027_決意

俺達は三人で一度寮に戻って来た。


「サーシャ、イアンの居場所は分かるか?」


そういえば、命令を強制する効果は無効化されてしまった。


「もちろん」


どうやら居場所を探知する効果までは無効化できていないようだ。




「つまり、アイツは解除手段を持っていないのか」


既にイアンが自力で解除していて、こちらからの追跡ができなくなるという事態は避けられたようだ。


「正確には違うと思いますよ」


ケイトが口を挟んで来た。




「何が違うんだ?」


ケイトの言葉の意図を測りかねた俺は聞き返す。


「そもそも刻印の魔術を知らないようでした」


刻印の効果を知らなければすぐに解除しようと言う発想は起きないか。




「あの状況からしてサーシャに刻印を付けられた事は気が付くだろう」


サーシャが刻印の魔術を使った時、イアンは自分が魔術をかけられた事に気が付かず、サーシャが魔術を失敗したのだと思っていたが、自分の体に刻印がある事に気が付けば、あの魔術が失敗だったのではなく、自分の体に刻印をつける魔術だった事は察するだろう。


「それに気が付いたところで、刻印の魔術自体を知らないのであれば当然解除手段も知らないでしょう」


イアンを捕まえようとしていたサーシャが掛けた魔術であり、何か悪い効果があるのだろうと勘付いたところで、解除方法が分からなければどうしようもない。




「命令強制の効果は無効化していたのにか?」


命令強制の効果と、居場所の探知の効果で何か違うのだろか。


「あれは一時的に効果の起きる魔術を、自らの魔力で打ち消していただけですよ。高位な魔術師であれば出来る事です。しかし、居場所の探知の魔術は永続に近い。いつかは切れるかもしれませんが、常時発動して居場所を術者に知らせる。打ち消すのは困難ですよ」


効果時間が短い魔術は打ち消せるが、長い魔術は打ち消せないという事か。


そこまで分かったところで、ここではっきりと言っておかないといけない事がある。俺は一度サーシャに向き直る。


「何?」


サーシャも自分が何か言われると察したのだろう。いや、恐らく言われる内容も分かっている筈だ。




「あれを人前で使うな」


あの時ギルドには他の冒険者も居た。


服の上から掛けたため、あの魔術が刻印の魔術である事が分かる者は居ないだろうが、今後もあの時のようなノリで使われては困る。


「あたしが魔術をつかったお陰で、イアンの居場所が分かるんだからいいじゃん」


サーシャが刻印の魔術を使っていなければ、イアンの居場所の手掛かりは無くなり俺達が自力でイアンを追う事は不可能になる。


今の状況は結果的には良かったのかもしれないが、刻印の魔術についてはあまり公にしたくない。




「他の人に当たったらどうするつもりだ」


反省の色を見せないサーシャに、俺は重ねて注意をする。


今回はイアンが避けなかったからよかったものの、避けられたら誰かに当たる可能性もあったのだ。


「ケイトに解除してもらえればいいでしょ」


理論上それは可能だが、刻印の事を何も知らない人が、大人しく解呪の魔術を受けるだろうか。




「例え解除ができたとしても、お前が刻印の魔術を使える事が外部に漏れると面倒になる」


それに解除できればいいという問題では無く、そもそもサーシャが刻印の魔術を使える事が外部に漏れる事が問題なのだ。それを分かっているのだろうか。


「私の刻印がなかったらイアンの居場所は分からなかったんだよ」


刻印の魔術があればイアンの追跡が出来るというメリットがあるのは否定しないが、サーシャが刻印の魔術を使える事が露見した時のデメリットについても考えるべきだ。




「今だってイアンが刻印がどういう魔術か気が付いたら、何をするか分からないっていう状況なんだぞ」


確かにイアンの居場所は分かる。それと同時にイアンに刻印を付けた以上は、イアンが刻印が何なのかを知ってしまう危険性は常に付きまとう。


既にイアンはサーシャが紫炎の魔術を使える事を知っており、サーシャに少なからぬ興味を持っている。


ここで刻印の魔術すら使える事が知れたらサーシャを誘拐しに来るかもしれない。


「イアンを捕まえればいいんでしょ」


そう言ってサーシャは口を尖らせる。




「それはどうでしょうね」


そこに、ケイトが口を挟んだ。


「捕まえても問題なの?」


サーシャにとって、ケイトの発言は意外だったようだ。


俺にとってもケイトが口を挟んで来るのは予想外だったが、一先ずケイトの意見を聞く事にする。




「捕まえたとしても刻印の魔術を使えることが彼の口からバラされますよ」


 言われてみればそうだ。


アンが騎士に捕縛されれば、ある程度の取り調べは受けるだろう。そうなれば取り調べをした騎士に刻印の事を話す可能性がある。


「イアンが本当に誘拐犯なら、信じないんじゃないの?」


罪を逃れるために嘘を付く犯罪者は多い。騎士がその発言を鵜呑みにするだろうか。




「彼の体には刻印の魔術が現存するんですよ」


犯罪者が罪を逃れるために、嘘を言う事は良くあるが、イアンの体にはまだサーシャが掛けた刻印が残っているというのは事実だ。


「私が魔術を使ったっていうのは分からないでしょ」


対するサーシャの意見は、例え刻印があったとしても、その術者が誰かまでは特定できないという事だ。


「例え信じなくとも、その発言は記録に残る可能性があります。それに私達が知らないだけで、体に残った刻印から術者を特定する方法があるのかもしれません」


騎士がどこまで記録を管理しているかは知らないが、捕まえた犯罪者からの発言はある程度記録に残るだろう。


それに、体に残った刻印から術者を特定する方法があるとすれば、面倒な事に発展するかもしれない。


これ以上言い返せないのか、黙ってしまったサーシャを横目に、俺は思いついた可能性を口に出す事にした。




「ケイト以外で刻印解除の魔術を使える人物はいるのか?」


もしもイアンが自力で刻印の魔術を解除すれば、捕まえた後の事を心配する必要は無くなる。その分追う事は難しくなるが。


「私は知りませんね」


教会でも解除はできず、ケイトを紹介された。となると少なくともこの町の中で刻印を解除できるのはケイトだけだと考えても良いだろう。


となるとやはりイアンが刻印を解除する可能性は低い。




「じゃあ、刻印が自然に消える事は?」


残るは時間経過で魔術が解除されるという可能性だ。


「それはサーシャさん次第ですが、長い物は数日では消えませんよ。私の体に付けられた刻印がそうであったように」


どれだけ持続するかは未知数だが、ケイトの例を見るに期待はしない方がよさそうだ。




「って事は俺達でイアンを捕まえて、騎士に引き渡す前にケイトに刻印をけしてもらうしかないのか?」


捕まったイアンの口から、サーシャが刻印の魔術が使える事を流布されてしまう事を防ごうとする手段があればいいが、そんな都合の良い方法は無い。


殺してしまえばいいのかもしれないが、そこまでするのはやり過ぎだろう。


となると俺達の手でイアンに掛けれている刻印の魔術を解除するしかないだろう。


「そうですね。彼の体から刻印が消えていれば、彼が証言をしたところでそれを信じる者はいないでしょう」


イアンの口から刻印の魔術について話される事は防げないが、刻印を消せばその話の信憑性は下がる。


幸いにもケイトは刻印を消す魔術を使える。面倒だがやるしかない。




 ●




「イアンの居場所は正確に分かるのか?」


イアンを捕まえる方向で話がまとまったところで、早速イアンの居場所についてサーシャに確認する。


「離れたら大まかな方角しか分からないけど、近づけばどの家に居るかぐらいは分かるよ」


つまり、今も大体どの位置にいるかは分かるという事だ。




「じゃあ今から行こう」


スーザンを救出するためにも、イアンを捕まえるなら早い方が良い。


居場所が分かるなら俺達が行くのが一番だろう。


「何か作戦はあるんですか?」


早速出発しようとしていた俺に対して、ケイトが作戦を聞いてきた。俺だって、何の策もなしに、イアンを捕まえられるとは思っていない。




「スーザンを救出して協力してもらう」


三人では無理でも、四人なら勝てるかもしれない。


それに、スーザンがイアンに誘拐されたというなら、協力は惜しまないだろう。


 


 ●




「スーザンさんを救出できると思うのですか?」


スーザンに協力してもらう前提であれば、スーザンの救出は必須になる。以前ギルドで俺達三人でもイアンには手も足も出ずに逃げられてしまった。本気でイアンを捕まえようとするならば、まずはスーザンを救出して戦力を強化した方が良い。




「イアンが居る場所に行けば、スーザンもいるだろう」


刻印の魔術で把握できるのはイアンの位置だけだ。


イアンがスーザンを生贄に使う予定なら、イアンの近くに監禁していると考えるのが妥当だ。つまりイアンの位置を突き止めれば、その近くにスーザンが居るはずだ。


「イアンさんに気が付かれずにスーザンさんまで辿り着けますか?」


イアンが生贄に使う目的でスーザンを誘拐したのならば、当然簡単にスーザンを開放したりしないだろう。


万一途中でイアンに見つかったら戦うこと居なるかもしれないが、今の俺達でイアンと戦っても勝てる見込みは無い。となるとイアンに見つからずにスーザンを救出する必要がある。




「俺は盗賊だ。潜入用の魔術ぐらい使える」


潜入は俺の得意とするところだ。

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