028_潜入

イアンには刻印の魔術を掛けており、サーシャはその居場所を探知できる。よってサーシャの案内で、郊外の一角に来ていた。


ケイトも入れて三人での移動だった。


サーシャは刻印の魔術でイアンの居場所を探知し、それを俺に教える役目があるため同行は必須だが、潜入は俺一人で行うつもりだった。


だからケイトが来る必要は無かったのだが、この状況で一人で待っている事はできないという事で、ケイトも現場まで同行する事になった。


「あの辺りに居る」


サーシャがある屋敷の近くを指さした。しかし、その方角には問題があった。




「地下って事か?」


サーシャの指は明らかに地面の下を指していた。


「うん」


あの屋敷には地下牢でもあるのだろうか。


「どうするんですか?」


迷っている俺にケイトが問いかける。




「俺一人で潜入する」


盗賊として気配を消すスキルならある。


「入り口を突破できるんですか」


ケイトがそんな事を聞いてきた。まあ普通の屋敷なら家に鍵ぐらいかけてあるだろう。




「俺は盗賊だぞ。鍵を開ける魔術も使える」


さすがに玄関から入るつもりは無い。どこか適当な窓の鍵を開けて入れば気が付かれないだろう。


「いいんですか? そんな事をして?」


普通に考えれば、犯罪だろう。




「人の命が賭かってるんだから、今はそっちが優先だろ」


本来はダンジョンの仕掛けや宝箱の鍵に対して使う魔術であり、民家の鍵に使う事はよろしいくないというか、普通に犯罪になるのだが、イアンが人を攫っているというのであれば、人質の安全を優先すべきだろう。


「それでも、スーザンさんが、がこの家にいるとは限らないのでは?」


ケイトがそんな事を言った。


サーシャのスキルで分かるのはイアンがこの家にいる事だけだ。


イアンがスーザンを生贄にする予定なら近くに監禁しているだろうというのは、ただの予想であり今のところスーザンがどこにいるのかを特定する明確な証拠はない。


それは十分分かっている。




「それを言うなら、スーザンがいるかもしれないだろ。わざわざ自分の家と場所に連れていくか?」


居る可能性が少しでもあるのなら、賭けるべきだ。


それに今のところ他に手掛かりは無い。あの屋敷にイアンが居ると言うのであれば、スーザンの居場所について手掛かりぐらいは手に入るかもしれない。


「それはそうですが、屋敷の中のどこに居るか隅々を探すつもりですか?」


この家のどこにスーザンがいるかまではサーシャの魔術では分からない。見たところあの屋敷は結構な大きさがある。内部を全て探索するとなるとそれなりに時間が掛かるだろう。時間が掛かるという事は、その分イアンに見つかる可能性が高くなるという事であり危険度も増す。




「そうするしかないだろう」


他に手掛かりが無い以上は、やるしかない。


「イアンさんと鉢合わせしたら?」


それは考えたくない展開だ。正面から戦闘をすればまず勝てないだろう。




「見つからないさ」


それでも俺には隠密スキルがある。だから見つからない。


「見つかったらどうするつもりなのかを聞いています」


しかし、そんな俺の誤魔化しは通用しなかった。ケイトは再度厳しい口調で俺を問い質した。




「隠密スキルを使えば大丈夫だろ」


それでも今の俺にはそう答えるしかない。


「戦うつもりですか、逃げるつもりですか?」


誤魔化そうとする俺に対してケイトは二択で迫って来た。




「逃げる」


流石に一対一でイアンと戦おうとは思わない。


「見つかったら逃げ切れるかどうかも怪しいですよ」


イアンは魔術師だ。何度か魔術を使うところは見たが、今まで俺達が見た魔術以外の魔術も使えるだろう。


相手の逃亡を防ぐような類の魔術も使えるかもしれない。




「俺に行くなっていうのか?」


それほど危険と言うなら、行かない方がいいのだろうか。


「事前にどんな策を持っているのか、確認しているんですよ」


ケイトの顔は真剣で、俺をからかっている訳では無いようだ。




「俺だって遊びでやってるんじゃない。死ぬかもしれない事ぐらいは理解している」


だったら俺も真剣に答えよう。


「では、私達はここで待っているのはいいとして、ギャレットさんが戻って来なかったら私達はどうします?」


イアンに捕まるつもりは無いが、絶対は保障できない。




「もしも、何かあったら、大人しく騎士を呼べ」


騎士には頼りたくないが、そうするしかないだろう。


「何かあったと言うのはどうすれば分かりますか?」


サーシャはイアンの居場所が分かるが、それ以上の事は分からない。


屋敷の中で、俺がイアンに捕まったとして、それを外にいるケイトとサーシャに伝える手段はあるのだろうか。




「大声でも出せばいいのか?」


俺にできる事は限られている。


「そんな状況になったら、殺すなり気絶させるなりして、声を出せなくするのが普通でしょう」


イアンと戦闘になれば俺が死ぬ事もあり得る。死ななかったとしても俺が抵抗すれば気絶して無力化する事も考えられる。


そうなったら俺には何も出来る事は無い。




「ならどうしろって言うんだよ」


流石に死んだり気絶したりした後の事を考えろと言われても、出来る事は無いとしか答えられない。


「待って」


今まで黙っていたサーシャが口を開いた。




「何だ?」


俺はサーシャに目を向ける。


「兄さんにもう一度刻印を付ける」


サーシャは意外な事を言ってきた。




「何のために?」


今の状況で俺に刻印の魔術をかける事に何の意味があるのだろうか。


「兄さんがイアンに捕まっても分かるでしょ」


そこまで言われてようやく分かった。




「ああ、俺とイアンの両方の居場所が分かれば、接触したのがサーシャにも分かるって事か」


そういう考えならば、俺にもう一度刻印を付ける意味はある。


はっきり言って、俺とイアンが接触する状況になれば、高確率で俺はイアンに負けるだろう。死ぬところまでは想定したくないが、俺とイアンが接触した時点ですぐに助けを呼びに行ってもらえれば幾分か生存率は上がるだろう。


「そういう事」


刻印の術者だけあり、使い方は考えていたようだ。




「じゃあ、やってくれ」


ここは外だが今更寮に戻るのは面倒だ、俺は辺りを見回して誰も居ない事を確認すると自分の右腕をサーシャに向ける。


「カーズ」


俺の腕に、見覚えのある刻印がもう一度刻まれた。




「これでサーシャは俺とイアンの両方の居場所が分かるんだな?」


一度に二人に刻印を付けるのは初めてだ。本当に同時に効果が出ているのか念のために確認する。


「そうだよ。万一兄さんとイアンが接触したら、直ぐに騎士を呼ぶ」


期待通り、サーシャが俺とイアンの両方の場所を把握できるようにすれば、サーシャからは俺とイアンが接触した事が分かる。




「隠密魔術があれば、イアンは俺に気が付いたりしないさ」


これはあくまで念のための処置であり、俺としてはイアンに見つかるつもりは無い。


「隠密魔術を私達三人全員にかけることはできますか?」


話がまとまりかけたところで再度ケイトが口を挟んだ。三人で一緒に潜入した方が良いと言う考えだろうか。それは俺が信頼できないと言われているようであまり良い気がしない。とはいえまずは質問に答える事にする。




「できる」


自分自身以外にもかける事は可能だ。だが人数が増えれば増えるほど隠密行動には不向きだ。


それを聞いたサーシャがケイトの意見に同調する。


「それなら、私達三人に隠密スキルを掛けて三人で乗り込んだ方がいいよ」


一人で行くよりも、三人で行った方が戦力としては上だろうが、俺はそうは思わない。




「ダメだ」


理論的には可能だが、それは得策ではない。


「どうして?」


サーシャが不服そうに理由を聞いて来る。




「三人一緒に行動するのはリスクが高すぎる」


三人で行動すれば発見される危険性が高くなるのもあるが、万一発見された場合、三人とも捕まったらどうしようもない。


「隠密魔術には自信があるんじゃなかったの?」


もちろん最初から見つかるつもりはない。




「それでも、見つかった後の対処は出来るようにしておくべきだ」


イアンの手の内が分からない以上は、退路は残しておいた方が良い。


「サーシャさん、私達は残りましょう」


ケイトも俺の意見に賛成のようだ。


「分かった」


サーシャは仕方ないと言った様子で、俺の意見を受け入れた。




「じゃあ、行ってくる」


話が決まった。後は俺がスーザンを救出するだけだ。


「待って」


イアンの家に向おうとした俺をサーシャが呼び止めた。




「何だ?」


まだ何か言う事があるのだろうか。


「イアンが二階に移動してる」


俺達が話していた間に、動きがあったようだ。




「だったらそこには近づかない方が良いな」


いくら隠密スキルを使っているとはいえ、見つかってしまったら面倒だ。まずは一階人質がいないか探してみるか。




 ●




「ハイド」


屋敷に近づいてから隠密の魔術を使い、姿を隠す。魔術を維持したままさらに屋敷に近づく。幸いにも人気は無い。


俺はそのまま屋敷に近づき門をよじ登る。


まさか人の家に忍び込むことになるとは思わなかった。


これまでギルドの任務に盗賊の魔術を使っていた事はあるが、人の家に入るのに使うのは初めてだ。


いくら人助けとはいえ、それは許されるのだろうか。




俺のやった事が公になったら犯罪者扱にされるのは間違い無いだろう。


それに、スーザンを救出するという大義名分があるとはいえ、万一この家がイアンの家でなければ、ただの犯罪のような気がするが、かといってサーシャが俺に嘘をつくとは考えにくい。


それにイアンはギルドで派手に暴れたのは事実だ。やはりイアンがスーザン拉致していると考えるのが筋なのだろう。


今は余計なことを考えずに、スーザンを探す事に専念しよう。


門から降りて敷地に入ったらそのまま屋敷に近づく。流石に正面の入り口から入るのは危険だ。適当に一階の部屋につけられている窓に近づく。




「アンロック」


開錠の魔術を使うと手ごたえがあった。音を立てずにゆっくりと窓を開けて、中に侵入する。中には誰も居ない。


仮に誰かいたとしても、今は隠密魔術を使っているため、そう簡単には見つからないだろう。


しかし、隠密魔術と言ってもそこまで万能ではない。


音を立ててしまえば気が付かれる。よって、足音を立てないようにゆっくり歩く必要がある。


サーシャの情報によればイアンは今二階にいるとのことだった。




そして先ほどまでイアンは地下にいた。


逃亡を防ぐために、地下に人間を監禁するというのは良くある話だ。


イアンも地下にスーザンを監禁しているのだろうか。先ほどまでスーザンの様子を確認していたならば、そんなに直ぐにイアンが地下に戻ってくる事は無いだろう。まずは地下に降りる通路を探す事にしよう。


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