033_二回目

結果的に、他の手を考える必要は無かった。


翌日、イアンが家を空けたからだ。


サーシャが刻印の効果でそれを察知したため、俺達は早速イアンの家に向かった。




「イアンの様子はどうだ?」


俺達の侵入を察知して直ぐに返ってくると面倒だ。


「まだ遠くに行ったまま動かないね」


どうやらまだ帰ってくる様子は無いらしい。まあ、そもそも俺達の侵入を警戒するぐらいなら、家を空けたりはしないか。




「買い物か?」


一体何の用で出かけているのかは知らないが、とにかく今の内に潜入しよう。


「何をしてるかまでは分からないよ」


刻印の魔術で分かるのは居場所だけだ。それ以上を探ろうとするなら実際にイアンが居る場所まで言って確かめる必要があるが、そんな事をしてもこちらが見つかるリスクが高まるだけだ。


万一探知の結界が今も動作している場合、俺達が侵入したらすぐにイアンが引き返してくる危険性もある。




余計な事はせずに今は潜入する事に専念しよう。


ケイトは俺達の寮で待機している。


今回はどう転んでもケイトはイアンの屋敷に入る事は無い。よって今回についてはケイトがイアンの館の近くに来る必要性は無い。


よってケイトには俺達の寮で、俺達が無事に戻るのを待ってもらう事とし、万一俺達が時間までに戻らなかったら騎士に助けを求めてもらう事にしている。




「じゃあ行くか」


 イアンの屋敷に近づき、気持ちを切り替えるためにサーシャに言葉をかける。


「うん」


 サーシャから短い返事の言葉を聞くと、俺は隠密の魔術を使った。


「ハイド」


今回は俺だけでなく、サーシャにも魔術をかける。


今屋敷にはイアンが居ないため無くても良いかもしれないが、イアンの仲間が居る可能性もある。用心した方が良い。




俺とケイトの体が淡い光に包まれる。


と言ってもそれは隠密の魔術を使ったという事を認識している俺とケイトは互いにそう見えるというだけで、第三者からすれば今の俺達は見えない状態になっているだろう。


そして前回同様門をよじ登り屋敷の敷地内へと侵入する。


ここまでは異常なし。前回と違うところはサーシャが付いてきているところだ。


念のため前回とは違う窓に近づき、会場の魔術を使う。




「アンロック」


手ごたえがあった。家を出るからといっても対策はしていないようだ。


ここの窓も牢屋と同様に俺では開錠できない魔術を施されていたら、俺の計画は頓挫するところだったが、その心配は無くなった。


俺達が再度侵入したところでスーザンを救出される事は無いという余裕の表れだろうか。ともかく俺とサーシャは窓から屋敷の中へと侵入する。


中を見渡すと誰も居ない。これなら声を出しても大丈夫だろう。




「さて、どこから探すかな」


隠密の魔術を使っている最中に声を出すと効果が薄れる危険性があるのだが、今はサーシャと一緒に行動しているため完全に黙っている訳にもいかない。


「地下牢に近い場所じゃないの?」


スーザンを移動させる手間を考えるとそうなるか。


地下牢の場所は覚えている。


とりあえず地下牢へ下る階段のある廊下まで移動し、そこから一番近い部屋の中に入る。




「ここか?」


扉を開ける。鍵は掛かっていなかった。


中には誰も居ない。


「当たりじゃない?」


俺の肩越しに部屋をのぞき込んだサーシャがそう言った。




「みたいだな」


扉を開けた瞬間血なまぐさい匂いが鼻を突いた。 


床に魔法陣が書いてある。恐らくはここで儀式をするつもりだろう。


軽く中を見渡すが中に匂いの原因となる物は見当たらない。それが余計にこの部屋を不気味に感じさせている。一体匂いの元は何なのだろうか。


恐る恐る中に入る。


「大丈夫なの?」


サーシャも匂いには気が付いているのだろう。中に入っているのを躊躇っている。




「イアンはまだ遠くに居るんだろ?」


イアンが居ないのであれば、屋敷の中を捜索しても問題無いはずだ。


「そうだけど」


サーシャはこの部屋の不気味な雰囲気の呑まれてしまっているようだ。




「なら俺が先に入って確認しよう」


そう言って俺は部屋の中央へと進む。


「気を付けてよ」


その様子をサーシャは部屋の外から見守っている。




「この魔法陣って、以前お前が見た奴と比べてどうだ?」


部屋の中央の地面には魔法陣が書かれている。心なしか魔法陣の近くの方が匂いが強い気がする。


本物を見た事があるサーシャにこの魔法陣について感想を聞いてみる


「似てる」


サーシャがそう言うなら、この魔法陣は本物で間違いないだろう。




「ならここが儀式に使う部屋なんだろうな」


改めて部屋の中を見渡す。魔法陣意外に何か使えそうなものは無いだろうか。


しかし、床に魔法陣が書かれている以外特に変わった様子は無い。


それどころかそれ以外の物は一切置かれていない。


それならばこの匂いの元は何なのだろうか。この部屋全体に匂いが染みついているという事か。だとするとこの部屋の中では血を流す行為が頻繁に行われているという事になる。


扉の反対側の壁には窓がいくつかある。




「いざとなったら窓から入れそうだな」


あの窓も開錠の魔術を使えば入れそうだ。


「でもイアンは結界の魔術を使うんでしょ」


流石に悪魔召還の儀式をする時ぐらいは、結界を使って余計な妨害が入らないようにするだろう。




「それもそうか」


だとするならば窓にも当然結界を張るだろう。


「イアンが儀式をやっている時に窓から入るのは現実的じゃないんじゃない?」


それもそうだが、もっと大事な事がある。




「それを言ったら扉から入れるかも怪しいな」


イアンがその気になればこの扉にも結界を張って誰も入れないようにするかもしれない。そうなったら、そもそも儀式の最中にイアンを襲うという作戦は成立しない。


「じゃあどうするの?」


今からでも作戦を変えた方が良いのだろうか。しかし、そんなに急に別の手は思い浮かばない。


それに今もこうしてイアンの館に侵入で来ている。イアンは俺達をそこまで警戒していないのだろう。


さらに言えば、イアンはサーシャにも興味を持っている。とするとあえて俺達を誘い込むために結界を張らないと考える事も出来る。




「今のところ作戦は変えない。予定通り、明日の満月の夜にここにもう一度来てイアンと戦う」


それしか手はない。


「もしも結界が張られていて、中に入れなかったらどうするの?」


その可能性は十分にあり得る。イアンが事前に結界を張るか否かはイアン次第だ。ケイトは結界の裏側からなか結界を破る事はできるが、ケイトがこの部屋の外に居る状態で、部屋の外からの侵入を防ぐ結界を張られてしまったらケイトにも結界は破れない。




「その時は諦めて騎士を呼ぶか」


サーシャの秘密を守るのも大事だが、スーザンを見殺しにする事は出来ない。

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