032_魔法陣

気まずい空気になりながらも、三人で寮に戻って来た。


「そういえば、スーザンを見たか?」


俺はスーザンと会話をしたが、ケイトとサーシャは俺の視界に入って直ぐに俺を連れ出す様に逃げ出した。


果たして、スーザンが居た事を二人は認識しているのだろうか。


「いえ、見ていませんでした」


ケイトはハッキリと否定し、サーシャも同様に首を横に振った。


やはり、気が付いていなかったか。




「奥の牢屋の中に居たよ。まだ生きてる」


ここで話しておこう。


「それは朗報ではありますが、この後どうするのです?」


スーザンが生きているというのは俺達にとっていい知らせではあるが、イアンが探知の結界を使えるという事は侵入しても直ぐにイアンが駆けつけて来るという事になる。さらに俺達三人でイアンに正面から闘いを挑んでも勝てる見込みは低い。




「救出するに決まっているだろう」


それでもスーザンが生きているのなら、イアンの手によって生贄にされる前に救出すべきだ。


「三人でですか?」


今の俺達には他に頼れる仲間がいない。やるならこの三人という事になる。




「ああ、騎士を頼るのは、最後の手段だ」


スーザンの命を考えれば騎士に頼るべきなのかもしれないが、サーシャの秘密を守る事を考えるのならば、騎士に頼るよりも前にこの三人でやった方が良い。


サーシャの秘密を守るという意味がある以上、下手に外部から助っ人を呼ぶというのも考えられない。


「先ほどあれほど危ない目にあったのに?」


ケイトが半ば呆れた様子で俺の意思を確認する。ケイトとしてはもう騎士に頼った方が良いと考えているのだろう。


さっきは一歩間違えれば捕まっていたのは事実だ。




「でも侵入には成功した」


前向きに考えれば生きて帰ってくる事はできた。


「探知の結界で、隠密の魔術はあまり意味をなさないという事は分かったじゃないですか」


下手に侵入しても直ぐに見つかるというのは分かった。もう一度やるなら何か手を考えないといけない。




「でも分かった事もある」


今日イアンやスーザンと接触して分かったのは悪い知らせだけじゃない。


「何かあるんですか?」


そういえば、ケイトは俺とイアンの会話を聞いていなかったのだろう。ならばこの場で話しておこう。




「イアンは俺達を生け捕りたいと思っている。だからそこに付け込めば勝機はある」


さっき俺が殺されなかったのも、イアンが俺を殺す気が無かったからだ。イアンがその気になれば簡単に殺されていただろう。


「何故生け捕りにするのです?」


やはりイアンの会話はケイト達には聞こえていなかったようだ。




「サーシャの魔術を手に入れたいらしい。だから俺は生かして捕まえてサーシャをおびき出す餌に使うつもりだったみたいだ」


だから見つかったとしても直ぐに殺される事は無い。


「例え殺されないとしても、イアンさんの探知を抜ける事ができなければ、見つかって捕らえられるだけですよ」


いくらイアンから殺される事は無いとはいえ、戦って勝つ方法が無いのであれば、正気があるとは言えない。




「あの目くらましの魔術を使って何とかならないか?」


今回逃走に成功したのはケイトの目くらましが効いたのが大きい。


「イアンさんが結界を破られるとは思っていなかったからこそ不意を付けたのであって、次はこうはいきませんよ」


あれは不意打ちだったからこそ有効だったというのは間違いない。イアンはこちらが目くらましの魔術を使う事を知らなかったというのも大きいだろう。つまりこちらの手の内がバレてしまった以上、二度目は通用しない。


「何か良い話は無いの?」


俺とケイトが悪い話ばかりしていたせいか、サーシャが割って入って来た。




「スーザンから聞いた話だと、儀式は満月の夜に行うらしい」


そもそもイアンは普通に戦って勝てる相手ではない。そのイアンと戦うとなれば、戦力的に厳しいという現実を直視せざるを得ない。


現時点で俺達にとっていい話というのは、スーザンが生きているという事と、スーザンの命は満月の夜までは保障されているという事だ。


「明後日ですか。あまり時間は有りませんね」


満月の夜が来るのは二日後。それを時間があると取るか、無いと取るかは受け取り方次第だ。




 ●




「イアンはどうしている?」


今後の事を考えるために、まずはイアンの現在位置を確認する。


「家にいるよ」


まだサーシャの刻印は生きている。早々に解除されて行方が分からなくなるという事態は避けられたようだ。


それよりも気になる事がある。


「逃げないんですね」


ケイトも俺と同じことを思ったようだ。


イアンは刻印の効果を知っていた。つまりは今も俺達がイアンの居場所を把握できているという状況を分かっている。


俺達に居場所を特定されたのに逃げないというのは、俺達が来てもどうにでもなるという自信なのだろうか。




「俺達が来るのを待っているのかもしれない」


イアンはサーシャに興味を示していた。それならばいっそ同じ場所に留まり、俺達がもう一度来るのを待つつもりなのかもしれない。


「まあ、サーシャさんが特殊なのは分かりますが、そこまでしますかね」


当然俺達に襲われる可能性もあるし、スーザンを救出される恐れもある。それでも動かないというのは余程サーシャに興味があるのか。




「ケイトだってサーシャが刻印の魔術を使えたから、サーシャに興味を持ったんだろ」


サーシャが使う刻印は特殊な魔術であり、悪魔の研究をしている者からすれば興味をそそられるようだ。


「否定はしませんよ」


ケイトもそれは同じであり、俺達に同行する理由の一つだ。




「さて、もう一度潜入したとしても牢屋の鍵がある限りスーザンの救出はできないからな。何か手を考えないと」


もう一度俺一人で潜入してもいいが、あの鍵を突破できなければ無意味だ。


「感知の結界があるなら隠密の魔術は無意味でしょう」


まあ、何の策も無しに行けばすぐに見つかるだけか。




「結界を掻い潜れればな」


腕の良い盗賊なら出来ると言う話は聞いたことがある。


「数日で上達させられますか?」


隠密の魔術の精度を上げて、結界を突破するというのが、それが一番手っ取り早い方法だろう。




「数日じゃ無理だ。普通にやっても年単位でかかる修行だぞ」


しかし、俺はまだ冒険者としては駆け出しだ。今の状態から結界を潜り抜けるぐらい隠密の魔術の精度を上げるというのは現実的では無い。


「では他の手を考えるしかないですね」


ケイトも今の話が現実的では無いと分かっているようだ。




「イアンが悪魔召還をやる日が分かったなら、儀式の最中を襲えば良いんじゃないのか?」


イアンにバレないように侵入するのが無理なら、いっそ相手に見つかる覚悟で強硬突入をすればいい。


その場合、タイミングが重要になるが、相手が悪魔召還の儀式をやる日が分かっているのであれば、召喚の儀式をやっている最中に突入すれば、イアンにも攻撃する隙があるのではないだろうか。




「どこで儀式をやるか知っているのですか?」


俺の考えを聞いてもケイトは直ぐには賛同しなかった。


そういえば、日時は聞いたが、詳細な場所は聞いていなかった。


「生贄を家に閉じ込めているという事は、家の中のどこかでやるつもりだろ」


スーザンをイアンの屋敷で見つけた以上、あの屋敷で儀式をやるのかと思っていたが違うのだろうか。


「それだけでは情報が不足しています。儀式の一瞬を狙うのであれば、事前に場所を把握しておかないと、奇襲の成功率は下がりますよ。スーザンさんを見つけるのだってある程度時間が掛かったでしょう。」


確かに、おれは儀式が行われる正確な場所をしらない。儀式の場所を探している内に、儀式が完了し


てしまっては元も子もない。




「じゃあ、イアンの家にもう一度忍び込んで、儀式を行う場所があるか探そう」


それならばイアンの家に行って確認するしかない。


「それはギャレットさん一人で潜入するんですよね?」


さきほどまでの俺の話を聞いていたなら、そういう流れになるのは自然と分かるだろう。




「そのつもりだ」


三人で行って、まとめて捕まるリスクを考えたら、一人で行った方が良い。その考えを変えるつもりはない。


まさか今更三人で行った方が良いと言いだすつもりなのかと思ったが、ケイトの言いたい事は別にあった。




「悪魔召還を行う場所がどんなものか知っているのですか?」


悪魔召還を行う場所を探しに行くのであれば、当然悪魔召還を行う場所がどんなものか分かっていなければいけない。


「いや、知らない」


考えてみたら、悪魔召還を行うのには何が必要なのか俺は全く知らない。


確かに、悪魔召還の知識がない俺が一人で潜入し、悪魔召還につかう場所を見つけたところで、それが悪魔召還用の場所だと認識できるのだろうか。


「あたしは知ってるよ」


そんな事を考え始めた俺に、サーシャが助け舟を出して来た。


意外にもサーシャは知っているらしい。




「本当か?」


一体いつそんな知識を身に着けたのか。


「魔法陣がある」


そこまで具体的な事を知っているという事は嘘では無いようだ。




「魔法陣か」


魔術を行うために地面に模様を描いて魔術の補助として使う。それならば俺が見ても分かりそうだ。


「いつ見たのですか?」


感心する俺とは対象的に、ケイトが鋭い質問を返す。


「誘拐された時」


サーシャは特に隠す様子も無くすんなりと答えた。




「大丈夫なのか?」


俺はサーシャにとって誘拐の時の事は、現場に居なかったために詳細を知らないという事もあるが、サーシャにとっては触れたくない事だと思っていたので、あまり話題には出さないようにしていた。


嫌な事を思い出すかもしれないからだ。


今回もイアンの家で本物の魔法陣をみたら誘拐された時の事を思い出すかもしれない。そんな場所にサーシャを連れて行っても良いのだろうか。


「魔法陣を見るぐらい何ともないよ」


俺の気持ちとは裏腹にサーシャ自身は魔法陣を見る事を何とも思っていないようだ。


本人が大丈夫というなら、それは信じよう。


俺とサーシャが二人で行く方針で話が進んでいる所にケイトが口を挟んで来る。


「探知の結界はどうするんですか?」


サーシャも一緒に来るのは良いとして、あの結界をどうにかしなければ直ぐに見つかって返り討ちにあうだろう。




「だったら、イアンが出かけた隙に家に入ろう」


こちらにはイアンの居場所が分かるという点において優位に立っている。ならばそれを利用してイアンが不在になった際にイアンの屋敷に入ればいい。


流石に家の外から一瞬で返ってくる事は無いだろう。


「彼が家を空けますか? 生贄がいるのに」


イアンが儀式を行うまでの二日間屋敷にずっと籠っていたらこの手は使えない。だがその可能性は低いと俺は考えている。




「牢屋には自信があるみたいだったし、食べ物の調達をするのに家を空けることぐらいあるだろ」


実際にイアンはスーザンを誘拐した後にギルドに現れた。生贄が屋敷に居るからといって、家にずっと籠っているという事は無いだろう。


「またあの結界で閉じ込められたらどうするのです?」


万一俺達が逃げ遅れて、前回同様結界を張られたらもう逃げられなくなる。




「ケイトが外に残って、俺達が危険になったら、この前みたいに結界を破りに来てくれ」


俺達が結界内に閉じ込められたとしても、ケイトなら結界の外から結界を破る事ができる。そう思っていたが一つ盲点があった。


「危険って言っても、あたしが中に行ったらイアンの居場所はケイトには分からないよ」


前回はケイトとサーシャが外で待つ役であったが、今回はサーシャも屋敷に潜入する。サーシャが居なければ俺とイアンの場所を知る方法がケイトには無い。




「それもそうか。じゃあ、時間を決めて、戻って来なかったら、俺達が捕まったと思って騎士に助けを求めてくれ」


だとするなら、ケイトに俺達を助けに屋敷に突入させる事はできない。


「いいんですか?」


先ほど俺は騎士に頼るのは最後の手段と言った。それなのに騎士に頼るという方法を俺が提案したのをケイトは気にしてくれているのだろう。




「命には代えられない」


だが今の状況ではこれがベストの選択のはずだ。

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