020_犯人

ミシェルに促されて俺達が部屋にある椅子に各々座ると、ミシェルは話を続けた。


「まだ表沙汰になっていないが、クエストを受注したまま戻って来なくなる冒険者が最近増えている」


ようやく話の本題が始まったと思ったが、そんな事か。


「それが問題なんですか?」


基本的にギルドのクエストは魔物との戦いがほとんどだ。戦った結果死亡する事も珍しくはない。そこまで問題視するような事なのだろうか。




「冒険者同士でいざこざが起きているのだとしたら、ギルドとしては信用に関わるからね。放っておくわけにはいかない」


確かにギルドに所属している冒険者の素行が悪かったら、ギルドに依頼する者は減るだろう。


「単純に魔物に倒されたという可能性は?」


しかし、何故冒険者同士でいざこざが起きているという予想になるのだろうか。クエストを受注したまま冒険者が返って来ないというのは、普通に考えれば魔物に倒されたと考えるべきだろう。




「その可能性は低い」


ミシェルはハッキリと俺の予想を否定した。


「何故ですか?」


そこまで言われると理由を聞きたくなる。




「まずスーザンの話をすると、彼女の戦歴を考えればゴブリンに敗北するとは思えない」


それは俺も考えていた事だ。スーザンであれば、ゴブリンに負けることは無いだろうと。


「スーザン以外の行方不明になった冒険者も、同じ特徴という事ですか?」


先ほど戻って来なくなる冒険者が増えていると言った。つまりはスーザン以外にも同様の冒険者が居るという事だが、本人が勝てそうな相手でも戻ってこないという特徴までも一致するというのか。




「そうだ。戦歴から考えれば、成功するようなクエストで行方不明になっている」


俺の予想は当たっていた。


ミシェルは冒険者の記録を覚えているようだ。当然他の行方不明になった冒険者の記録も覚えているのだろう。


「同じ状況で失踪する者が多いと言うなら確かに怪しいですね」


そこまで言われれば、裏に何かあると疑いたくもなる。




「単純に魔物と戦って死んだのであれば、現場に武器や防具といった遺留品もしくは本人の死体が残るはずだがそれも無い」


戦いの途中で力尽きたというなら、何らかの痕跡が残るはずだ。それが揃いもそろって痕跡なく戻ってこないというのは何かあるのだろう。


「魔物以外に殺されている?」


何者かが殺し、その死体を回収しているというのならば、説明は付くが、ミシェルの予想は俺の予想とは違っていた。




「もしくは、誘拐されている」


もっと単純に、殺すのではなく生きたまま誘拐する。それがミシェルの予想だった。


「それは人間にですか?」


ゴブリンにも人間を誘拐する習性はあるが、スーザンがゴブリンに負けるとは思えないという今の話の流れからすると、ミシェルはゴブリンが犯人とは考えてはいないだろう。




「ああ、私は冒険者の仕業だと思っている」


ミシェルは当然のようにそう言った。


「本当に冒険者ですか?」


俺自身が冒険者だからかもしれないが、犯人が冒険者というのはあまり考えたくない話だ。




「冒険者ではないと言うなら何がある?」


冒険者以外に考えられる可能性はあるだろうか。


「ゴブリンはどうですか?」


ゴブリンは人を誘拐する事があると聞く。ならば冒険者ではなくゴブリンが犯人だったという事は考えられないだろうか。




「その可能性は低いな」


俺の答えを予想していたのか、ミシェルは考える様子も無く否定した。


「言い切れるんですか?」


そこまで断言するという事は根拠があるのだろうか。




「今まで行方不明になった冒険者の腕前を考えると、ゴブリンに負けて誘拐されるというのは考えにくい」


言われてみれば、スーザンもゴブリンに負けるような腕前ではなかった。他の行方不明になった冒険者もある程度の腕はあったのだろう。


「そうですか」


そうは言ってもやはり冒険者が犯人と言うのはあまり考えたくない話だ。




「スーザンが失踪するような予兆はあったか?」


ギルドの記録上は、俺達が最後にスーザンを見た冒険者という事になる。当然手掛かりを求めてそういう質問が来るだろう。


とはいえ俺も一度クエストに同行しただけであり、そこまでスーザンについては詳しくない。


「いえ、特に何も」


クエストに同行している時に、何か目立った行動があった訳ではない。よってそう答えるしかない。




「些細な事でも良い。例えば、人間関係でトラブルがあったとか」


そう言われても俺には心当たりがない。


「スーザンは冒険者と揉めるような人には見えませんでしたよ」


一度会っただけだが、スーザンは人当たりが良く、揉め事を起こすようには見えなかった。




「君達二人は何か知っているか?」


そう言って、ミシェルはケイトとサーシャに話を振る。先に答えたのはケイトだった。


「いえ、私は昨日仲間になったので」


スーザンと面識のないケイトはそう答えるしかないだろう。




「そうか、ではスーザンの事は知らないか。君はどうだ?」


ミシェルもギルドの記録上ケイトとスーザンは面識が無い事は把握しているのだろう。


「あたしも兄さんと同じで一度しか会って無いし、心当たりはないよ」


次いでサーシャも答えるが、俺と同じ答えだった。




「何かトラブルに巻き込まれそうなことを言っていなかったか? 金銭トラブルや、交友関係における問題の話は聞かなかったか?」


ミシェルは再び俺に視線を戻し、具体的な質問をしてきた。


今は手掛かりと成りえるどんな些細な情報なら何でも欲しいのだろう。


「強いて言うなら、本人はソロメインで活動していると言っていました」


唯一聞いた話とすれば、冒険者としての活動方針だが、それはギルマスであるミシェルならば既に知っているだろう。




「そうなると、手掛かり無しか。はやり、犯人はソロメインの冒険者に何らかの方法で目星をつけて、一人になったところを襲っていると考えた方がいいのかもしれない」


ソロメインという言葉に何か引っかかると思ったら、大事なことを忘れていた。


「そういえば、スーザンが行方不明になる前に、クエストに同行したが四人で行った。俺と、スーザンと、サーシャともう一人冒険者がいました」


スーザンは本来ソロメインであったが、イアンに話しかけられていたのだった。




「確かにゴブリン退治はイアンも含め四人で行った事になっているな」


四人でクエストを受注したのだ。記録上もそうなっているだろう。


「はい。四人であのクエストに行きました」


特に隠す事でもない。




「何か変わった事は?」


これは、イアンを疑っているという事だろうか。


変わった事といえば、心当たりがある。


「ああ、初心者なら手伝ってくれるって事で、報酬は受け取らなかったですね」


初心者の手伝いとして報酬を受け取らない事は変わった事と言ってもいいだろう。




「何? 詳しく聞かせてもらえるか?」


ミシェルの目つきが鋭くなった。


「言葉通りですよ。報酬は要らないという理由で、最初はクエストの受注すらしようとしませんでした」


ギルドマスターとしては受注せずに付いていくというやり方に問題を感じたのだろうか。しかし、今回は結果的にはイアンはクエストを受注している。その点では問題無いはずだ。




「記録上はイアンも受注した事になっているぞ」


最終的には受注したが、最初は受注を拒んでいたのだ。


「あのクエストには、四人の受注制限があって、三人では受注できないから、名前を書いてもらったんですよ」


正確にはそういう経緯だった。




「では、渋々名前を書いたという事か?」


最初にイアンは俺達三人で受注するように言っていた。


「そうです」


渋々名前を書いたと言っても間違いではないだろう。




「だから今まで記録に残らなかったのか」


ミシェルはまるで何かに気が付いたかのように天を仰いだ。一体今の話から何を察したというのか。


「どういう事ですか?」


俺にはミシェルの反応がよく分からなかった。




「私も怪しい冒険者がいないか記録を漁っていたが出なかった。その理由が分かった。手伝いで付いていくだけだから公式に受注した事にはせず、ただ付いていくだけという手を使ったのか」


それはつまり、今までもイアンは同じような事をやっていて、手伝いで報酬は要らないという理由を付けて、クエストの受注者に名前を残さなかったという事か。


「手伝いは建前で、記録に残したくなかったという事ですか?」


記録に残すと足が付く。だから犯人であるイアンはクエストを受注せずに、ただ付いていくことを選んだ。




「そうだ」


親切で手伝っていたのではなかったのか。


「今回は人数制限のあるクエストだから名前を書かざるを得なかったって事ですか」


今回はクエストの性質上、名前を書く事になってしまった。




「そこで急に抜けるというのも不自然だ。だから仕方なく受注者として記録に残したのだろう」


あの場で抜けるという手もあっただろうが、それはそれで不自然であり、逆に変な噂を立てられるかもしれない。あの場では名前を書いてもいいとイアンは判断したのだろう。という事は行きつく結論は一つ。


「それはつまりイアンが犯人という事ですか」


今の話を聞けば、誰でもその結論に行きつくだろう。


「私はそう考えている」


ミシェルもまた、その結論に行きついていたようだ。

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