031_不信
三人で全速力で走り、屋敷の外まで出た。
振り向くとまだそこにはイアンの屋敷が見える。
そしてイアンの姿は無い。あの目くらましを受けたのだ。しばらくは動けないだろう。
「念のため離れますよ」
とはいえ万一という事もある。
ケイトのその一言に、俺は無言で頷き歩きながらイアンの家から離れていく。
「危ない所だったね」
安心したのかサーシャの口からはそんな言葉が出てきた。
「何故来たんだ?」
助かったのは間違いないが、俺は二人の行動を素直に喜ぶ事は出来なかった。
元々決めていた行動とは違ったからだ。
「イアンが兄さんに近づいてきたからに決まってるでしょ」
答えたのはサーシャだった。
「騎士を頼れと言っただろう」
そういう約束だったはずだ。
「助かったんだからいいでしょ」
またそれか。
「三人とも捕まったらどうするつもりだ?」
だから二人は来るなという話だったはずだ。
「兄さんは騎士に頼らなかったでしょ」
確かに俺は騎士に頼らずに潜入した。だからこそ捕まりそうになったら最後の手段として騎士を頼るという話だったはずだ。
「そういう問題じゃ無いだろ」
俺が侵入したから、ケイトやサーシャも一緒に来るという話にはならない。
「見つからないって言ってたのに、見つかったのは兄さんでしょ!」
意外にも、サーシャは声を荒げて反論した。確かに見つかった俺にも非はある。
「それは、悪かった。探知の結界があるとは思わなかった」
隠密の魔術を使えば発見されないという予想見込みが間違いだったのだ。
「それで侵入した直後にイアンに見つかったのですか」
そう言ったのはケイトだった。
「お前たちが来た事には気が付いていなかったみたいだけどな」
二人の顔を見たイアンは明らかに驚いていた。という事は俺の侵入には気が付いても。ケイトとサーシャの侵入には気が付かなかったという事だ。
「二つの結界は同時に張れないという事でしょうか」
ケイトとサーシャが来た時には物理的な結界で俺を外に出れないようにしていた。
「かもしれないな」
そのために探知用の結界を解除していたというならば辻褄はあう。
「しかし、探知の結界であれば、隠密の魔術を使っていても見つかってしまうという事ですか」
それは俺も盲点だった。
「俺の隠密の魔術は視覚的に見えなくなるだけだからな。一体何で探知しているのかは知らないが、俺の魔術では誤魔化せなかったみたいだ」
どういう原理で探知しているのかは知らないが、目で見えなくなった程度では探知可能なのだろう。
「とりあえず脱出出来ただけで良しとしましょう」
脱出に成功したのは良かったが、かといって二人の行動を褒める事は出来ない。
「いや、それよりもどうして二人とも来たんだ?」
肝心の理由を聞いていなかった。
「騎士に頼ってる間に手遅れになったらどうするの」
答えたのはサーシャだった。
「お前達に助けられたお陰で生きて脱出出来たのは事実だ。でも危険すぎる。俺一人が捕まるのと、三人全員がつかまるのは訳が違うだろ」
俺一人が捕まっても、残り二人で騎士に連絡する事ができる。
しかし、三人全員つかまったらもうどうしようもない。その違いが分からないのだろうか。
「同じだよ。兄さんが捕まるなんて」
サーシャの表情は暗い。余程俺が捕まるのは嫌らしい。
「騎士に頼めば何とかなるだろ」
騎士に連絡すれば、救出にはそう時間は掛からないと思うが。
「ならないよ」
サーシャはそうは思わないらしいようだ。
「どうしてそう思う?」
俺にはその理由が分からない。
「あの時私を助けに来たのは、父さんと母さんでしょ」
ああ、あの時の事をまだ引きずっているのか。
「あれは、証拠が無かったからだ今回は違う。ギルドからイアンを逮捕するよう要望が出ている筈だ」
サーシャが誘拐された時騎士に助けを依頼しても、直ぐには動いてくれなかった。結果として両親がサーシャを助ける事になった。
あの時の経験から騎士に対する不信感があるのは仕方がないのかもしれないが、今は状況が違う。
ミシェルから騎士に連絡が行っているのであれば、イアンの居所を伝えれば騎士が動いてくれるはずだ。
「だったとしても、あたし達の証言だけで、騎士が動いてくれるの?」
まあ騎士にも色々事情がある。通報者や情報が信用できなければ動いてくれない事もあり得る。
「動いてくれるさ」
イアンの正確な場所まで伝えれば無視する事はしないだろう。
「信じられないって言われたら? 絶対動いてくれる保障はあるの?」
サーシャの騎士に対する不信感は強いようだ。
「まあ、絶対は保障出来ないが」
人が居なくて対応できないとか、他にも騎士が対応を拒む可能性は考えられる。
「それで兄さんが死んだら?」
それは流石に大袈裟ではないか。
「捕まっただけで殺したりはしないだろう」
実際に、イアンの目的はサーシャをおびき出すために俺を利用しようと考えていて殺すつもりなはいようだった。
「一生、自分で助けに行けばよかったって思う事になる」
他人に任せるぐらいなら、自分でやった方が後悔しなくて済むと言う考え方か。
「そこまで考えていたのか」
騎士に任せて俺が死んだら悔やんでも悔やみきれない。だから騎士に任せる事はできない。
「だったら自分で行った方が良い」
自分が誘拐された時に助けてもらえなかったという経験からの不信感は、そう簡単には拭えないだろう。
「いいか、今回はたまたま上手くいった。だからって、毎回上手く行くわけじゃない。もしも全員捕まったらそこで終わりだぞ」
ケイト達のお陰で助かったのは事実だ。しかしそれも危険な賭けだったと言わざるを得ない。
俺の身を案じてくれるのは嬉しいが、自分がどれだけ危険な事をしているのかも分かってほしい。
「あたしにとっては兄さんが捕まった時点で終わりだよ」
そこまで言われると、俺もこれ以上いう言葉が無い。
両親の元を離れてからはずっと二人で生活して来た。サーシャにとって俺が死ぬ事は受け入れられないのだろう。
気まずい沈黙を見かねたのか、ケイトが口を開いた。
「すいません、私も止めたのですが」
潜入前に作戦を説明している時に、ケイトはイアンの危険性をよく分かっているような口ぶりだった。ケイトが率先して俺の後を追うような事をするとは考えにくい。
恐らく、サーシャが行くと言ってきかなかったのだろう。
「そういえば、あの結界を破ったのはケイトだよな」
これ以上サーシャを責めても仕方がない。俺は話題を変える事にした。
結界が壊れると同時にガラスが割れるような音がした。あれはケイトがやったのだろうか。
「はい」
ケイトは頷いた。まあ、サーシャにあれを破るような魔術は使えない。そうなるとケイトしかあれを破れる者はいない。
「良く破れたな」
俺がぶつかってもびくともしなかったが。
「あれはディスペルで破れます」
そういえば、最初に刻印を消す時にもその魔術を試していた。物理では破れなくとも、魔術であの結界が破れるのか。
「だったらあの結界はケイトがいれば怖くないって事か?」
ケイトが魔術を使うだけで破れるのであれば、ケイトとペアになって動くだけで結界は無いも同然だ。
「そういう訳ではあませんよ。向きの問題もありま」
俺の予想は楽観的過ぎたようだ。話はそれほど単純なものではないらしい。
「結界に向きがあるのか?」
結界に脆い部分があるという事だろうか。
「私が立っていた場所と、ギャレットさんが居た場所は結界の表と裏の関係に当たります」
後から地下牢に来たケイトと、地下牢の奥に居た俺は、丁度結界で分けられるような位置関係になっていた。
「裏からは簡単に破れたっていうのか」
俺が立っていた位置が表側だとすると、ケイトが立っていた位置が裏側になり、裏側からはディスペルが使えば結界を破れるという事か。
「そうです。私もギャレットさんの側にいたとしたら、破れなかったですよ」
仮にケイトが結界の表側からディスペルを使ったとしてもあの結界は破れなかったのか。「つまりギャレットさんが一人で先に侵入していたからこそ、脱出出来たという事です」
三人で潜入するのは危ないと言い、俺一人だけで潜入する事にした。それが功を奏したのか。
「しかし、そうなると次はどうするかな」
隠密の魔術でも探知の結界が抜けられないとなると、他の手を考えないといけないが、今の俺には他の手は直ぐには考えが思いつかない。
「まだやるつもりなんですか?」
ケイトは俺が諦めると思っていたようだ。
「スーザンを救出できていないだろう」
だが俺はスーザンを助け、イアンを捕まえるまでは自分の手でやるつもりだ。
「ギャレットさんも騎士に頼った方がいいという考えだったのでは?」
先ほど俺がスーザンを叱っているのを見て、ケイトは俺が自力でスーザンを救出するのを諦めて騎士に頼ると思ったようだが、それは違う。
「それは俺が捕まった場合の話だ」
イアンから逃げ切った今の状況で騎士に任せる意味は低い。
「どこが違うのです?」
最初に説明したつもりだったが、話がややこしくなってきたため、もう一度説明し無いとダメなようだ。
「サーシャの力が外部に漏れる事は防ぎたい」
騎士を頼ればイアンの口からサーシャの持つ魔術が広まる可能性がある。そちらを防ぐ方が優先だ。
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