026_ギルドマスター

「スーザンさんと何かあったんですか?」


ミシェルの部屋を出て、最初に口を開いたのはケイトだった。


「一度クエストに同行しただけだ」


それ以上の仲ではない。




「それにしては救出する事に拘っているように見えますが」


そうだろうか。


「攫われたなら放っておけない」


攫われたから助ける。それほどおかしな事だろうか。




「妹さんと重なるからですか?」


確かにそれもあるだろう。俺の妹は昔誘拐された。だからこそ誘拐された者を放っておけない。


「ああ、そうだよ。悪いか?」


隠していても仕方がない。俺は正直に本心を話した。




「いえですが、イアンさんは簡単に勝てる相手ではありませんよ」


イアンが俺達より格上なのは分かっている。実際に先ほどギルド内で暴れた時はかなり危なかった。一歩間違えれば死んでいたかもしれない。


「分かってる。でも放っておけない」


それでも俺はスーザンを見捨てる気にはなれない。




「だからと言って私達で救出をしに行く必要があるんですか?」


ケイトはスーザンとの面識が無い。イアンと戦う事の危険性を考えれば、消極的になるのは仕方ないだろう。


「俺はてっきりミシェルが救出依頼を出すと思ったけどな」


まさか後は騎士に任せると言い出すとは思わなかった。




「それは無理だとミシェルさんが言っていたでしょう」


確かに本人は口ではそう言っていた。


「イアンの殺害は不可能でも、スーザンの救出依頼であれば法律上も問題無いように見えるけどな」


ギルドマスターなら多少の融通は喜々そうなものだが。




「救出と定義するためには、誘拐された事を証明する必要があります」


どうやらケイトは俺よりもギルドの仕組みに詳しいようだ。


「今の状況を誘拐と定義する事は出来ないのか?」


丁度良い。何故出来ないのかを聞いておこう。




「スーザンさんは行方不明になっただけですよ。本人が誘拐されたと言って助けを求めたり、目撃情報があったのならまだしも、今はまだスーザンさんが誘拐されたという事は確定ではありません」


せめてスーザンが誘拐された事が判明していれば、状況は違ったのか。


「あのイアンの態度を見れば明らかだろ」


あの状況で同行を拒み、ましてギルド内で魔術を使うなど、誘拐を認めたようなものだ。




「イアンさんもスーザンさんを誘拐した事は自白しなかったでしょう」


確かに何も言っていなかったし、その点についてはミシェルも気にしていた。つまりはあれはスーザンが誘拐されたと定義できるかどうかの分岐点だったのか。


「誘拐以外の可能性なんてあり得るのか?」


あれで誘拐でなければなんだというのか。




「まだ本人が同意の下一緒に行動しているという可能性もあります」


その可能性はかなり低そうだが。


「それを否定しようとしたら、スーザン本人に会うしかないんじゃないのか?」


スーザンが同意したかどうかは本人に聞く以外、確かめる方法は無い気がする。




「そうですね。人間が絡む依頼は複雑なんですよ。魔物討伐ほど簡単に正式な依頼は出せません」


ギルドという巨大な組織だからこそ、あまり軽率な事はできないという事か。


「イアンの素行調査は依頼して来ただろう」


それを言うなら、イアンを連れて来いという依頼はしても良かったのだろうか。




「だから正式な依頼ではなく、口頭でやったんですよ」


そういえば、あれは普通のクエストではなく、口頭の約束という形だった。


「口頭でやる事に意味があるのか?」


何かメリットがあったというのか。




「公の記録に残らないでしょう」


確かにギルドマスターの部屋に呼ばれた。この話を知っているのは当事者である俺達とギルドマスターだけだ。


「まさか」


それを聞いて、何か嫌な物を感じた。




「あなたが何か失敗すれば、ミシェルさんはあなたを切り捨てるつもりだったんですよ」


そういえば、俺達が最初にギルドマスターの部屋に呼ばれたのは受付嬢に声を掛けられたからだった。イアンも同じ方法で呼べばいいはずだ。何故わざわざ俺達を使ってイアンを連れて来させようとしたのか。


ミシェルは最初からイアンが抵抗する事を予期していたのだ。


「ミシェルはそこまで考えていたのか?」


結果として、イアンは俺達に抵抗した。


あの時俺が死んでいたらどうなっただろうか。




ギルドは俺達にイアンを探すよう依頼をした事の責任を問われるかもしれない。しかし、口頭で受けた依頼であれば、それは記録に残らない。


あの話は俺とケイトとサーシャの三人で聞いていたが、当然イアンを追うのもこの三人で行う事になる。つまり俺が殺されるような事態になるという事は、ケイトとサーシャも死んでいる可能性が高い。


ミシェルがシラを切れば、ミシェルが口頭で依頼をした事は外には出ない。




「それぐらいの計算ができなければ、ギルドマスターは務まりませんよ」


だがにわかには信じられない。


「そんな、まさか」


俺達が死んでも問題無いという考えだったというのか。




「結果的に、イアンさんは抵抗して、自らの危険性を証明しました。きっとこれもミシェルさんの計算の内でしょう」


俺達に連れて来るよう指示しておいて、イアンに逃げられるのも計算していたというのか。


「逃げられても問題無いっていうのか?」


だとしたら何故俺達に連れて来るよう指示したのか。その答えは簡単だった。




「危険性が分かったため、騎士に捕縛を依頼できる」


最初から俺達ではなく、騎士によってイアンを捕まえようとしていた。しかし現状ではイアンが犯人という証拠がない。だからイアンが何か決定的なボロを出すさせる必要があった。


「そのために、わざと俺達をけしかけたっていうのか?」


俺達が失敗しようが、イアンの危険性が証明されれば、後は騎士に任せられる。俺達が成功するか否かは大した問題じゃない。そういう考えだったというのか。




「でなければ、格上の冒険者の素行調査なんてさせないでしょう」


俺達にとってイアンは正面から闘って勝てる相手ではない。それなのに俺達にイアンの捜索を任せるというのは一度は怪しんだが、報酬に目が眩み引き受けてしまった。


俺達のような駆け出しの冒険者にギルドマスターが直々に依頼するという時点でもっと怪しむべきだったのかもしれない。


「俺達が人気のない所でイアンに殺される可能性だってあったのに、それを承知で俺達をイアンにけしかけたのか?」


結果的にギルド内でイアンが暴れたため騎士に依頼する流れになったが、俺達が人知れずに殺されていたら、全くの無駄死になっていた。




「だから私を囮にして、人気のある場所におびき出す策を授けたんでしょう」


あの作戦を最初に言いだしたのはミシェルだった。ミシェルの計算高さに恐ろしい者を感じるが、同時に一つの疑問が湧く。


「そこまで分かっていて、囮を引き受けたのか?」


ケイトはイアンが暴れるかもしれない事を分かっていて、それでも囮役を引き受けたのだろうか。




「はい」


俺はミシェルの予想を信じ、ギルドの中で声を掛ければ、逃げる事はあっても攻撃してくる事は無いだろうと思っていた。だがケイトは違ったようだ。


「何故そこまでする」


死ぬ可能性が一番高いのは囮としてイアンに接近するケイトだった。そこまでの危険を侵してイアンを捕まえようという理由がケイトにはあるのだろうか。




「私が悪魔を追っている事はこの前話しましたね」


以前聞いた話。ケイトの目的は、ケイトに刻印をつけた悪魔を探している。


「それとイアンがどう関係するんだ?」


今のところイアンは人を誘拐しただけで、悪魔とは関係ないように見える。俺のその考えは簡単に崩された。




「悪魔の召喚には、人間を生贄に用いる事があります」


そしてイアンはスーザンを誘拐した。


「イアンがスーザンを生贄にしようとしてるって事か?」


となれば必然的にそういう話になる。




「はい」


ケイトもまた同じ予想をしているようで、神妙な顔をして頷いた。


「まだ決まった訳じゃ無いだろ」


とはいえにわかには信じがたい。




「そうですね。ですが状況的にかなり確率は高いです」


俺とは違い、ケイトには確信に近い感情があるようだ。俺からすれば、イアンがスーザンを誘拐しただけで、悪魔召還に結び付けるのは早計な気がする。誘拐に纏わる犯罪といえば、身代金の請求や人身売買などいくらでもある。


「何故イアンが悪魔召還のために誘拐をしたと思うんだ?」


今の状況で、イアンが悪魔召還に関わっていると考えられるような要素があっただろうか。是非聞きたいところだ。




「その質問に答える前に、一つ聞かせて下さい」


どうやらケイトも俺に聞いたい事があるらしい。


「何だ?」


一体何だろうか。




「あなたに人を殺す覚悟はありますか?」


それを言うのか。


イアンが本当にスーザンを誘拐したというのならば、スーザンを助けたいという気持ちはある。だがイアンを殺したいかと言われれば、それややり過ぎだろう。騎士に引き渡して裁きを下してもらうのが筋だ。


「いや、流石に人を殺すのは無いだろ」


それに少し前にもケイトから、万一の事あったらケイトを殺して欲しいという話があり、俺に人殺しをするほどの覚悟はないという事は伝えたはずだ。今更もう一度聞く必要があるのだろうか。




「ではまだ話せません」


ここでもったいぶるのか。


「イアンを殺そうとでも言うつもりか?」


ケイトに刻印をかけた悪魔が、イアンから召喚された事を既に突き止めていて、復讐のために殺すという考えなのだろうか。


だとしても俺はイアンを殺すというのは賛成できない。




「それは違いますよ。ただ私は、私の探している悪魔の情報が欲しい」


イアンを追うのは殺すのではなく情報源としてという事か。


「そうか。まあ殺す気がないならいい」


ケイトがどういう理屈でイアンと悪魔召還を結びつけたのかは分からなかったが、今のところはケイトに殺意が無い事が分かっただけで良しとしよう。




「それで、どうするんです?」


ケイトとしては一刻も早く、イアンを探したいようだ。


「それはもちろん…」


そう言って俺はサーシャを見る。


イアンには刻印がつけてある。サーシャならば居場所が分かる。


「ここで話して良いの?」


しかしその話はここではしたくない。サーシャもそれを理解しているようだ。


俺達は一度、俺の寮に戻る事にした。


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