024_抵抗

イアンの行動を見た俺は反射的に距離を取って身を離す。


「おい」


冗談かもしれないという思いと、本気で攻撃されるかもしれないという思いは半々だった。


「私が大人しく付いていくと思いましたか?」


イアンの顔は、まるで別人のように見えた。




「それは自分が犯人だと認めているようなものだぞ」


俺は短剣に手をかける。


「まさか私とやるつもりですか」


イアンもそれに気が付き、にわかに殺気だっている。




「あんたが抵抗するなら」


ギルドのなかでやるとは思えないが。


「あたしがつかまえようか?」


サーシャがそんな事を言いだした。




「よせ、俺が連れて行く」


刻印の魔術を使うつもりか。確かにあれならイアンを捕まえる事が出来るかもしれないが、人前であの魔術を使うというのは止めた方が良い。


「そう言えば、あなたもいましたね」


何を思ったのか、イアンが翳していた手を下げる。




「居たら悪い?」


サーシャはそれを皮肉と思ったのか、売り言葉に買い言葉のような返しをしている。だが俺はイアンの言葉に違和感があった。


「あなたを殺すのはもったいないですね」


そう言えば、イアンはサーシャがあの魔術を使ったのを見て興味を示していた。




「何を言っている」


それは脅しのつもりなのだろうか。


「良かったですね。サーシャさんが居なければ、あなた達はここで死んでいる所ですよ」


先ほど手を翳したのは、威嚇ではなく本気で俺達を殺すつもりだったとでも言うのだろうか。




「負け惜しみか、そんな事を言っても逃がしたりはしないぞ」


俺はこの時、イアンにはこの場で魔術を使ったりはしないと思っていた。先ほど手を翳したのも、今虚勢を張っているのも、苦し紛れの脅しぐらいにしか思っていなかった。


「あなたに私を止めるのは無理ですよ」


確かにイアンは俺達よりも冒険者の腕は上であり本気で暴れれば止める事は出来ないだろう。


しかし、ギルドの中で本気でイアンがそこまでするとは思えない。


かといってこのまま大人しくギルドマスターに会うつもりは無いようだ。




「じゃあこれは?」


一触即発の状況で動いたのはサーシャだった。


イアンに向かって人差し指を向ける。それは刻印の魔術を使う予備動作である事に俺とケイトは気が付いた。


よせと言ったのに本当に使うつもりなのか。考えてみれば下手に暴れられるよりは刻印の魔術で抑えた方が良いかもしれない。


「周りを巻き込む度胸があるのか?」


イアンにはサーシャが何の魔術を使おうとしているのか分からないのだろう。焦る様子は全く無い。


以前見た限り、刻印の魔術は命中さえすれば他人を巻き込む危険性は無い。


しかし、あの魔術はあまり人には見せたくない。ここで止めるべきだろうか。




「カーズ!」


俺が迷っている内にサーシャが刻印の魔術を使ってしまった。


恐らくイアンはサーシャが魔術を使うとは思っていなかったのだろう。全く避ける動作を見せなかった。


ただ一瞬目を見開き、驚いたような表情をし、避けられないと分かったのか腕で自分を庇う動作をした。


その結果刻印の魔術はイアンの腕に命中する。




「なんだ今のは」


どうやらイアンは今の魔術が何だったのか分かっていないようだ。


刻印の魔術が当たった場所は腕とはいえ服の上だった。


そう言えば、俺が刻印を受けた時は、腕に直に当たったが、服の上に当たったとしても効果はあるのだろうか。




「失敗したのか?」


思わずその言葉が口から出た。


服の上からでは、刻印ができたかどうかは確認出来ない。かといって今イアンの服を脱がせるぐらいなら、取り押さえた方が早い。


「どうかな」


どうやらサーシャには手ごたえがあったようだ。




「所詮は駆け出しの魔術師ですね。あのような魔術を使えるのに、魔術の発動が安定しないとは嘆かわしい」


イアンはサーシャが単純に魔術を使おうとして失敗したと思っているようだ。


「座れ」


そこにサーシャが短く命令を下す。




「何?」


するとイアンは驚きながらその場に腰を落とした。


「どう?」


それをサーシャが得意げに見ている。どうやら刻印の効果があったようだ。




「今何をしたんですか?」


刻印の魔術の事を知らなければそういう反応になるだろう。


「何だろうね」


サーシャが挑発するかのように言い放つ。




「こんなもの」


そう言いながらイアンが立ち上がろうとするが、それを見たサーシャが再度命令を下す。


「動くな」


サーシャの言葉を聞いたら途端に、イアンは立ち上がろうとしていた途中で動きを止めた。




「これは」


やはりイアンは何をされているか分からないようだ。


「下手に動かすより、ここにギルドマスターを呼んだ方が良くない?」


混乱しているイアンを見ながら、サーシャがそんな事を言った。


確かに、それはあるかもしれない。だがそれはギルドマスターに刻印の魔術の存在を教えるのと同義だ。


かといって今刻印の魔術を解いたらイアンは逃げるだろう。




「ふ、そうですか。これは魔術の一種ですね」


またしても、ゆっくりとイアンが立ち上がろうとする。


「あれ? 効かない?」


今度はサーシャが驚く番だった。


そういえば、ケイトが相手によっては刻印の魔術は効かないだろうと言っていた。




「やはりあなたは未熟ですね。ネタが分れば破るのは容易い」


イアンは魔術師であり、サーシャよりも格上だ。魔術の扱いに長けていれば、刻印による拘束を破る事は出来るのか。


つまりは刻印の魔術が効かない相手だ。


「座れ!」


もう一度サーシャが命令をする。




「無駄ですよ。まあ、あなたの魔術の腕が私よりも上だったら危なかったですがね」


しかし、今度は全く座る様子は見せない。もう対抗手段を見つけたというのか。


「そんな」


想定外の事態にサーシャが狼狽えはじめる。




「これ以上変な事をされても面倒ですね」


そう言って再びイアンが手を翳すと、掌の先に、炎が顕現し徐々にその形を大きくしていく。


まさかここで直接攻撃をするつもりか。


「伏せろ!」


俺は咄嗟にサーシャを庇うように床に伏せた。




「ファイアボール!」


追い詰められた人間というのは何をするか分からない。


本当に、イアンは攻撃を仕掛けてきた。


爆音が聞こえ、熱風が体を叩く。そして熱風に乗って何かの破片が俺の体にぶつかった。


建物が壊れる音と、ギルドの建物の中にいた冒険者の悲鳴が入り混じって聞こえて来る。


だが意識はある、攻撃は外れたのだろうか。


「サーシャ、無事か?」


俺は腕の中で硬直しているサーシャに話しかける。




「う、うん」


見たところ怪我はない。意識もはっきりしている。


イアンはどこに行った。もう逃げたのか?


「何事だ!」


俺が顔を上げると、ミシェルそこに居た。爆発音を聞いて駆け付けたのだろう。


その後ろには用心棒らしき人物も何人もいる。




「流石に今戦うのは不味いか」


近くでイアンの声がした。まだいたのか。


「貴様、イアンだな。ギルド内で魔術を使ったのか?」


先ほどの轟音と壁に穴が開けられているのを見れば、誰かが魔術で壁を破壊したのは容易に想像が付く。


さらに元々イアンを俺に捕まえるよう依頼をしていたミシェルならば、イアンが抵抗して魔術を使ったというのは簡単に予想がつくだろう。


とはいえ直接攻撃したところを見た訳ではないため、問答無用で取り押さえるという訳にはいかないようだ。




「攻撃されました! 捕まえて!」


このまま逃がす訳にはいかない。


「ファイアボール」


俺の言葉を聞いたイアンが、再度イアン魔術を放つ。


それは天井に直撃し再び爆発が起こった。


「くそ!」


俺は再度サーシャを庇うように腕に力を籠める。


爆発と同時に大量の瓦礫と埃が舞い、視界が悪くなる。目潰しのつもりか。




「お前達は奴を追え! 他の者は怪我人の救助を!」


ミシェルの声が聞こえた。


次いで慌ただしく動いている足音が聞こえ、爆発に巻き込まれたであろう人の悲鳴が聞こえて来る。


視界が戻る頃には、イアンの姿は無かった。


「無事か?」


まるで先ほどの焼き増しだが俺はもう一度サーシャに問いかける。


「う、うん」


二回目の攻撃は最初から逃亡目的の目くらましだった。サーシャに怪我は無いだろう。




「あいつ、まさかここまでするなんて」


サーシャを離し、立ち上がったところでケイトと目が合う。


「怪我は無いか?」


サーシャを守る事に手一杯だったが、ケイトも見たところ怪我はなさそうだ。


「ええ、相手も当てるつもりは無かったようですので」


そう言いながらケイトは辺りを見回す。




壁と天井に穴が開いている。イアンの魔術が直撃した場所だろう。そして何人の人が倒れている。魔術は直撃しなくとも、爆発の衝撃で飛び散った建屋の破片が刺さった者がいるようだ。


呆然と立ち尽くしているところに、ミシェルがやってきた。


「詳しく話を聞かせてもらおうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る