018_目的

「サーシャお前、まさかケイトにもやったのか?」


ケイトの腕にあった刻印はサーシャが俺に付けた刻印と酷似していた。まさか俺に付ける前にケイトにも角印を付けていたのか。


「あたしじゃないよ」


サーシャが即答した。確かに良く見れば以前俺の腕に付けられた刻印とは模様が異なる。それを肯定するかのようにケイトが口を開く。




「私にこれを私につけたのは悪魔です。私はその悪魔を探しています」


そこで偶然にも同じ魔術を使うサーシャに巡り合った。魔術を覚えた経緯を知りたがる訳だ。


「それは、さっき言っていたケイトが直接見た悪魔って事か?」


先ほど悪魔を見たと言っていたが、それが犯人という事でいいのだろうか。




「そうですよ」


なるほど、悪魔を直接見た時に、刻印の魔術をかけられたのか。


「それでサーシャに興味を持ったのか」


そうであれば納得がいく。サーシャを悪魔と疑うのも分かる。




「はい」


ケイトは短く、肯定の言葉だけを言った。


「教会を追われたのもそれが原因か」


これがあると危険だという事か。




「はい、悪魔の刻印が付いた者は教会に置いておけないと」


確かに教会にいるシスターに、悪魔に刻印を付けられた者がいるというのは、教会としては体裁が悪いのだろう。


「それで冒険者か」


これで全て繋がった。僧侶なのに教会に居なかった事も、あの魔術を研究している事も。




「そういう事です」


確かにケイトはあまり好戦的には見えなかった。


それでも冒険者になったというのは、教会を追われ、冒険者にならざるを得なかったという事か。


「サーシャの刻印を解除できたのもそれが原因か」


教会のシスターは解除できなかった。これを解除するには特殊な魔術をようするのだろう。それをわざわざ研究していたというのは、自分も同じ魔術を掛けられていて、それを解除するためだからか。




「はい、これを研究していたからです」


しかしそうなるとこの疑問が発生する。


「自分の刻印は解除できないのか?」


サーシャがつけた刻印は解除出来たのに、自分の刻印は解除できないのか。


まさか意図的に残しているという事は無いだろう。




「私に刻印を付けた悪魔の魔力が強力なようで、今の私には解除できません」


同じ刻印の魔術でも、術者が強力であれば、解除はできないという事か。


「それってあたしの魔力がショボいみたいじゃん」


ケイトの言葉を聞いたサーシャが不服そうにしているが、ケイトの言った事は、言い方を変えればそういう事だ。




「残念ながら、私に刻印を付けた悪魔には劣ります」


ケイトがハッキリと言ってしまった。


ケイトからすれば、悪魔に掛けられた刻印は解除出来ず、サーシャが掛けた刻印は解除出来るという事は、サーシャの刻印の方が魔術としては弱いという事になるだろう。


「まあ、覚えたばっかりだし」


そこまでハッキリ言われると思っていなかったのか、サーシャはそれ以上は言わなかった。


これで、ケイトが刻印の魔術に詳しいのも納得がいった。


いや、待て。ケイトに刻印を付けた悪魔が居るという事は、大きな問題が残る。




「つまり、ケイトに刻印を付けた悪魔は、ケイトを操る事ができるって事か?」


その質問を聞いた時、ケイトは何とも言えない微妙な表情になった。


聞いてはいけない事だろうか。しかし、刻印の効果を知っている以上、これははっきりさせておかなければならないだろう。


しばしの沈黙の後、ケイトが口を開く。


「その通りです」


ケイトの腕にあるのが刻印だと言うならば、やはりそうなるのだろう。




「まさか、今も操られてるとかいうつもりか?」


思わず身構えてしまう。


「いえ、その悪魔は行方不明ですので、今は操られてはいませんよ」


効果範囲の外にまで移動したという事だろうか。




「『今は行方不明』ってことは、ケイトの近くに居た時もあったって事か?」


気になる言い方だが、そこはハッキリさせておきたい。


「そうですよ」


実際に術を掛けるのであれば、当然近くに居た時もあったのだろう。




「実際に悪魔に命令されたって事か?」


そして、刻印を付けたという事は、当然刻印を使って命令をしたのだろう。


「はい」


俺の予想通り。ケイトは肯定の返事をした。


しかし、それ以上を言わない。


具体的に何を命令されたのかは聞かない方が良いのだろうか。だがそこまで言われれば気になってしまう。




「大丈夫だったのか?」


一応ぼかした言葉で聞いてみる。


教会から追放されたとはいえ、犯罪者として捕まった訳ではない。そこまで大事にはなっていないのだろう。


それでも教会を追放されるという事は何かが起きたはずだ。


「私はすぐさま取り押さえられましたので、被害はでませんでした」


なるほどそういう事か。




「だから追放だけで済んだのか」


不幸中の幸いという事か。


「はい、周りもこの刻印が原因である事は知っていました。ですので私を罪に問う事はしませんでした」


悪魔に操られたのであれば本人に罪はないが、悪魔に刻印を付けられてしまっている以上教会には置いておくことはできない。そういう判断か。




「つまり、その悪魔を見つけるのがケイトの目的って訳だ」


ケイトが何故あの魔術に関して気になっているのかを知りたかったが、悪魔への手掛かりを探していたのか。


「はい」


ケイトの目からは強い意志を感じられる。




「見つけたらどうする?」


当然見つけたらどうするのかも決めているのだろう。


「殺します」


やはり、そうなるか。




「刻印があるって事は、悪魔を目の前にしたら操られるんじゃないのか?」


わざわざケイトが術者の前に出ていくのは危険ではないのか。


「相手を殺せば刻印は解除されるはずです」


操られる前に倒せばいいという事か。




「確かか?」


それは実際に刻印の術者である悪魔を殺して確かめた事があるのだろうか。


「試した事はありませんが、文献にはそう記されていました」


残念ながら知識として知っているだけで実践した事はないらしい。




「相手に操られるなら戦えないだろう」


例え倒せば刻印が消えるとしても、ケイト本人が悪魔の前に姿を現すのは危険ではないだろうか。


「ですから私は仲間を探していました」


どうやら俺達とパーティーを組んだのは刻印の魔術の正体を掴む事だけが目的では無かったようだ。




「それは俺達に、ケイトの代わりに悪魔と戦ってくれって事か?」


ケイト本人が戦う事はできないから、代わりに戦ってくれるものを探していた。だから仲間になったという事か。


「私も戦うつもりですが、万一私がおかしな行動を取った場合は止めて欲しい」


危険性を承知はしているものの、完全に丸投げするつもりは無いらしい。




「止めるって言われても上手くいくかは分からないぞ」


一度サーシャに刻印の効果で操作されたから分かる。あれは自分の意思でどうにかなるような力では無かった。第三者が周りから押さえつけてどうなるかは分からない。


「それでも、一人でいるよりかはマシです」


確かにケイトとしては一人でいるよりも、周りに誰かが居た方が止めてもらえるという利点があるのだろう。




「まあそうかもしれないが」


しかし止める側に回る側としては複雑な感情になる。ケイトが刃物を持って俺達に襲い掛かってきたらどうするのかという問題もある。


悪魔に操られる危険性があると言うなら、その予想も大袈裟ではない。その危険性を考慮してでも仲間として一緒にいる必要があるのか。


「それに、向こうに居場所が分かっているのだとしたら、いつ私の前に来てもおかしくない」


刻印には術者に居場所が分かるという効果もある。




「だから早めに仲間を集めたいのか」


こちらから悪魔の動向が分からない以上は、なるべく早く対策をする必要がある。


「そうです」


理屈としては分かるが、俺達からすれば、ケイトと一緒に居るという事は、ケイトに刻印を付けた悪魔と戦う可能性があるという事だ。




「でも、俺達でその悪魔が倒せるのか?」


その悪魔がどの程度の強さなのかは知らないが、俺のような駆け出しの冒険者の手に負える相手なのだろうか。


「最悪の場合は私を殺して欲しい」


悪魔とどう戦うのかという話をするのかと思っていたが、全く想定外の答えが返って来た。


ケイトの台詞に、俺は動揺を隠せなかった。




「いや、流石に人を殺すのは」


そこまで考えていたのか。


「それでも悪魔に操られるよりはマシです」


そこまでの覚悟なのか。




「教会なら事情を知っているんだろ」


一度操られても、追放されただけで済んだのだ。教会に話せば何とかしてくれるのだろうか。


「だからと言って、いつ悪魔に操られるか分からないと言う状況を、このままにする事はできません」


教会に頼りきりになるのではなく、自分の力で悪魔を討伐したい。しかし刻印を付けられている以上は、仲間を集める必要がある。




刻印を解除する魔術も見つけたが、現状では悪魔の力が強力で解除出来ない。そうなるとやはり戦闘に備えるという事になるのか。


しかし勝てるかどうかは分からない。悪魔に操られるぐらいであれば死んだ方がマシという結論になるのは分からなくはない。


「それでも人を殺すと言うのは」


魔物を殺すのと、人間を殺すのは次元の違う話だ。


ケイトの事情は分かるが、俺がケイトを殺せるかと言われれば、その覚悟はできていない。


「これはあなた達にしか頼めません」


それでもケイトは本気のようだ。




「俺達以外にも腕の良い冒険者はいるだろ」


駆け出しに過ぎない俺達よりも、もっと腕のいい冒険者を頼った方がいいのではないか。


「だとしても、そもそも刻印が何なのかも理解していません」


刻印の魔術は特殊であり、知名度は低い。




「そうだろうな」


俺もサーシャが魔術を使って、初めて刻印の存在を知った。


「ですから、刻印の魔術に理解のあるあなた達に協力してほしいのです」


確かに刻印の何たるかを説明するのも面倒だ。仮に説明したところで、悪魔に操られる可能性のある者と一緒に行動しようとは普通は思わないだろう。


だが俺とサーシャは刻印が何かを知っているし、サーシャに至っては刻印の魔術を使用する事ができるそれならばおかしな先入観を持つことも無い。


だから俺達とパーティーを組む事にしたのか。




「そりゃ、悪魔に操られる可能性があるって知ったらそうなるだろ」


今は刻印についての知識があるとはいえ、刻印の効果を知ったら刻印をつけられているケイトを避けると言う気持ちも分かる。


本人の意思に反して魔術を掛けた悪魔の命令に従って動くとあっては、いつ何をしでかすか分からない。


遠ざけようとするのは自然だろう。


「それはあなたの妹さんも同じでは?」


普通ではないという点では同じかもしれないが、大きな違いがある。




「サーシャは刻印をつけられた訳じゃ無い。ただ特殊な力を持っているだけだ」


刻印を使う者と、刻印を付けられた者。刻印に関係するとはいえ、この二つを同列に考えるのは違うだろう。


「それでも不当な扱いを受けてきた。だから両親の元を離れた。そうですよね」


ケイトが刻印と事を話したがらなかったのはよく分かる。


刻印がある事で、何をするか分からない奴という扱いをされたら、とても有効な関係は組めないし、冒険者として、魔物と共に戦う場所に連れて行こうなどとは思わない。




「俺の両親がサーシャを避けていたのは事実だ。でもその理由が何だったのかは今でも分からない」


両親はサーシャの事をどこまで知っていたのだろうか。聞けば分かるのかもしれないが、今更両親の下に戻ろうとは思わない。


もしかするとサーシャを悪魔だと思ったのかもしれない。しかしそれなら家に連れて帰ったりしないだろう。


家に連れて帰ったが避けるような態度を取った。そこに至るまでに何があったのかは分からない。


「あなた達なら不当な扱いを受ける辛さを知っている」


両親の態度に耐え兼ねて家を出た俺達にと、ケイトの境遇は似ているだろう。


そうは言ってもケイトに刻印をつけた悪魔がどこにいるのか分からない。つまりある日突然ケイトが悪魔に操られて俺達に襲い掛かってくる可能性も十分ある。




そう考えると教会がケイトを遠ざけた対応も、一概に不当という事はできない。教会内で、教会に属するシスターが悪魔に操られて殺人事件でも起こしたら大問題になる。当然刻印がある事を知りながら教会に置いていたという事が露見したら、教会に対する市民からの信用は落ちるだろう。


教会は市民への救済も必要だが、同時に市民からの信仰も必要としている以上、危険な人物をシスターとして置いておくことは出来ないという判断は正しいのかもしれない。




「だから手を組めると思った?」


ケイトの考えは分かるが、このままパーティーを組んでいても良いのだろうか。


「そうです」


俺達はケイトに危害を加えたりしないが、ケイトは悪魔に操られたら俺達に危害を加える危険性がある。


これは果たして対等な取引なのだろうか。




「いざとなったら殺してくれっていうのは荷が重すぎないか?」


俺には人を殺す覚悟までは出来ていない。


「では、私とのパーティーは解消しますか?」


ケイトとしても無理強いをするつもりは無いようだ。


それも一つの方法だろう。




一緒に居るには危険すぎる。いつ悪魔に操られて襲ってくるか分からない。ケイトもそれを自覚しているのだろう。


それでも、サーシャが両親から避けられていたのを見るのは耐えられなかった。だから俺はサーシャを連れて家を出た。


「いざとなったら、あたしがやるよ」


唐突にサーシャが口を挟んだ。


「やるって、ケイトを殺すって事か?」


まさか、サーシャがそんな事を言いだすとは思わなかった。




「それが望みなんでしょ?」


そこまでしてケイトの力になりたいと言うのか。


まあ同じ力を持つ者同士、親近感を持っていたのかもしれない。


「だからケイトが同じ境遇だと言うなら、俺は力になりたい」


ケイトを完全に信用できるわけではない。それでも、悪魔絡みで不当な扱いを受けたというのは事実だろう。




それはサーシャと同じ境遇だ。


今ここでケイトと決裂するというのは俺の両親が、サーシャを避けるのと同じ事だろう。俺はそんな事はしたくない。


例えケイトと一緒に居る事が危険だったとしても、サーシャを守るのならばケイトも守るのが筋だろう。


それに、さっきの正体不明の魔物との戦いで、ケイトは真っ先に魔物が魔術を使う事に気が付き警告を発した。あれが無ければ俺達は危なかったかもしれない。




借りを残したまま別れるというのもすっきりしない。


「ありがとうございます」


まるでケイトはホッとしたような表情を浮かべた。


俺達が真相を知ったら、パーティーから外されるのではないかという思いから、話すのを拒んでいたのだろう。




「協力するって言っても、俺達はケイトが探している悪魔の所在を知っている訳じゃ無いぞ」


ケイトの力になるとは言ったが、今のところ手掛かりはゼロだ。今すぐケイトの探す悪魔を倒しに行く事はできない。


「それでも、冒険者としてクエストをこなしていれば、いつかは悪魔絡みのクエストに辿り着くでしょう」


ギルドのクエストは魔物討伐が多く、悪魔も魔物に含まれる。いつかケイトの探している悪魔を討伐するクエストに巡り合う日が来るかもしれない。

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