019_呼び出し
翌朝、クエストの報酬をもらいにギルドのカウンターに行った。
俺が手続きを済ませて報酬を受け取り、カウンターの近くの椅子で座って待っていたサーシャとケイトの所へ持って行く。
「ほら、これが報酬だ。三等分だな」
俺とサーシャとケイトの三人で報酬を分ける。
「今日のクエストはどうするの?」
駆け出しの冒険者の報酬は少ない。ほぼ毎日受けなければ直ぐに貯蓄は底を尽きてします。
「そうだな、どうしようか」
三人で席を立ち、いつもの通りクエストが張られている掲示板を見に行くと、昨日もあったゴブリン討伐のクエストは受注したままになっていた。
それはスーザンがあのクエストを受けたまま帰還していないという事を意味している。
「ねえ、あの人大丈夫かな」
スーザンもゴブリン討伐のクエストが残っているのが目に入ったのだろう。一度パーティーを組んだ仲であるため心配しているようだ。
「あの腕で、ゴブリンにやられるとはおもえないけどな」
レッドキャップと正面から打ち合って勝つような腕前だ。普通のゴブリン討伐に失敗するとは思えない。
とはいえ一日経っても報告に来ないというのは気になる。それほど時間が掛かるクエストだとは思えない。
パーティーを組んでいる訳ではないため助けに行く義理がある訳ではないが、気にかかるのは確かだ。
よく見てみるとスーザンとは別の冒険者も受注している。
クエスト受注の順番も分かるようになっているが、スーザンよりも後に別の冒険者が受注しているようだ。
最悪スーザンが窮地に陥っていたとしても、別の冒険者も受注しているのであれば後発の冒険者が助けてくれるだろう。
そもそもスーザンがゴブリン相手に窮地になるとは考えにくいが。
そんな事を考えていると、受付で冒険者たちが手続きをしているやり取りが聞こえた。
「ゴブリン討伐の完了手続きですね」
それは受付嬢の声だった。
現時点でゴブリン討伐クエストというのは、スーザンが受注しているクエストしか注されていない。
思わず俺は受付嬢の方向を見るが、今受付嬢の前で手続きをしている冒険者は、スーザンではなかった。
受け付けをしているのは、俺と同年代の冒険者で男だった。
つまりは、スーザンは後から受注した冒険者に先を越されたのだ。
ギルド嬢はこう言葉を続ける。
「ところでこのクエストは、先に受注された方がいましたが、その方と会う事はありましたか?」
ギルドとしても先に受けた者が戻ってこないのは気にかけているようだ。
「いや、無かったな」
そんな会話が聞こえてきた。
つまりはゴブリンと戦って窮地に陥っていたり、その場で死亡していたりする可能性は無くなった。
それは安心できる一方で奇妙でもあった。
●
一度共に戦った以上、スーザンの腕は分かっている。
そして自分自身でゴブリンを討伐した以上、ゴブリンの戦力も分かっている。
スーザンがゴブリンに負けるとは思えない。
万一戦闘で死亡したとしても、何らかの遺留品が残るだろう。
という事はクエストを受注だけしてどこかに行ってしまったのだろうか。
「急用でも出来たんじゃないの?」
サーシャも俺と同じ仮説にたどり着いたようだ。
「クエストよりも優先する急用なんてあるのか?」
普通冒険者はクエストを受けたら、当然クエストの目標地点に移動する。その間に発生する急用等あるのだろうか。
クエストに行く前に、街中で何か装備の買い出しをしていて事件に巻き込まれたというのも考えられなくもないが。
「あったから、他の冒険者に先を越されたんでしょ」
実際にスーザンはこのクエストの達成を後追いで受注した冒険者に先に越されてしまったのだ。何か急用があったと考えるのが妥当かもしれない。
「ちょっといいですか」
その声の主はサーシャではなかった。
声の方を振り向くと受付嬢が手招きしている。
もしかするとスーザンの事について何か知っているのだろうか。
俺は手招きに応じてカウンターまで近づくと、受付嬢はこう言った。
「ギルドマスターから少しお話がありますので、ギルドマスターの部屋まで案内します」
●
ギルドには冒険者がクエストを受注する以外にも、クエストの事務処理をするためのスペースが確保されている。
そしてそれらを統括するギルドマスターの部屋もあるが、そこは普段冒険者が立ち入る場所ではないし、俺はギルドマスターの部屋に入ったことがない。
「何か変な事した?」
受付嬢の後を付いていきながら、そんな事を考えていると、サーシャが俺の服を引っ張りながら小声でそう話しかけてきた。
「いや、まさか。ずっと一緒だっただろ」
何か怒られるような事をした覚えはない。
「だったら何で呼び出されてるの」
そう言われても心当たりはない。
「あの魔物、倒したら不味かったのか?」
あのクエストの直後に呼び出されたという事は、あのクエストに絡むことなのだろう。
そんな事を話していると受付嬢がある扉の前で足を止めた。
受付嬢は扉にノックをした後に、部屋の中に呼びかける。
「ご要望の方をお連れしました」
ここがギルドマスターの部屋のようだ
「通してくれ」
中から声がした。
受付嬢が扉を開け、俺達中に入る様に促す。
俺達三人はそれに従って中に入ると、受付嬢が再び口を開いた。
「では、私は業務に戻ります」
それだけ言い残すと受付嬢は中には入らず扉を閉めてしまった。
ギルドマスターとは、ギルド支部に各一人は配置されている責任者。別の言葉で言い換えるならば支店長といったところか。
何度か顔を見た事がある。
眼鏡をかけた、黒の長髪の女性。いかにも仕事が出来そうな雰囲気をしている。
「何故呼ばれたか分かるかい?」
ギルドマスターの名前はミシェル。それぐらい、俺でも一応知っている。とは言っても、一般の冒険者がギルドマスターと話す機会はほとんどない。
「いえ」
ただ事ではないような気がするが、何か悪い事をしただろうか。
「君達は一昨日スーザンと行動を共にしていたね」
その通りだ。
「俺達を知っているんですか?」
いくら俺達が冒険者とはいえ、まだ駆け出しだ。ギルドマスターが駆け出しの冒険者の動向を把握しているのだろうか。
「これでもギルドマスターだからね。ここのギルドに頻繁に出入りしている者の顔と名前と主なクエスト結果ぐらいは把握している」
どうやらミシェルはギルドに所属している冒険者の情報を頭に入れているようだ。
「本当に?」
サーシャの疑いの目に対して、ミシェルは知識で返した。
「ギャレットとサーシャ、君達二人は兄弟でいつも同じクエストを受注し、一昨日ゴブリン討伐を受けている。そこでスーザンと一緒にクエストを受けた。記録上そうなっているが間違いないか?」
自分の事を調べられているという事に対し、何か思惑を感じてしまうが、ミシェルはギルドマスターだ。その気になればクエストの受注記録を調べる程度造作も無いのだろう。
「ま、間違いないです」
経緯を正確にいい当てられ、サーシャは若干どもりながら返事をした。
冒険者としてクエストをこなしただけのつもりだったが、何か俺達を呼び出した理由があるのだろうか。
「ケイトとは昨日のクエストで初めて手を組んだみたいだけど、今後も一緒に行動するつもりかい?」
当然ケイトの事も知っているか。
「はい」
まさか刻印についての話だろうか。
「なら一緒に聞いてもらおうか」
どうやらケイトに纏わる話では無いようだ。
「一体何の話ですか?」
俺は先を促す。
「スーザンが今どこに居るか知っているかい?」
まさか、スーザンに何かあったのだろうか。
「いえ」
スーザンとは一度クエストに同行しただけだが、わざわざ俺達に問い質すという事は良くない何かがあったのだろう。
「そうか、ここから先の話は、迂闊に口外しないでもらいたいのだが、解決すればそれなりの報酬をだそう。話を聞く気はあるかい?」
その言葉にはどこか、断る事を許さない雰囲気があった。
「はい」
相手がギルドマスターという事もあり、俺はほぼ無意識に肯定の返事をしていた。
「それはよかった。ああ、君達二人も話を聞いてもらおう。少し長くなるだろうから適当な椅子に座ってくれ」
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