023_再会
先ほどケイトと話した通り、ケイトには一人でギルドの受け付け付近にある待合所に待機してもらい、そして俺達は少し離れた場所で様子を伺っている。
イアンも冒険者だ。待っていればギルドの待合室には来るだろう。
仮にイアンが真犯人であり、既に別の人物に次の被害者としての目星をつけているのだとしたら、空振りかもしれないが。
それにある程度の冒険者になれば、報酬もそれなりに高くなる。数日間はクエストを受けなくても生活はできるだろう。
つまりは数日間は現れない可能性もある。それまでずっと三人で張り込みだけしていたとしたら、その間俺たちの収入は無くなる。
いくらギルドマスターからの依頼とは言っても、引き受けて良かったのだろうか。
囮となるケイトはイアンをおびき出すために待合室に居なければならない。かといってその間に俺とサーシャが他のクエストを受けてしまえば、ケイトを一人にする事になってしまう
それはあまりにも危険だ。
サーシャを残して俺だけで何かクエストを受けると言うのはどうだろうか。
それで万一の事があったら悔やみきれない。やはり三人でイアンを待ち伏せるのが最善か。
少しの蓄えならあるが、いつまでもこの張り込みだけを続ける訳にはいかない。今日が空振りになったら、明日はやり方を変えた方が良いのかもしれない。
そんな事を考えていたら、イアンが現れた。
●
ギルドの入り口からイアンが入ってきて、ロビーの方に向かった。
「来たみたいだね」
サーシャもそれに気が付いたようだ。
「あまり見るなよ。勘付かれる」
イアンとクエストに行ったのは一昨日だ。恐らく俺達の顔と名前ぐらいは憶えているだろう。
「そんな、大袈裟でしょ。一度クエストに同行したんだし、顔を見るぐらい普通でしょ」
イアンが犯人ではないなら別に問題無いが、もしも誘拐犯だとしたら下手に刺激したくない。
イアンがケイトに声を掛けた。
「君、見ない顔ですね」
その言い回しは、ただのナンパの様にも聞こえるが、イアンが誘拐犯かもしれないと考えると、まるで一人で行動して言える者を探しているようにも聞こえる。
「はい、最近冒険者になったので」
まあ俺達と同様の新米であるのだから最近という事になるのだろう。その言葉は嘘ではない。
「誰かとパーティーを組んでいるのかい?」
やはり、ソロで行動している者を探しているのだろうか。ただ単に手伝うかどうかを判断しようとしているだけなのか。
「いいえ、一人です」
そういえば、イアンと最初に会った時に、イアンはスーザンと話をしていたが、あれはイアンからスーザンに声を掛けたのだろうか。
ともあれ、いきなりケイトに襲い掛かるような真似はしないだろう。
何の偏見も無く今の会話を聞けば、古参の冒険者が新米の冒険者に声を掛けたというありふれた会話に聞こえる。
決定的な証拠はない。それでもギルドマスターから依頼を受けている以上、俺はイアンをギルドマスターのところに連れて行く必要がある。
いまの会話が、本当にごくありふれた会話であるならば、ここで俺が声を掛けても別にイアンは嫌な顔をしたりはしないだろう。
いや、そういえばスーザンといた時も声を掛けたら嫌な顔をしていた。
「どうする? 行く?」
サーシャも二人の様子を見ながら、声を掛けて来る。
このまま様子を見ていて外に連れ出されてしまうと面倒だ。
「声を掛ける」
ここはギルドの中だ。ミシェルの予想が正しければ、嫌な顔をされる事はあっても、いきなり襲われるような事はないだろう。
「大丈夫かな」
サーシャは今声を掛ける事に不安が残るようだ。
「このまま見ていても、外に出られても面倒だろ」
今はギルドの中だ。話をしてミシェルの部屋に連れて行くのにそう時間は掛からない。
ミシェルからの依頼はイアンを連れて行く事。
戦って拘束する事ではない。
イアンが大人しく従えばそれで終わりだ。
俺は腹を決めると席を立ち、イアンの方へ向かって行った。
●
「この前は世話になったな」
俺は偶然を装ってイアンに声を掛ける。
「ああ、君ですか」
イアンは俺の顔をみるが、どことなく嫌な顔をした。
その顔は最初に俺がスーザンに声を掛けた時に似ている。
やはりミシェルの予想は正しいのだろうか。
つまりはイアンが犯人だという事になる。
まだ決定的な証拠がある訳ではなく、犯人と決まった訳ではない。見つけたところでいきなり取り押さえるというのもおかしな話だ。
とはいえ、もしも犯人ならば、ここでミシェルの部屋に連れて行こうとしても何か適当に理由を付けて逃げられる可能性がある。
ちょっと探りを入れてみよう。
「そういえば、スーザンとはあれからあったか?」
果たしてなんと答えるか。
「いや、会っていませんよ」
まあ無難な答えだ。
「そうか、実は俺は昨日たまたま会ったんだ」
もちろん嘘だ。昨日はケイトと魔物討伐に行って、スーザンに会う事は無かった。
「昨日?」
イアンが怪訝な顔をしている。まるで俺がおかしな事を言っているとでも言いたいようだ。それは俺がスーザンと会っていない事を知っているか、あるいはスーザンの行動を把握していることになる。
「ああ、また組みたいと言っていたぞ」
イアンの表情の変化に気が付かないフリをして俺は言葉を続ける。
「それはあり得ませんね」
そんな事をイアンが言った。
「本当に、そう言っていたぞ」
何故あり得ないと言い切れるのか。その理由を聞き出すために俺はあえて嘘を重ねる。
「それは嘘ですね」
俺の相手をするのが鬱陶しくなってきたのか、イアンは強い口調だった。
「何故嘘だと分かる?」
すかさず俺は聞き返した。
「それは、彼女はソロ活動をメインとしていたでしょう」
イアンは一瞬何かに気が付いたかのような表情をして、若干語気が弱まった。やはり、スーザンの行動を知っていて、その上で詳細は俺に話せるわけがないという事なのだろうか。
ますます怪しくなってきた。
「それだけか?」
スーザンがソロで活動していたのは事実だが、それだけで俺の言葉を嘘と断言するには弱いだろう。他に理由があるはずだ。
「他に何があるんです?」
イアンは先ほどの強い口調から一転して言葉を濁した。やはり俺には話せない理由があるという事なのだろうか。
「それにしては、やけに断言していたように聞こえたぞ」
なおも俺は聞き返す。
「何が言いたいんですか?」
俺を警戒しているのかこれ以上の話をするつもりは無いようだ。ならばこちらから話すしかない。
「スーザンは一昨日から失踪している。昨日スーザンと会ったというのは嘘だ。だがスーザンが失踪しているのは一部の者しか知らない」
イアンはそれを聞いて眉間に皺を寄せた。
「私を疑うんですか?」
さっきの反応をみたら、疑いたくもなる。
「嘘だと言ったのは、スーザンが昨日何をしていたか知っているたんだろう?」
それならば全て辻褄がある。
「考え過ぎですよ」
イアンはため息交じりに答えた。
「知っている事を話してくれないか」
とはいえここで引き下がるわけにはいかない。
「本当に何も知りませんよ」
どうやらこれ以上話すつもりは無いらしい。
「本当か?」
今となってはその言葉を信じる事は出来ない。
「よほど私が嫌いなようですね。私はこれで失礼しますよ」
気分を害したのかイアンは席を立ったが、ここで逃がす訳にはいかない。
「いや、まだ話は終わっていない」
逃げようとするイアンに対して、俺は腕を掴んだ。
「まだ何かあるんですか?」
イアンは呆れ半分に声を上げた。その声からは苛立ちが滲み出ている。
「生憎と、疑ってるのは俺だけじゃない」
もうここまで来たら隠す必要も無いだろう。
「あなたの妹も同じ意見だとでも言うつもりですか?」
いつの間にか俺の後ろまで来ていたサーシャを見ながら、イアンは皮肉を込めて返して来た。
確かにサーシャも俺と同じ意見だろう。
「それもあるがもう一人いる」
だが俺が今言いたかったのはその話ではない。
「誰です?」
イアンが呆れながら聞き返してくる。恐らく俺がハッタリを言っているとでも思っているのだろう。その顔に深刻さは無い。
ここまで来たらもう隠さなくても良いだろう。
「ギルドマスター」
それを聞いた途端、イアンの顔が強張った。
「何故ギルドマスターが出て来るんです?」
流石にギルドマスターを出されるとは思っていなかったようだ。声からも動揺しているのが分かる。
「ギルドマスターからお前を連れて来るように頼まれている」
どうせギルドマスターの部屋まで連れて行くのであれば、これは話さなくてはいけない。今が良いタイミングだろう。
「何故私を?」
自分が選ばれた理由が分かっていないのだろうか。だとするならイアンはシロという事になるが、ここまで同様しているとシラを切ろうとしているようにしか見えない。
「最近スーザンに会った者に話を聞きたいらしい」
そもそも先ほどまでスーザンの話をしていたのだから、話の流れ的に自分が呼ばれた理由は予想がつきそうなものだ。
やはりわざと分からないフリをしているだけではないだろうか。
「だったらあなたも行ったらどうですか?」
遠回しに、イアンはギルドマスターに合う事を拒否している。疑われていると思えばそういう反応は無理も無いのかもしれない。
「俺はもう話をした」
だから次はイアンの番だ。
「あいにくと私は忙しいんですよ。今度にして下さい」
明らかに嘘だ。先ほどケイトの勧誘をしようとしていたのに、忙しい訳が無い。それほど追い詰められているという事か。
「逃げると疑われるぞ?」
今のイアンは逃げようとしているようにしか見えない。
「そんなに私を疑うんですか?」
そう言われても、誰が見ても今のイアンは怪しいだろう。
「逃げようとするからだろ」
露骨に険悪になる俺達の雰囲気を察したのか周りの冒険者も何事かと集まってくる。そしてケイトも席を立ち、俺の近くに立った。
「いいでしょう。そこまで言うならギルドマスターに会いましょう」
どうやら観念したらしい。それともイアンは犯人ではないのだろうか。
「じゃあ付いてきてくれ」
イアンはもう逃げないと思い、俺はイアンの腕を話した。
「しかし移動する前に、こっちから一つ聞かせて下さい」
何かまだ話があるようだ。
「何だ?」
この場所からであれば、ギルドマスターに会わせるまでにそう時間は掛からない。俺はイアンの話を聞く事にした。
「この人はあなたの知り合いですか?」
イアンはケイトを指さした。
俺が話に割って入ったのを黙って聞いていたり、ケイトが俺を盾にするような場所に立ったのを見れば、俺達が知り合いである事は察するだろう。
どうやら、ケイトが俺達の中まであり、イアンを釣るための囮である事に気が付いたようだ。
「ああ、最近知り合った」
もう隠す事ではないだろう。
「つまり、一人だと言うのは嘘だったという訳ですね」
まあそういう事になる。少し離れた場所で俺達が隠れていたのだから。
「ああ、お前をおびき寄せるための嘘だ」
今更それを言ってどうするつもりか。
「では遠慮は要りませんね」
そう言うと、イアンは手を俺に向かって翳した。
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