。


「ええ、壁を壊して逃げたんですよ。直すのには苦労しました」


そういう事だったのか。




「前回悪魔召還をした時には結界を張ってなかったのか?」


レッドキャップですら結界破れていなかったが、あの悪魔はこの結界を破って外に逃げたとでもいうのだろうか。


「ええ、前回の召喚の時には結界は張っていませんでしたよ。だから今回は結界を張る事にしました。この結界はあなた達を逃がさないためでもありますが、失敗作を逃がさないためでもあります」


俺達を逃がさないために結界を張るのは大袈裟な気はしていたが、そういう事情もあるのか。




「俺達を倒すだけなら、結界は要らないって事か?」


実力差があるのは分かっているが、随分と侮られたものだ。


「あなた達を閉じ込めるためだけに、ここまで大がかりな結界は使うのは魔力がもったいないでしょう」


結界を張っていると一言で言っても結局は魔術だ。それなりに魔力は消費するようだ。だから消費を抑えるために天井と地面には結界を張らない事にしたのか。




「自分で回収しようとは思わなかったのか?」


放置するとは無責任だとは思わないのだろうか。


「失敗作がどうなろうが興味はないんですよ」


どうやらそういう神経は持ち合わせていないらしい。




「あの魔物が一般人を襲うとは思わなかったのか?」


失敗作とはいえ、魔物は魔物だ。放っておいたらどうなるか分からなかったのだろうか。


「どうせろくに言葉も話せなかったでしょう? ならば私が召喚者である事がバレる心配もないですよ」


どうなるか分からなかったのではなく、自分が召喚者である事さえバレなければ、あとはどうなっても良いと考えた訳か。迷惑な奴だ。


今回結界を張る事にしたのも、魔物が逃げ出して一般人に被害が出る事を恐れたのではなく、逃げた魔物から自分が召喚者である事が発覚するのを防ぐためだろう。




「でもネックレスは付けたままだったせいで、召喚者である言は私達にバレましたね」


得意げに話していたイアンに対して、ケイトが鋭く反論する。


「それはあなたが今この召喚の場に居合わせたから言える事です。部外者がネックレスを見ただけでは私が術者だとは気が付かないですよ」


イアンの言い分も一理ある。少なくとも俺はイアンが正体不明の魔物を召喚した犯人だとは気が付かなかった。




「本当に素人ですね。魔術師によっては魔力の痕跡から術者を辿る事が出来る者も居ますよ」


その言葉を聞いたイアンの表情が僅かに曇った。


「そんな事が出来る者は極一部だけですよ」


イアンもそういう魔術がある事は知っているようだ。




「でも、あなたはそのごく一部の人物と関係があった。違いますか?」


今度のケイトの言葉に、イアンは先ほど以上に表情の変化があった。図星だったのだろう。


「何故そう思うんです?」


イアンの言葉には苛立ちと困惑が混ざっているように聞こえた。




 ●




「これほど巨大で正確な魔法陣を知識のないあなたが自力で調べられるとは思いません。その上魔法陣は少しでも間違えば効果を発揮しない。という事は詳しい誰かに魔法陣を書いてもらったと考えるのが普通です」


ケイトが魔法陣を指さしながらそう答えた。


「なるほど」


イアンはケイトの言葉を否定しなかった。肯定と受け取ってもいいのだろう。イアンの反応を見て、ケイトはさらに言葉を続ける。




「でも変ですね。魔法陣を書いてくれるお仲間が居るなら、こんな大事な儀式をするのに放っておくというのは考えにくいです」


言われてみればそうか。


儀式の間に術者は無防備になる。仲間が居るなら護衛に来てくれてるなり、結果を見守りにくるなりしても良いだろう。


しかし、今イアンは一人で召喚を行おうとしている。


「これ位私一人で出来る事だ」


召喚自体はイアン一人で出来るのかもしれない。


そう言っても、安全を考えたら、仲間を呼んだ方が良いだろう。ケイトの推理通りイアンに仲間がいるというなら呼ばない方が不自然だ。




「それに、おかしいですよね。生贄用の人間を監禁しているのに家を空けるなんて」


俺からすれば、イアンの自信の表れかと思っていたが、確かに生贄を監禁しておいて家を空けるというのは軽率だ。


「数日も家に籠れるほど、私は暇ではないんですよ」


ケイトの問いに対して、イアンは抽象的な答えを返す。俺が聞いてもそれはただ誤魔化そうとしているようにしか聞こえない。




「では、何処に行っていたんですか?」


ケイトはさらに具体的な答えを求めた。


「あなたには関係の無い事ですよ」


余程答えたくないのか、イアンはさらに誤魔化すような答えを重ねる。


それに対して、ケイトは自分の予想をはっきりと口に出した。




「わざわざ家を空けたのは、お仲間に会いに行ったからでしょう?」


確かに、人質を監禁している家を空けるのは不用心だと思っていたが、それ以上に大事な用事があったという事だろうか。


「よく分かりましたね」


流石にこれ以上シラを切るのは無駄だと思ったのか、イアンはケイトの予想を認めたが、イアンが纏う雰囲気が一気に険しくなった。


という事は、仲間には会いに行ったが、何か問題が起きたのだろう。




「つまり、あなたは今日の召喚を仲間に見せようとしたが、来てもらえなかった」


召喚魔術を教えてくれる仲間が居るとするならば、召喚を行う実際のところを見てもらうというのが普通の流れだ。


むしろイアンが召喚魔術を教えてもらった立場であるならば、実際に使えるようになった成果を見せるというほうが自然だろう。


「だったら何でイアンの仲間は来なかったんだ?」


黙り込んだイアンの代わりに、俺がケイトに尋ねる。




「一度失敗して見捨てられたんですよね?」


悪魔召還で失敗作を作ったというのはイアン自身が言った事だ。部屋の壁を壊されて逃げられた。もしかすると実際はもっと良くない出来事があったのかもしれない。あれが原因で仲間から見捨てられたというならこの状況に辻褄があう。


「まだ見捨てられた訳ではないですよ!」


イアンが声を荒げる。その反応が全てだった。




「つまりあなたには悪魔召還に詳しい仲間が居た。悪魔召還に関する師匠と言ってもいいでしょう。しかし、その仲間はあなたが召喚に失敗した挙句、失敗作を野に放った事を許さなかった。だから追放された」


再びはっきりとケイトが推理の結論を口に出す。


イアンは反論出来ずにいた。それは事実を認めているようなものだ。


準備も出来た。そろそろ良いだろう。

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