017_秘密

悪魔の中には人語を話したり、魔術を使ったり、知能の高い者がいるという話しは聞いたことがある。


「それは本当に悪魔か?」


だが俺のような駆け出しの冒険者が合うような機会はない。ケイトも同じ駆け出しの冒険者のはずだ。本当に悪魔に会ったのだろうか。




「悪魔を見たのは私だけではありません。あの時教会に居たシスター達も見ています」


目撃者が他にもいるというならば、悪魔に遭遇したというのは信じよう。


「お前が見たのが本当に悪魔だったとして、同じ魔術を使うからサーシャも悪魔だって言いたいのか?」


それで、サーシャが人間ではない事を疑っていたのか。




「ですから入れ替えられたのではないかと聞いたのです」


疑いたくなる気持ちは分かるが、サーシャが悪魔と言うのはいくらなんでもあり得ない。


「ケイトが本当に悪魔を見てたとして、いつどこで見たんだ?」


はっきりいって駆け出しの冒険者であるケイトがあの魔術を防げるとは思えない。実際にさっきも吹き飛ばされて気を失っている。


という事はケイト以外の誰かが標的となって、死んだところを見たという事だろうか。




「それはまだ話せません。次はあなたの番です」


やはりそう来るか。近しい人が死んだ可能性もあるし、だとするなら、あまり詳しく追及はしない方が良いだろう。


俺はもう一度サーシャの方を見る。


サーシャは首を縦に振った。あそこまで聞ければ話しても良いという事だろう。




「妹は昔誘拐された事がある。救助はされたが、それ以来時々おかしな魔術を使う。それだけだ」


それが俺達の秘密だ。


「誘拐した犯人は?」


まあ、当然それを聞いて来るだろう。




「知らないよ。救助したのは両親だ。妹を連れて帰って来たが詳細は聞けなかった」


残念ながらそれについては俺は知らない。


「それはつまり、誘拐された時に何かされたという事ですか?」


まだ疑っているのか。




「それはない」


あったらサーシャは俺に話している筈だ。


「連れ戻したのは両親で、あなたは現場に居なかったのでしょう?」


確かに俺は話伝いに聞いただけで、現場を見た訳ではない。




「ああ。だったとしてもサーシャが黙っているとは思えないな」


まさかサーシャが何かを隠していると言うのか。


「本人に聞いてみましょうか?」


俺を介して話すのがじれったくなったのか、ケイトはサーシャと直接話したいらしい。




「好きにしろ」


別にサーシャと話されたところで困る事は無い。


「誘拐された時に何かあったのですか?」


早速ケイトはサーシャに問いかける。




「何もないよ」


まあ、当然そう返すだろう。


「ではどうやってあの魔術を覚えたのです?」


ケイトもまた、一番聞きたいであろう質問を再度投げかける。




「気がついたら覚えてた」


俺にもそう言っていた。それ以上言う事など無いだろう。


「気が付いたと言っても、覚えたのは誘拐のあった直後なのでしょう?」


そこに拘るのか。




「そうだよ」


それは俺もそういう認識だ。


「だったら、誘拐された時に何かあったと考えるのが自然です」


理屈としては分かるが、本人が知らないと言っているのだからこれ以上言っても仕方がないのではないか。




「でも…」


サーシャは口ごもるが、俺は口を出さなかった。


当時現場に俺は居なかった。詳細な話はサーシャ本人にしてもらうしかない。ケイトとしても悪意がある訳ではなく、純粋に真相を知りたいという感じだ。


目に余るような暴言を吐いたりしない限りは成り行きに任せて見守ろう。


「誘拐された後、ずっと意識はあったのですか?」


やはりケイトも誘拐時の詳細な状況を知りたいようだ。


そう言えば俺はサーシャの心情を考えて、当時の詳細についてサーシャから聞く事はなった。




「途中で気を失ってたよ」


とはいえ、そんなに話は単純では無いようだ。


「ではその間に何かされたと考えるのが普通では?」


気を失っている以上、何も無かったと言い切る事はできない。


「気を失ってたんだから分からないよ」


逆に何かされていたとしても、本人が気を失っていたというのであれば、確認のしようが無い。


「なら犯人はどうしたのです?」


サーシャが知らないと言うのであれば、犯人に聞くというのも手だが、俺はいまさらあの事件の犯人に会おうとは思わない。




「犯人は死んだよ」


今しれっとサーシャがとんでもない事を言った。


「それは初耳だぞ」


聞いているつもりだったが、驚きのあまり口を挟んでしまった。


その話は俺も聞かされていなかった。


まさかそれが原因で気まずくなってサーシャを避けたのだろうか。




確かにあの後、犯人がどうなったのかの話を聞く事は全くなかった。


それは両親が戦闘の結果殺してしまったからなのか。


「聞かなかったでしょ」


両親には何故サーシャを避けるのかを聞いた事はあるが、犯人がどうなったかを俺は聞こうとしなかった。


「いや、まあそうだけどさ」


誘拐されたサーシャにも、犯人がどうなったかなんて聞いても嫌な事を思い出させるだけだろうと思って、あえて聞く事はしなかった。


サーシャを取り戻せた以上、捕まえて騎士に突き出したのだろうという漠然とした予想はしていたが、どうなったか間では確認しなかった。




「あなたも知らなかったんですね」


驚きを隠せない俺を見て、ケイトがそう呟いた。


「犯人が死んだなら、犯人に聞く事も出来ないな」


確かに俺は犯人が死んだ事を知らなかったが、それは大した問題じゃない。


当時を知るために犯人に会ったらどうかという話であって、犯人が死んでいるのであればそれが出来ないというだけの話だ。


犯人が死んだのなら、あの時何が起きたのかはもう分からないだろう。




「ちなみにあなた達の両親が死んだというのは本当ですか?」


以前ケイトには説明するのが面倒で死んだと話したが、こうなった以上は本当の事を話した方がいいだろう。


「いや、生きてるよ」


犯人は死んでいるが、俺達の両親はあの事件では死んでいないし今も生きている。俺達が両親の生存を確認したのは家出をした時点の話だが、そう簡単には死なないだろう。




「あなた達の両親に聞くのは?」


やはりケイトが面倒な事を言いだした。


「それはダメだ」


今更両親に会うのはあり得ない。


「何故です?」


ここまで来たら正直に言うしかない。




「俺達は家出したようなものだからな」


だから俺達が家に帰っても面倒になるだけだ。


「何故?」


そこまで聞くのか。




「両親がサーシャに対する態度が、誘拐事件の後からおかしくなったからだ」


だから両親の態度に嫌気がさして、俺は家を出たんだ。


「それは何があったという事では?」


両親は何かを見たのかもしれない。だが、それを俺に話そうとはしなかった。


犯人の死と何か関係があるのかもしれないが、だったら正直に話してくれればよかった。それなのに俺には話してくれなかった。




「それは今となっては知りようがない」


会えば分かるのかもしれないが、会いたくはない。


「今でも心配しているのでは?」


どうやらケイトは俺の両親に会って真相を確かめたいらしいが、それだけは受け入れられない。




「俺に帰って両親に会えっていうのか?」


そういえば、ケイトは元シスターだった。家出同然で冒険者になったなんて言えば、家に帰れというのは当然か。


「話す価値はあるのではないですか?」


それは正論なのかもしれない。




「向こうから探しに来ないって事は居なくなって良かったってことだろう」


俺達が家出をしてから、両親から何か俺達に接触があった事は一度も無い。


「それは言い過ぎではないのですか?」


何としても俺達を両親のもとに帰らせたいらしい。




「言っておくけどな、俺達の両親に会うっていうならパーティーは解消させてもらうぞ」


だがこれだけは譲れない。戻ればまたサーシャが辛い目に合うのは分かり切った事だ。そんな事につき合うつもりはない。


「分かりました。これ以上家族の事に口出しするのは止めましょう」


俺の反発が予想以上だったのか、ケイトは引き下がる事を選んだようだ。


「そうしてくれ」


俺としても、これ以上両親についての話をするつもりはない。




「ですがやはりまだ何か隠しているように感じます」


俺としては話せることは全て話したつもりだが。


「ならどうすれば信じる?」


一体何を疑っているというのか。




「あの魔術を覚えた理由がわかるまでです」


俺は現場に居なかった以上、それはもうサーシャの話を信じるしかない。


このままでは話は平行線だ。


「だから気が付いたら覚えたって言ってるだろ」


サーシャがそれを言っているのに、それ以上何があるというのか。




「あなたはそれを信じるのですか?」


ケイトはそれを疑っている事を隠そうともしない。


「当然だ」


俺はサーシャを信じる。




「そうですか。なら、思い出すまで待ちましょう。長い付き合いになるかもしれませんね」


そこまで疑うというのなら、とりあえずこちらにも確認したい事がある。


それはケイトが気を失っている時に気が付いたことだ。


「お前、元シスターだよな」


その前に念のための確認をする。




「最初にそう説明したでしょう。それが今何の関係があるのですか?」


それはこれからする質問に大いに関係がある。


「本当に回復魔術を使えるのか?」


今日の戦闘で光を使った補助魔術は見たが、回復魔術については結局見なかった。自己紹介の時には使えると言っていたはずだが。




「使う機会が無かっただけで、使おうと思えば使えますよ」


やはり本人は使えるつもりらしい。本当だろうか。


「それにしては右腕に包帯を巻いていたな」


自分の怪我は治さないというのは不自然だ。




「見たんですか?」


そう言いながら、ケイト自分の腕を手で押さえた。


「運ぶ時にな」


別に好きで見た訳ではない。見えただけだ。




「包帯を外したんですか?」


手の感覚から、まだ包帯がまかれている事はケイトも分かっているだろう。


「そこまでは見てないよ。人の怪我なんか見てどうする。俺が治療できるわけでもない」


俺は盗賊であり、回復魔術は使えない。わざわざ包帯を外して怪我の状態を見たところで何かできる訳でもない。




そう思っていた俺に、ケイトは意外な言葉を返した。


「これは怪我ではありません」


怪我ではないというなら何故包帯を巻いているのか。


「じゃあ何だ?」


まさか防具代わりとでも言うつもりか。


ケイトの声のトーンが若干下がる。




「何故私が冒険者になったか教えましょうか」


ケイトはそう言いながら袖を捲り、包帯を外し始めた。


「特別な理由があるのか?」


それが包帯と一体何の関係があるのか。それは包帯の下を見せられれば、直ぐに理解できた。


「これですよ」


ケイトが包帯をはずすと、彼女の腕には怪我は無かった。その代わりに、彼女の腕には刻印があった。

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