022_ネックレス

「もう一つの話? 何の話ですか?」


正直、イアンの件についても意表を突かれた感じがあったが、まだ何かあるというのか。


「ところで、昨日倒した魔物についてだ」


話はイアンの事だけでは無かったようだ。




「あれが何か?」


昨日俺達が討伐した正体不明の魔物。それについても話があるようだ。


「どうだった?」


なんとも漠然とした質問だ。




「ちゃんと討伐出来ましたよ」


俺達が討伐した事を疑っているのだろうか。


「弱かったか?」


もしかすると、難易度設定を間違えたと思っているのだろうか。




「苦戦しましたが倒せましたよ」


俺達だけでも倒せたという事実は変わらない。サーシャがいなかったら危なかったかもしれないが、今ここでその話をするとあの魔術の話をする事になってしまう。公の場であの魔術の話をするのは避けた方がいいだろう。


「実は、あの魔物は一匹目じゃないんだ」


ミシェルの言葉に、俺はまたしても意表を突かれる事になった。




「何匹も居るんですか?」


正体不明と聞いていたので、てっきり一匹目なのかと思っていたが違うらしい。よくよく考えてみれば、本当に未知の存在ならかけだしの冒険者に戦わせたりはしないか。


「ああ、最近出始めている」


一匹目ではないとしても、最近出始めたという事には変わりないのか。




「最近ですか」


それを俺に伝えて一体どうしようというのか。


「魔物の生態については不明な事も多い。そもそもどこから来ているのかも分からない」


それは昨日の魔物というよりも、魔物全般に言える事だ。




「それが何か?」


しかしその程度の知識は冒険者であれば誰でも知っている事であり、特段言う必要がある事だとは思えない。


「だが、あの魔物の出現は失踪事件と同じタイミングで始めている」


ミシェルの声のトーンが少し落ちた。つまりはこれが言いたかった事だという事だろう。




「何か関係が?」


だとしたら、イアンも関係あると言うのだろうか。そう考えているからこそ、イアンを追う事になった俺達に、今この話をしたのか。


「それは分からない」


本当にそうだろうか。だとしたら何故今この話をしたのか。


何か知っているが確証を持っていないからあえて言わないと考えた方が良いのかもしれない。




「本当に分からないんですか?」


万一イアンと何かしらの関係があるのだとしたら、これからイアンを探す俺としては今の内に知っておきたい情報だ。


「君こそ、あの魔物の正体が何か分かったか?」


その言葉がまるで、お前も隠し事をしているだろうと言っているように聞こえる。それは俺があの魔術を使って魔物を倒した事を、あえて言わずにいる事に負い目を感じているからだろうか。




「いや、正体と言えるような事は特に。強いて言うなら魔術を使ってきたことぐらいしか」


とはいえそれは俺達の戦い方の話であって、魔物の正体について知っている訳ではないという事は変わらない。


それでも何か知っている情報を言えるとしたら、魔物の側も魔術を使ったという事ぐらいだ。


「なるほど、魔術を使う知能はあるのか。他には?」


ミシェルもあの魔物の正体は掴んでいないようで、さらに詳しい話を聞いてきた。




「他にって言われても特に」


だが、魔物を使ってきた以外で何か変わった点などあっただろうか。直ぐには思いつかない。


「例えば、何かを持っていたとか」


言われて思い出した。




「ああ、そういえばこれを」


俺は言いながら、魔物の死体から回収した物を出して、ミシェルに見せた。


「ネックレス?」


サーシャの魔術で痛んではいるが、ミシェルも一目でこれがネックレスだと分かったようだ。




「これをあの魔物が持っていました」


それを死んだ後に俺が回収した。


「身に着けていたのか? 魔物が?」


身に着けていたというのは適切ではないだろう。




「いや、身に着けていたというよりも、呪われていました」


だから生きている間は外せなかった。


「呪い? 魔物から外せなかったのか?」


その通りだ。




「はい。盗もうとしましたが」


最初に盗もうとしたら失敗したのだ。


「それで、相手を殺したら呪いは解けたと?」


今ここにネックレスがあるという事は、最終的に呪いは解けたという事だが、そこまでは説明しなくとも伝わったようだ。




「はい」


その時相手は消し炭になったが、それを言うとあの魔術の話をする事になる危険性があるため、そこまでは言わなくていいだろう。


「なるほどな」


またミシェルは少し考えるような素振りをしている。




「何か分かったんですか?」


それが俺には、まるでミシェルはこのネックレスから何か手がかりをつかんだかのように見えた。


「君にはこれがただのネックレスに見えるのか?」


ネックレス以外になにがあるというのか。




「ネックレスであるという以外に分かるのは、焦げているという事ぐらいですよ」


それは恐らく、ミシェルの望んでいる答えではないのだろう。しかし、俺にはそれぐらいしか分からない。


「ではこのネックレスに呪いを掛けたのは誰だと思う?」


それは俺も気になっていた事だ。




「自分でかけたのでは?」


あの魔物なら知っていたかもしれないがもう死んでいる。今となっては確かめようが無い。とりあえず俺は一番あり得そうな事を口にした。


「何のために?」


ミシェルは更に俺に聞き返して来たが、これも俺にとって確かめる手段はない。またしても俺は憶測で答えた。




「盗まれないように」


実際俺は盗む事は出来なかった。


「この何の変哲もないネックレスを盗まれない様に、わざわざ呪いを?」


どうやら、これもミシェルの想定していた答えとは違うようだ。




「他に何が考えられるんですか?」


一体どういう答えを想定していたのか。


「いや、特に考えがある訳では無いが、直接あの魔物と戦った君なら、何か知っているかと思ってね」


端に俺の意見が聴きたかっただけという事だろうか。




「このネックレスは戦闘後に回収しただけで、それ以上の事は知りませんよ」


どのような経緯であの魔物がこのネックレスを手に入れたかは俺の知るところではない。


「そうか、私もあの魔物の正体については知りたいと思っていたところだが、知らないと言うなら仕方がない。もう行っていいぞ」


俺から興味を失ったのか、ミシェルは話を打ち切った。


俺達三人はそれを聞いて今度こそギルドマスターの部屋から出て行った。




 ●




部屋を出た後に、俺は改めてケイトに真意を確かめる。


「本当にやるのか?」


ミシェルの前では言いづらい話があったのかもしれない。


「もう決めた事ですよ」


それでもケイトの意思は変わらないようだ。




もしも、イアンが犯人だったとして、俺とサーシャは既に顔がバレている。


イアンの標的がソロで行動している冒険者だとしたら、俺とサーシャが標的になる事は無いが、同時に向こうから接触してくることも無いだろう。


だとするならば、一人で行動しているケイトならば、もしかするとあり得るのかもしれない。


ケイトが囮となる理屈は分かっているが、同時にその危険性も分かっている。




「仮にイアンが犯人だったとして、どういう目的で誘拐をしているかは分からない。最悪殺されるかもしれない」


ケイトが囮になるという事は、ケイトまでも誘拐される可能性がある。誘拐されれば生きて帰れる保証は無い。


「魔物と戦う時は、いつだって死と隣り合わせですよ。それが人間相手になっただけです」


魔物との戦いも安全が保障されている訳ではない。それは間違いないが、駆け出しの冒険者が受けられるクエストは危険度が低いようにギルドが調整している。




「イアンは駆け出しの冒険者じゃない。本気で襲ってきたら俺達三人が束になっても勝機は薄い」


つまりはギルドからのクエストは駆け出しの冒険者でも勝てるような相手であるが、イアンはそうではない。ギルドとのクエストと同列には考えない方が良い。


「だから話を聞くだけですよ。人気のある場所でいきなり襲い掛かってきたりしないでしょう」


ケイトは戦いになるとは思っていないらしい。元シスターだからだろうか。




「危ないとは思わないのか?」


ケイトはやけに積極的な気がした。


「もしも、イアンさんが人を攫っているというのなら、私は彼に用があります」


どうやら何か思うところがあるようだ。




「どんな?」


元シスターとして、博愛の精神でも説くつもりだろうか。


「どんなって、気が付いていないのですか?」


ケイトは意外そうな顔をしている。




「何を?」


俺にはケイトが何を言いたいのか分からない。


「ネックレスの正体ですよ」


ミシェルもこれを気にしていたが。




「これが何だ」


魔物から回収したネックレスに、一体どんな意味があるというのか。


「まあ、いいでしょう。これは私の予想です。真相が分かるまでは余計なことは言いません。イアンさんに話を聞けば分かる事です」


言うつもりは無いらしい。だがこのネックレスがイアンと関係があるという事は自然と想像が付く。




「それじゃあ、あの正体不明の魔物は、イアンと何か関係あるって言うのか?」


だからミシェルはこれを気にしたのか。


「それを彼に確かめるんですよ」


まだ確定はしていない。それでも、ミシェルもケイトも、イアンが犯人だと確定しているような空気だった。




「どうやって探すつもりだ?」


ケイトには何が考えがあるのだろうか。


「イアンさんが冒険者なら、ギルドで待っていれば、その内来るでしょう」


冒険者であれば、ギルドに毎日のようにクエストの受注に来る。待つならギルドが一番だろう。




「俺達はどうすればいい?」


イアンの目的が、ソロでの活動者であるならば、一緒に居ない方が良い。


「私が一人でいますので、適当に離れた場所から見ていてください」


やはり、遠くから監視するのが一番か。




「分かった」


まあ、俺達とサーシャが仲間だとバレれば、イアンは寄って来ないだろう。俺達はケイトから離れた場所で、ケイトの様子を見守る事にした。

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