029_地下
まずは地下に降りる階段を探してみるが、そう簡単には見つからない。サーシャが地下にイアンが降りていたというのであれば、どこかに地下に降りる道があるはずだ。一階を虱潰しに探すしかない。
とはいえ地下にスーザンがいるとは限らないが。
最悪の場合、イアンが居る二階にスーザンが居るという可能性もある。
もしそうなら、イアンの前に俺が行くしかない。いくら隠密の魔術を使っているとはいえ相手も魔術師だ。
あまり不用意に近くに行きたくはない。
それに、この家にスーザンが居ないと言う可能性も残されている。その場合、俺からイアンのいる二階に行ったとしてもただ無駄に危険を侵しただけという事になる。
そこまで考えるなら、こちらからイアンに近づくのは止めた方が良いだろう。
いったん戻るべきだろうか。
安全に行くなら、騎士にイアンの家がここである事を通報するという手もあるが、それでスーザンの救出は間に合うのだろうか。
それにそんな事をすれば、どうやってイアンの家を突き止めたのか聞かれるだろう。下手をすればサーシャの秘密がバレる危険性がある。それは最後の手段だ。
「これは…」
そんな事を考えていると、廊下の奥に、地下に降りる階段をみつけた。
「行って見るか」
俺は足音を立てない様に、その階段を下って行った。
●
階段を下りた先、所々灯りがある。
その灯りを辿る様に進むと牢屋があった。
牢屋は一つではないが、その殆どが空の状態だった。
そして、一番奥の牢屋には人が入っていた。
スーザンだった。
今の俺は隠密の魔術を使っている。だからスーザンは俺に気が付いていない。
声を掛けても大丈夫だろうか。
スーザンが捕まっているのなら大声を出してイアンを刺激するような事はしないだろう。
俺は隠密の魔術を解いた。
「スーザン、俺が分かるか?」
スーザンは俺の顔を見ると、驚いたような顔をするが、取り乱す事は無く俺のしつもんに答えた。
「この前の盗賊かい?」
まだ名前は覚えてもらってないようだ。しかし、普通に会話はできるようで、俺が誰かも認識できるようだ。
「ここに居るって事はイアンに捕まったって事でいいのか?」
まさか自分から進んで牢屋に入るような事はしないだろうが、念のため状況を確認する。
「ああ、君と会った次の日に、またクエストに誘われたんだけど、気が付いたらここに入れられてたよ」
ソロの冒険者を狙い誘拐する。ミシェルの予想は当たっていた。
「やっぱりあいつが誘拐犯か」
スーザンが言うなら、もう確定だろう。
「そっちは捕まった訳じゃなさそうだね」
俺が一人でここまで来たのを見て、こちらの状況を察したようだ。
「ああ、助けに来た」
幸いにもスーザンは生きているし、後はここを出るだけだ。
「鍵を開けられるのかい?」
当然だが牢にも鍵が掛かっている。
「アンロック」
家の窓の鍵は開けられた。これも開けられるはずだ。そう思い開錠の魔術を使うが、窓の鍵とは手ごたえが違う。
一応扉が開くか確かめてみるが案の定開かなかった。
「ダメそうだね」
それを見ていたスーザンにも、俺が開錠に失敗した事が分かったようだ。
「ああ、俺の魔術では開けられない」
脱走の防止に、特別な仕掛けがしてあるようだ。
どうする。このままスーザンを置いていくのか。
「ま、そう簡単には行かないか」
スーザンの顔に落胆の色が浮かぶ。期待をさせてしまって申し訳ないが、俺にはこれ以上はどうしようもない。
「教えてくれ。イアンは何が目的なんだ?」
鍵が開かない以上、スーザンを出す事は出来ないが、まずはイアンの目的を聞く必要がある。
「儀式に使う生贄とか言ってたよ」
という事は、ケイトの予想は当たっていたのか。
「儀式って悪魔召還の事か?」
悪魔を召喚するために人間を生贄にする。本気でイアンはそんな事を考えているのだろうか。
「みたいだね」
そうすると、あまりゆっくりはしていられない。
「儀式の日は近いのか?」
スーザンを助けるのに、あとどれぐらい時間が残されているのか・
「満月の夜に儀式をするって言ってたよ」
それは重要な情報だ。
「満月?」
しかし、満月と言う条件に何か意味があるのだろうか。
「満月の夜の方が魔力が安定するとか」
そういう事か。
大きな儀式をおこなうために、少しでも成功率を上げたいということだろう。
そこまで話したところで、足音が近づいて来る音が聞こえ、俺は体をこわばらせる。
「どうするんだい?」
声を潜めてスーザンが俺に聞いて来る。
地上に上がる道は一つしかなく、これ以上地下は無い。つまり袋小路だ。逃げるに逃げられない。
「隠密の魔術を使うから、何も見なかったことにしてくれ」
スーザンは無言で頷いた。
●
地上から降りて来たイアンがスーザンに話しかける。
「誰と話していたんですか?」
俺達の声が聞こえていたのだろう。
「ただの一人言だよ」
さすがにスーザンは正直にはなすつもりはないようだ。
今の内に逃げた方が良いだろうか。しかしそれは物音を立てる可能性がある。それならイアンがここを立ち去るのを待った方がいい。
「隠しても無駄ですよ。この家にも、この地下にも結界が張ってあります。侵入者が来れば直ぐに分かるんですよ」
まさか、俺の存在がばれている?
「ネズミか何かと間違えたんじゃないのかい?」
スーザンが誤魔化そうとしてくれている。今の俺はそれを聞いている事しかできない。
「生憎と、私の結界は人間とネズミを間違えたりしないんですよ」
あの口ぶりだと、人間がいる事までは分かっているが、それが俺である事までは分かっていないようだ。
「だったら、さっさと捕まえればいいじゃないか」
スーザンはそう言うが、イアンはまだ俺が隠密の魔術を使っている事には気が付いていないようだ。
「ここに来るまで、私は誰ともすれ違いませんでした」
そうだろう。俺は今ここに居るのだから。
「なら勘違いじゃないのかい」
さっさと引き上げてくれると助かるのだが。
「そうなると、侵入者はここにまだ残っていると考えるのが妥当ですね」
心臓が跳ね上がる。
「どこにいるっていうんだい?」
牢屋の中にはスーザンしかいない。俺は牢屋の外で隠密の魔術を使ったまま息を潜めている。イアンはそれに気が付いているのか。
「さあ、そこまでは。それでも誰が来たのか想像は付いています」
随分と強気な発言だ。
「どうして分かるんだい?」
イアンの言葉がハッタリではないなら、どういう原理で俺が来たことが分かったのか。
「その人は隠密の魔術を使えますので」
まさか、バレているのか。
イアンが通路に向かって手を翳す。まさかここで魔術を使うつもりか。
「ディスペル!」
解呪の一般的な魔術。
俺はただの盗賊だ。防げるわけもない。
「くそ」
あっけなく、俺の隠密の魔術は解除され、その姿が露わになった。
「やはりあなたですか」
どうする、戦うべきか。一対一でイアンとやっても勝機は薄い。
俺とイアンが接触したという事はサーシャには伝わっている筈だ。
「俺が来ると分かっていたのか?」
下手に手を出さずに、今はサーシャ達が騎士を連れて来る事を期待して、時間を稼いだ方が得策だろう。
それに、何故俺が来ると分かったのかは知っておきたい。
「ええ、あなたの妹が余計な事をしてくれたので」
何故ここでサーシャが出て来るのか。
「余計な事?」
一体何の事を言っているのか。
「あなたはこれが何だか知っているんでしょう? だからこの家に来た」
そう言ってイアンは自分の腕に刻まれた刻印を見せる。
その通り。刻印の魔術の効果でイアンの居場所が分かったからこそ、この館に侵入した。
「たまたまお前を見かけたから入っただけだ」
だがそれを正直に言う必要は無い。
「そうですか。ところで、私の屋敷に無断侵入し、私に発見されたからには無事で済むとは思っていないですよね」
その口調から、イアンは俺のいう事を信じる気はなさそうだが、同時にここから無事に返すつもりもないようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます