036_覚悟

イアンは普通に戦って勝てる相手ではない。しかし儀式が始まってしまうとスーザンがそのまま死んでしまう可能性がある。




「スーザンを助ける事を優先しよう」


仮にイアンを倒せたとしても、それでスーザンが死んでいたとしたら、まるでスーザンを犠牲にするようなもので、俺達がスーザンを生贄にしているようなものだ。それではイアンと変らない。


「いいんですね?」


念を押す様にケイトがもう一度聞いて来る。これは作戦の大前提であり、イアンとの戦いの結果に大きな影響がある。




「仮にイアンを倒せたとしても、スーザンが死んでいたら、いい気がしない」


イアンを倒すのも大事だが、イアンさえ倒せれば他はどうでもいいという訳ではない。サーシャの秘密を守る事が重要なように、スーザンの命を守る事も重要だ。


「では儀式が始まる少し前にスーザンさんを救出するという事で良いですか?」


少し勝率は下がるかもしれないが、スーザンの安全を考えるならばそうなるだろう。




「ああ、その方がいい」


俺はケイトの問いかけに同意した。


「タイミングはそれでいいとして、どうやって倒すんですか?」


ここから先はイアンをどうやって倒すかという作戦を練らなければならない。




「サーシャの魔術を当てるしかない」


あれが一番攻撃力がある。


「当たるのですか?」


紫炎の魔術の詠唱に時間がかかる事はケイトも知っている。さらにイアンも紫炎の魔術を実際に見ている。わざわざ当たるような真似はしないだろう。


ならば避けられないようにすればいい。




「俺の影縫いで動きを止めて、サーシャの魔術を当てる。この方法でぎりぎり倒せるだろう」


幸い俺には影縫いで動きを止める事ができる。


「影縫いですか。まあ、確かに動きを封じる事はできますね」


どうやらケイトは影縫いが何なのかは知っているようだ。




「ただ、イアンは俺の影縫いを知っている。警戒はしてくるだろう」


以前ゴブリン討伐をした時に、俺が影縫いを使える事をイアンは見ている。


「ではどうやって影縫いを当てるのですか?」


影縫いは紫炎の魔術に比べれば予備動作は少ない。あれに比べたら当てるのは難しくないだろう。それでもイアンは俺達からすれば格上の相手だ。そう簡単に当てる事は出来ないだろう。




「三人全員で攻撃して乱戦になった隙を狙う」


何とも漠然とした考えだが、これしかない。


「そんな方法で当てられるんでしょうか」


俺の考えを聞いたケイトは不安そうだ。




「だが他に方法は無い」


俺が思いつかないというのもあるが。


「スーザンは一緒に戦ってくれるんじゃないの?」


俺が先ほど三人と言った言葉が引っかかったのか、サーシャがスーザンの扱いについて聞いてきた。




「生贄を自由に動ける状態にするとは思えません」


サーシャの問いに答えたのはケイトだった。


スーザンを自由にさせては逃げられるに決まっている。何らかの方法で拘束しているだろう。


「でもスーザンは救出するんでしょ? だったら一緒に戦ってくれるんじゃないの?」


スーザンはイアンに監禁されている。俺達がイアンと戦う状況になれば俺達に加勢してくれるだろう。




「戦おうにも武器が無いだろ」


だが今スーザンは監禁されており武器を持っていない。戦力としてえ考えるのは止めた方が良い。


「じゃあ、スーザンは救出したら逃がすだけ?」


実際にスーザンを救出し、戦力にならないとなったら、先に逃げてもらうというのが安全なのかもしれない。




「スーザンに素手で戦う心得があればいいが、そう上手くいくかな」


スーザンが武器無しでも戦えるというのであれば、ぜひとも加勢してもらいたいがそう都合よくは行かないだろう。


「スーザンのために武器を持って行くのは?」


持っていないなら俺達が持って行けばいい。




「それは俺も考えた」


さっきイアンの家で思いついた考えが、それだった。


「つまり、持って行くって事?」


サーシャは俺の言葉を同意と捉えたようだ。




「ただ持って行くだけじゃダメだ。どうやって渡すかも考えないと」


俺は盗賊であり、素早さが命だ。あまり重い物は持ち歩きたくない。あの部屋に置いて置くというのも考えたが、隠す場所が無い。直ぐにイアンに撤去される。


よって別の手を使う事を考えているが、うまくいくかは分からない。




「じゃあ四人で戦う前提で考える?」


サーシャは俺がどうやって武器を渡すつもりなのかを聞くつもりはないらしい。まあ、あれは俺一人でやるつもりだから、今説明する必要は無いだろう。


「上手くいかない可能性もある。最初からスーザンを当てにはしない方が良い」


スーザンを救出できるかどうかはかなりの賭けになる。


最悪の場合、イアンが悪魔召還の儀式を完遂してスーザンが死亡する事もあり得る。一緒に戦ってくれればラッキー程度に考えておいた方が良いだろう。




「でも、スーザンを自由できれば、それは儀式を妨害する事にもなるよ」


生贄であるスーザンが逃げれば儀式は成立しない。


「そうですね」


それはケイトも同意見のようだ。




「一般的に生贄はどうやって拘束するんだ」


イアンもそれは分かっているだろうし、スーザンが逃げたりしないような手段は採るだろう。


「魔術で寝かせるのが一般的ですね。あまり凝った方法を使うと儀式に影響が出る事がありますので、余計な事はしないでしょう。」


生贄は儀式にとって重要な役割を果たす。あまり生贄に余計な事をして召喚の儀式に影響が出ては本末転倒だ。


ケイトの予想が正しければ、イアンはスーザンを寝かせて儀式の場に連れて来るという事になる。




「だったら起こせば良い」


寝ているだけなら、起こすのは簡単だろう。


「魔術で寝かされていたら簡単には起きませんよ」


そう思っていたが話はそこまで単純では無いらしい。




「解呪の魔術で起こせるんじゃないのか?」


ケイトが解呪の魔術を使うところは何度も見ている。魔術で寝かされているというのであれば、それを解除すれば起きるはずだ。


「できますが、私がスーザンさんに近づく必要があります」


普通に寝ているのを起こすのとは勝手が違うようだが、それでもケイトならば魔術を解除できるというなら、ケイトに起こしてもらうしかないだろう。


しかし、イアンはケイトが結界を破るところを見ている。ケイトが生贄に近づくのは警戒するだろう。




「じゃあ最初に俺が囮になるか」


それでもケイトをスーザンに接近させようとするなら、イアンの気を逸らす必要がある。


「大丈夫ですか?」


イアンは格上の冒険者であり、一対一で戦えば勝ち目はないだろう。




「イアンは俺を簡単に殺したりはしない」


それでも向こうは俺を殺す気は無いというのは、俺にとっては有利な情報だ。


「何故です?」


そういえば、地下牢でイアンからこの話を聞いた時は、まだケイト達は外にいたのか。




「あいつはサーシャを欲しがってるからな。俺を餌として利用するつもりだ。だから簡単には殺さない」


俺はイアンから聞いた話をそのままケイトに説明する。


「ただ寝かされているだけでなければ? 鎖か何かで拘束されている可能性もあります」


魔術ではなく、物理的な拘束をされているとなると面倒になる。




「イアンはそこまでしない」


俺はイアンがそこまで手間をかけるとは思えない。


「何故分かるんですか?」


俺の予想をただの楽観的な考えだと思ったのか、ケイトが俺の考えを問い質す。もちろんこれはただの勘ではなく、理由がある。




「もしもイアンが慎重なら、俺に二回も家に侵入されたりしない」


 俺達に対する警戒心は低い。だからこそ、そこまで手間を掛けたりしない。


「それもただの予想でしょう。随分綱渡りな作戦ですね」


 もちろん、予想であって確証や証拠がある訳ではない。儀式の時だけは警戒してくる可能性もある。


「他に手があるのか?」


 危険な事は分かっている。だが、そもそも格上の冒険者を相手に戦いを挑もうとしていているのだ。危険を避ける事は出来ない。




 ●




これまでの話から、ケイトが話のまとめに入った。




「ではスーザンさんを救出して、儀式を食い止め、サーシャさんの魔術で倒すという事でいいんですね?」


ケイトの言葉は先ほど俺達が話した事を端的に表している。


「俺はそれでいい」


俺は異論はない。


「あたしも構わないよ」


サーシャも同意してくれた。最終的にはサーシャの魔術頼みになる。俺よりもサーシャの方が大変になるかもしれない。




「攻撃手段を持たない私が言うのも卑怯かもしれませんが、サーシャさんは本当にそれでいいんですか?」


それを察したのかケイトがサーシャにもう一度問い掛ける。


「なにかいけない事でもあるの?」


だがサーシャにとっては何を言われているのか分からないようだ。




「人を殺すという事ですよ」


人を手にかけるという事に躊躇いがあると思ったのだろう。


「それが何?」


だがサーシャはそれをまるで問題ないかのような態度だ。




「出来るのですか?」


もう一度確かめるように、ケイトが問いかける。


「出来るよ。もう、殺してるし」


一瞬、場が凍った。


ケイトが、俺の方に視線を動かす。今の言葉は本当かという意味だろう。




「サーシャ、強がるな」


サーシャが人を殺したという話は俺ですら初めて聞く話だ。


だから俺はその時、サーシャが売り言葉に買い言葉でつい嘘を言ったのだと思った。


「本当だよ」


しかし、サーシャの答えは俺の予想とは違うものだった。




「いつの話だ?」


まさかと思い詳細を尋ねる。


「誘拐された時」

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