021_作戦

状況から考えて、イアンが犯人ではないかという結論に俺とミシェルはたどり着いた。


「まだ状況証拠しかないでしょう」


しかし俺としてはクエストを手伝ってもらった立場上、あまり疑いたくはない。


「スーザンはイアンと会った直後に行方不明になっている」


時系列としてはそうなのだろうが、何か証拠がある訳ではない。




「だからってイアンが犯人とは」


仮に犯人だとしたら一体何の動機があるというのか。スーザンはクエスト中にイアンの恨みを買うような事をしたのだろうか。


「状況からして怪しすぎる。少なくとも一度話を聞く必要がある」


そうは言っても、ミシェルの口調からはイアンが犯人だと確信しているように聞こえる。




「イアンにはまだ話を聞いていないんですか?」


俺達に声を掛けたのが先だったのだろうか。


「ああ、君達同様に、ギルドに顔を出したら連れて来るよう受付嬢には言ってあるが、まだ話は聞けていない」


最初からスーザンが失踪する直前に会った人物全員に話を聞くつもりだったのだろう。




「本当に犯人なら逃げるんじゃないですか?」


イアンが犯人であるなら再びギルドに来たりするだろうか。


「失踪は立て続けに起きている。今回に限って逃げるとは思えないな」


記録上、冒険者の失踪が続いているなら、このタイミングで逃げるというのは考えにくい。また犯人は同じことするとミシェルは考えているのだろう。




「こっちからイアンに連絡は取れないんですか?」


そこまで怪しむならこちらから押しかけても良いのではないだろうか。


「奴が寮暮らしならこちらから出向いて行っても良いが、奴はかなり前に寮から独り立ちしている。生憎とどこに暮らしているかまでは把握していない」


ギルドから提供される寮はあくまで初心者向けの物だ。上級者であるイアンであれば、それに頼らずに生計を立てているのだろう。




「じゃあ待つしかないんですか?」


俺としてはイアンを疑いたくはないが、真偽はハッキリさせたい。


「君はイアンと連絡は取れるか?」


それを聞くという事は、ミシェルからイアンに連絡を取る手段は無いのだろう。




「いや、一度会っただけだから、連絡先は知らないですよ」


俺にとってイアンは一度クエストに同行しただけの間柄だ。当然どこに住んでいるのかも分からない。


「探してきて貰えるか?」


最初に言っていた依頼と言うのはそういう事か。


ミシェルはスーザンの記録を洗っていた。


だからイアンが怪しいと思い俺達に話を聞く事にした。その結果疑いは確信に変わった。




「何故俺達に?」


俺達は新米の冒険者であり、イアンはベテランだ。俺達には荷が重すぎるような気がする。


「標的となっている冒険者はソロで活動している者だ。君達は違う。丁度良い」


確かに俺とサーシャはいつも一緒に行動している。もしもイアンの標的が一人で行動している冒険者だとすれば、イアンを探しに行って逆に誘拐されてしまう結果にはならないという事だ。




「もしもイアンが本当に犯人なら、抵抗されるのでは?」


しかし、イアンが犯人であり、自分が疑わている事に気が付いたなら、素直にここに来るとは思えない。


「それを言うなら、私が直々に出向いた方が怪しまれる」


確かにギルドマスターであるミシェルがイアンを探しに行った方が、既にミシェルがイアンの犯行を疑っていると勘付かれる可能性が高い。




「俺達なら大丈夫だって言うんですか?」


ミシェルよりも疑われる可能性は低いかもしれないが、果たして疑われずに済むだろうか。


「君達は顔見知りだろう。いきなり攻撃してくることは無いだろう」


ミシェルが直接出向くよりは、マシかもしれないが俺達の一度クエストを共にしただけだ。イアンがどう反応するかは未知数だ。




「一体どうやって、イアンをここまで連れて来るんですか?」


話しかけるだけならともかく、ミシェルに会わせるためにはここに連れて来る必要がある。


「私が探していたと言えば良い」


そんな事をしたら疑われているという事に勘付くだろう。




「それを言って大丈夫なんですか?」


犯人なら逃げてしまうのではないだろうか。


「それで逃げるようなら、犯人だという事だ」


例え逃げようが、逃げた時点でやましい事があるというのと同義であり、犯人である事が確定する。ならば逃げられても構わないという考えか。




「抵抗するかもしれませんよ」


最悪の場合、逃げ出すだけでは済まないかもしれない。


「逃げるのも抵抗するのも同じ事だ。犯人だと自白しているようなもの。そうなったらこちらは強硬手段をとれる」


今はイアンが白か黒かを確定させるのが最優先なのだろう。




「最初から強硬手段を取ればいいのでは?」


そこまで疑っているのならば、最初から捕まえた方が良いのではないだろうか。


「今はまだ証拠不十分だ。そこまでは私の権限でもできない。組織には色々とルールがあるのだよ」


いくらギルドマスターといえども、怪しいだけの人物を無理矢理捕まえる事はできないという事か。




「もしも襲ってきたらどうするんです?」


イアンは格上の冒険者であり、襲われたら勝ち目はない。


「逃げて構わん」


ミシェルも俺達が敵わない事は分かっているようだ。




「向こうが本気になって口封じしに来る可能性もありますよ」


逃げて良いとはいわれても、イアンに逃がす気があるかどうかは別問題だ。執拗に追ってくるかもしれない。


「人目のある場所ならそんな無茶はしないだろう」


犯罪を隠す事が目的であるならば、人前では派手な事はしない。それがミシェルの読みだ。




「そう都合よく行きますかね」


今どこに居るのかも分からない。都合よく人気のある場所でイアンに遭遇する事ができるのだろうか。


「だったら相手をおびき出したらどうだ?」


居場所が分からないのであれば、こちらから探すのではなく相手をおびき出す。その考え方は理屈としては間違っていない。




「どうやるんです?」


俺にはイアンをおびき出す方法が思い浮かばない。


「最近丁度昨日新しいメンバーを加入させたな」


確かに昨日はケイトを入れた三人でクエストに行った。今のタイミングでそれを言うと言う事が何を意味するのか。




「ケイトを囮にしてイアンをおびき出せって事ですか?」


イアンはケイトが俺達の仲間だとは知らない。ケイトを使えば、ソロの冒険者だと思って声を掛けてくるかもしれない。


「それが一番安全で、確実だろう」


本当に安全だろうか。そもそも本当に犯人なら、話のできる相手なのか。




「仮にイアンがスーザンを誘拐したのだとしたら、直ぐ次の冒険者の誘拐に手をだしますか?」


誘拐の目的が何なのかは分からないが、スーザンが本当に誘拐されたとして、直ぐにまた次の標的を狙うだろうか。


「犯人が誘拐した被害者をどうしているのかは分からない。しかし、こう頻発している以上、スーザンで終わりではないだろう」


誘拐した被害者をどうしているのかは知らないが、立て続けに起きているという事は、スーザンが最後になるというのは考えにくいし、犯人を捕まえない限り何度でも繰り返されるという事か。




「スーザンは生きていると思いますか?」


そうなるとスーザンの安否が気になる。


「何とも言えんな。だが本当に誘拐されたのだとしたら、救出は早い方が良い。救出までの時間は被害者の生存確率に直結する」


楽観的に考えれば生きているのだろうし、俺はそう願っているが、ミシェルはそのような予想は口にしなかった。




「もしもケイトが誘拐されたらどうするんです?」


ケイトを囮にするという事は、一歩間違えばケイトも誘拐される危険性もある。


妹が誘拐された時の事が頭をよぎる。下手をすれば魔物と戦うよりも危険なクエストになる。


「そうならないようにお前たちが守ればいい」


簡単に言ってくれる。イアンは俺達より格上の冒険者だ。本気で暴れたり、ケイトを連れ去ろうとしたら、俺に止められるかどうかは分からない。




「まあ、人気のある場所で待つだけなら、イアンも下手な事はしないとは思いますが」


ギルドの受け付け近くなどで張り込む程度なら、さほど危険は無いのかもしれない。


「報酬はこれぐらいでどうだ?」


そう言ってケイトが提示した金額は、この前受けた魔物討伐のクエストの報酬よりも上だった。


ミシェルとしてはそれほどイアンを疑っているという事か。


もしも、イアンが白ならば、これはかなり割のいい依頼だが、黒だった場合はそれなりの危険が付きまとう。




「ケイト、囮役を引き受けてくれるか?」


まずはケイト本人の意思が最優先だ。


「構いませんよ」


ケイトはすんなりと了承した。




「本当に良いんだな?」


あまりにもあっさりしていて、つい念押ししてしまう。


「こう見えて荒事は慣れていますので」


本当だろうか。元シスターだというのに。




「誘拐されるかもしれないぞ」


本当にイアンが犯人なら何をされるのか分からない。


「冒険者になった時点で覚悟していますよ」


冒険者はお世辞にも安全な職業ではない。今更死の危険があるからといいって、躊躇したりしないのだろう。


「サーシャもこの依頼を受けていいと思うか?」


この依頼を受けるのならば、当然サーシャも一緒に行動する事になる。


「うん」


サーシャもまた、拒否しなかった。




「では決まりだな。見つけ次第、イアンをここに連れてきてくれ」


そう言ったミシェルの表情は感情が薄く、その本心を伺う事はできない。本当に俺達がイアンを連れて来れると思っているのだろうか。


「分かりました」


話がまとまったところで、俺達が席を立とうとすると、ミシェルはそれを制止した。


「いや、もう一つ話がある」

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