037_決行

「まさか、父さんと母さんが、お前を避けた理由って、それか?」


あの日、父さんと母さんはサーシャを連れて帰った。誘拐犯がどうなったかは教えてもらえなかった。


だから、父さんと母さんが誘拐犯を殺してしまったのではないかと、そう予想した事はあった。それでもサーシャのためにやったのなら、何もできなかった俺が、父さんと母さんを責めるのは間違いだろうと思いあえて口にしなかった。


「そうだよ。あたしが誘拐犯を殺すところを見たから」


でも、その予想は違った。




「それは、あの紫の炎でやったのか?」


まあ、それしかないだろうが。


「そうだよ。死体は残らなかった」


サーシャは淡々と語る。とても冗談を言っているようには見えない。




「骨すら残さず燃え尽きたって事か?」


そういえば、レッドキャップも、死体が残らなかった。


「うん」


そして、ごく自然にその考えが頭に浮かんだ。




「それを言うなら、イアンも同じ手を使えば死体が残らない」


死体が残らなければ、殺人を証明するのは難しい。


「そうなるね」


あの屋敷の中なら他に目撃者はいない。イアンは失踪扱いになるだろう。俺達にとっては都合が良い。


「あなた達…」


そんな話をする俺達を見てケイトは絶句していた。人を焼き殺す話を聞いたら唖然とするのは普通の反応だろう。




「反対か?」


俺からすればイアンは格上の相手だ。戦うのに手加減などできない。


「もしも外部に漏れたら、殺人犯という事になるんですよ」


それは間違い無いだろう。


「大丈夫だよ。もう殺してるから」


サーシャからすれば一人殺すも二人殺すも変わらないという事なのだろう。いや、果たして殺した誘拐犯は一人だけなのだろうか。


そんな疑問が頭をよぎるが、今あの時の話を掘り下げるのは止めよう。それよりも難色を示しているケイトをどうするかを決めるのが先だ。




「ケイトは反対なのか?」


元シスターという事もあり、ケイトは俺達よりも人を殺すという事に抵抗があるのかもしれない。


「まあ、ここまで来たら今更手を引くような真似はしませんよ」


だが最終的には俺達の考えに同意してくれた。


そうして作戦の大まかな方針が決まったところで、大分日も暮れていたためその日はもう寝る事にした。




 ●




次の日、俺達はクエストを受注しなかった。


イアンとの戦いに備えるためだ。


今日の夜は満月であり、イアンと戦う事になる。つまりは夜が来るまでに準備を終えなければならない。


それは無事に完了した。


お陰で所持金がほぼ底を尽きた。明日はクエストを受けないと食事にすら困るだろう。


準備のために再度イアンの家を訪れる必要があったが、そこは三度目という事もあり慣れたものだった。


その後は作戦の詳細を詰めた。大まかな方針は昨日話した事からは変わらなかったが、具体的な動きや、イアンが取りそうな行動について話し、作戦の細部を組み立てていった。


そして日が暮れて月が昇り始めた頃、俺達は寮を出て、イアンの家の前に来ていた。




「まだか?」


俺達はイアンがあの儀式用の部屋に移動するのを待っていた。


「まだだよ」


返事をしたのはサーシャだった。イアンの位置はサーシャが刻印の魔術で把握している。




「まさか、今日儀式をしないって事は無いよな」


待っていると不安になる。


「それはイアンさん次第でしょう」


ケイトの顔にも不安の色が浮かんでいる。イアンがこちらを警戒し、予定を変えるという可能性もある。


とはいえこの家にいるという事は俺達をそこまで警戒していないという事だと思っているが、果たしてどう出るのか。


「動いた」


サーシャがハッとしたように目を見開いた。




「どうだ?」


ようやくイアンに変化があったようだ。


「地下に行ってる」


地下にはスーザンが居る。


「まずはスーザンを連れ出すのか」


 つまりは儀式を行うためにスーザンを移動させるという事だ。ここまで来れば、今日儀式を行う事確定だろう。


しばらくして、サーシャは言葉を続ける。




「あの部屋に入ったみたい」


そう言って、サーシャは俺の方を見た。


「じゃあ、作戦通り、最初は俺一人であの部屋に行く」


後は事前に立てた作戦通り動くだけだ。


「しくじらないでよ」


サーシャはそんな軽口を叩いてはいるが、その顔からは不安が滲み出ている。




「当然だ」


イアンは強敵だ。正面からやっても勝てないのはギルドの一件で分かっている。


この状況下で無策で乗り込むほど俺も馬鹿じゃない。


策はいくつか用意してある。


どれかは上手くいくだろう。


万が一すべてしくじったとしたら、俺達があの寮に帰る事は二度とないだろう。




 ●




俺一人で、あの魔法陣のあった部屋の前まで来ていた。今回は隠密の魔術は使っていない。俺自身が囮であり、イアンに気が付いてもらう必要があるからだ。ここまで妨害は無い。探知の結界があるかどうかは、俺に把握する術はないが、今日儀式を行う以上は、探知の結界ぐらいは使っているだろう。




途中で俺を追い返すような真似をしないという事は、イアンもこの部屋で俺と戦うつもりなのか。


俺達の襲撃を全く気が付いていないというのは考えにくいが、万一そうであったところで俺達の作戦に変更はない。このままスーザンを助けるだけだ。


今更躊躇する必要は無い。部屋の扉を開ける。




「遅かったですね」


部屋の中にはイアンと、スーザンが居た。


スーザンは魔法陣の中心に寝かされていた。動かれると面倒という事だろうか。しかしそれは予想通りだ。そして、何か物理的に拘束されている様子は無い。これはこちらにとって好都合だ。


部屋の中は相変わらず血の匂いがする。壁に匂いが染みついているのか、数日経った程度では消えないようだ。


イアンは俺を待っていたかのように扉の方を向いていた。




「俺が来ると分かっていたのか?」


予想はしていたが一応聞いておく。


「当然でしょう。だからこちらから追う事はしなかったんですよ」


やはり分かっていたか。あるいは、また探知の結界を動作させていたのだろうか。




「ただの予想にしては自信がありそうだな」


イアンはこれの言葉を聞きながら、スーザンを庇うかのように、俺とスーザンの間に入った。俺がスーザンを連れ去る事を警戒しているのだろう。


「これがある以上、あなた達には私がこの家にいる事が分かります。必ず来ると思っていましたよ」


そう言ってイアンは腕の刻印を見せる。その通り。刻印のお陰でイアンの場所はサーシャに把握できている。




「それはお前にも解除できないという事か?」


刻印の効果はイアンも知っている。そのままにすれば俺達に居場所が筒抜けになり、イアンにとっては不利になるはずだが、解除しないという事は、できないという事なのだろうか。


「ええ、残念ながら」


本当だろうか。俺達をおびき寄せるためにわざと残しているというのも考えられるが、今の段階になってはそれは些細なことだ。




「スーザンを返してもらうぞ」


俺はダガーを抜き。その切っ先をイアンに向ける。


「返す? そもそもあなたの女という訳ではないでしょう」


それを見てもイアンはまったく動じることは無かった。




「だとしても、知り合いだ」


このままでは生贄として殺されるのは分かっている。イアンに預けておく訳にはいかない。


「私も彼女とは知り合いなんですけどね」


子供の屁理屈のような事を言っている。




「普通、知り合いを生贄にしようとはしないんだよ」


知り合いを眠らせ、悪魔召還のための生贄にするなどあり得ない。


「取り巻きの二人はどうしました? まさか、一人で来たわけではないでしょう」


やはりそうか。探知の魔術では何人でこの館に入ったかまでは分かっていないようだ。それは予想通りであり、こちらにとっては都合が良い。




「俺一人で十分だ」


そんな事を聞くというのは、今サーシャとケイトがどこに居るか分かっていないと自分からバラしているようなものだ。


「そんなはずは無いですね。あなたの妹はこの刻印の魔術を使えます。つまりあなたがここに来たという事は、あなたの妹は私がここにいると教えたという事です。近くに居るのでしょう」


その通り。サーシャは俺と一緒にこの家に来ている




「お得意の結界で探知したらどうだ?」


本当に結界で探知できないのか、念のため探りを入れる。


「まあいいでしょう。あなたが死にそうになったら自ずと出て来るでしょう」


答える気は無いという事か。


ならばもう聞く事は無い。俺は地面を蹴りイアンに向かって突進した。

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