025_ギルド
俺達三人はミシェルに連れられて、再度ミシェルの執務室に入った。
「一応確認だが、イアンを連れて来ようとしたら、ギルド内で暴れたという事で良いんだな?」
意外にもミシェルは冷静に事実確認を始めた。
「はい」
俺はてっきりミシェルに叱責を受けると思っていたため、ミシェルの言葉は拍子抜けであった。とはいえイアンに逃げられたからには、今後の事を考えなければならない。まずは聞かれた事は正確に答えよう。
「何かスーザンについて言っていたか?」
いくら俺がミシェルの依頼を受けていたとはいえ、俺が声を掛けた結果イアンが暴れたという事実は変わらない。
少しは俺の対応の悪さに付いて何か言うかと思ったが、そんな事よりも状況を把握する事の方がミシェルにとっては重要なようだ。
「いえ」
あの状況で暴れたというのは、スーザンの誘拐を認めているのと同義だ。しかし、直接イアンの口から有益な情報が聞けた訳ではない。
「そうか、あれだけ暴れて白という事はないだろうが」
それは俺も同意見だ。
「イアンは賞金首にした方が良いのでは?」
死人は出なかったが、ギルドの建物を破壊したのだ。それなりの罪にはなるだろう。
「そうだな、ギルドの建物を破壊された以上、こちらとしても黙っているつもりは無いが、賞金首にかけるには大まかな目安があるのを知っているか?」
人間であろうと、大きな罪を犯せば賞金首としてギルドから指名手配される。
「何です?」
それは知っているが明確な基準までは知らなかった。
「殺人だよ。そして今回イアンは建物を壊したが幸か不幸か死人は出なかった」
そうだ。イアンはギルドの建物内で魔術を使ったとはいえ、死人が出た訳ではない。
「何人も冒険者を誘拐しているのに?」
この前聞いた話では何人も冒険者が行方不明になっており、その犯人を捜しているのではなかったのか。
「冒険者が失踪しているのは事実だが、イアンが犯人だと言う証拠はな無い。死体でもあれば話は別だが、生憎と死体は出ていない」
確かに、まだイアンが何かをやった証拠は掴めていない
「じゃあ賞金首にはできないって事ですか?」
あれだけの事をして、賞金首にならないと言うのは意外だった。
「そういう事だ。現段階で奴を賞金首にするのは無理があるな」
ギルドマスターのミシェルが言うのであれば、ギルドのルール上はそうなっているのだろう。
「あそこまでやったのに」
それでも目の前であれだけの事をやったイアンが賞金首にならないと言うのには違和感がある。
ギルドマスタの権限で何とかならないのだろうか。
「誰が賞金を出すのかという問題もある」
依頼を出すという事は、誰かが報酬を出すという事だ。現時点で、報酬を出してでもイアンを捕まえて欲しいと考える者が居なければ、賞金首として手配される事は無い。
「じゃあ、この後はどうするんですか?」
賞金首にしないというのであれば、一体今後についてはどう考えているのか。ミシェルの答えは簡単だった。
「騎士に任せる」
同時に、俺が考えもしない答えでもあった。
「何故です?」
俺はイアンが犯人だと分かった以上、何としてでも連れて来いと言うのかと思った。
「奴はギルドの建物を破壊した。明らかに犯罪行為だ。目撃者も大勢いる。騎士に頼むのには十分だ」
騎士には権力も力もある。一方で明確な証拠が無ければ動いてくれないと言う欠点もある。
今回イアンはギルドで暴れるという騎士が動く口実を残してくれた。だから騎士に頼むと言うのか。
「本気ですか?」
建物を壊されて、後始末は騎士に頼むという発想が俺には理解できなかった。
「ギルドといえども、法律は守って運営しているし、法律違反をするような輩は騎士に取り締まってもらう。当然の事だ」
冒険者が不祥事をおこしたのなら、冒険者の手で捕まえるのかと思っていたが、違うようだ。
「冒険者の手で捕まえようとは思わないのですか?」
人間同士の争いになるのなら。冒険者同士ではなく騎士を使って解決するのが筋だと言うのか。
「さっきも言っただろう。依頼をするとしても、誰が報酬を出すんだ? 君が出してくれるのか?」
ギルドのクエストは依頼者があって初めて成立する。俺でも報酬さえ出せば依頼者になる事ができる。
「それは、無理ですよ」
今の俺に報酬を出すほどの経済的余裕は無い。
「ならば、犯罪者を捕まえるのは騎士の仕事であって、冒険者の仕事ではない」
確かにそうだ。冒険者の仕事はクエストを受注し、そのクエスト内容に沿って動く事。犯罪の取り締まりではない。
「そうですか」
一度イアンを連れて来るよう依頼したミシェルなら、この後もイアンを捕まえる事に拘るのかと思ったが、違うようだ。
「さて、一応イアンを連れて来る依頼をしていたな」
そういえば、そうだった。
「失敗しましたけね」
イアンには逃げられたとうのが結果だ。
「いや、報酬を渡そう」
またしてもミシェルは俺の予想に反する事を言った。
「まだイアンを連れてきてませんよ」
イアンを連れて来るのが依頼だったはずだが、まだ果たせていない。
「いや、イアンが犯人だと分かっただけで十分な成果だ。ほら、これが報酬だ」
ミシェルは小さな布袋を机の上に置いた。同時に金貨の音がする。報酬分の金貨が入っているのだろう。
「いいんですか?」
目的を達成していないのに報酬を貰うというのは気が引ける。
「ああ、十分だ」
俺の考えとは反対に、ミシェルは俺に報酬を渡すつもりのようだ。
「分かりました」
そこまで言うのならば遠慮せずに受けとろう。
「報酬を渡した以上、君はもうイアンを追う必要は無い。分かっているな」
なるほど。報酬を渡すから後はもう騎士に任せろという事か。
「それはギルドマスターとしての意見ですよね」
報酬を受け取りつつ、念のため俺はミシェルにかくにんをする。
ここはギルドの建物の中であり、ミシェルはギルドマスターとしてここにいる。
「何が言いたい?」
俺の言い方になにか引っかかるものがあったのだろう。ミシェルが眉を顰める。
「俺が個人的に奴を追ってもいいんですね?」
ギルドの依頼が無かろうと、個人的に俺がイアンを追ったところで、それをミシェルが止める事はあるのか。
「何故ムキになる?」
俺の反応が意外だったのか、ミシェルが怪訝な顔をしている。
「知り合いが捕まっているのに放っておけないでしょう」
スーザンが捕まったと分かっているのに放っておくほうがおかしいだろう。
「一度クエストに同行しただけの仲では無かったか?」
スーザンとは、ゴブリン討伐を共にしただけの仲であり、昔からの付き合いという訳ではない。
「それでも、知り合いは知り合いです」
だからと言って放っておくつもりはない。
「そうか、私から依頼をする事は無いが、クエスト外の行動については冒険者の自由だ。ギルドは冒険者の保護者ではないからな」
クエストと官界の無い場でどう行動するかは冒険者個人の自由。そしてその責任は個人で取れという事だろう。
「じゃあ俺は冒険者ではなく、一個人として動きます。」
それならミシェルも文句は無いだろう。
「自発的に追うのは止めないが、私からは報酬は出せないし、奴を殺す許可も出す事は出来ないぞ」
当然だ。俺がこれからしようとしている事はギルドの依頼とは無関係の行動になる。
「ええ、構いませんよ」
今回の件で貰った報酬があれば、数日はクエストを受けなくても生活できる。その内にイアンを捕まえて見せる。
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