016_疑惑再燃

視界が戻ると、すでに魔物の姿は無かった。


代わりに魔物が立っていた場所に黒焦げの何かが残っており、地面も何かがぶつかったかのように抉れている。あの魔術の結果だろう。


幸いにもケイトの姿は発見できたが、先ほど立っていた場所からはかなり離れている。あの魔術の衝撃で飛ばされたのだろう。




俺は直前に構えていたから耐えられたものの、ケイトの様子はおかしかった。無防備な状態で魔術の衝撃を受けたのだろう。


次いでサーシャの方を見ると、サーシャは魔術を使う前と変わらず、まだ手を翳したまだ立ち尽くしている。


「サーシャ、無事か?」


声を掛けるが反応が無い。




「おい、サーシャ!」


もう一度声を掛けるとようやくサーシャはこちらを向いた。


「え、ああ」


サーシャが気の抜けた声をだした。


「おい、大丈夫か?」


あの魔術を使うと大体こんな感じになる。気を失う事はないが、呆然として意識がはっきりしなくなる。


「う、うん」


とはいえ直ぐに元に戻る。今も会話が出来るようだし大丈夫だろう。




サーシャは大丈夫そうだが、もう一人はどうだろうか。


「ケイト!」


倒れているケイトに駆け寄り、肩を揺するが、返事がない。


だが息はしているようで胸は上下している。


「気を失っているだけか」


念のため首に指を当てると脈はあった。確かに生きている。




みたところ出血をしている箇所はない。吹き飛ばされた拍子に頭を打ったのだろうか。


「どうしたの?」


魔術を使った時の状況を把握していなかったのだろうか。隠してもしょうがないので俺は正直にあの時の状況を伝える。


「お前の魔術に巻き込まれたんだ」


あの魔術で吹き飛ばされたのだが、サーシャは気が付かなかったのだろうか。




「見てなかった」


どうやらあの魔物しか目に入っていなかったようだ。


「止めろと言っただろう」


一応俺は止めたのだが。やはり強引に止めるべきだっただろうか。今更悔やんでも仕方がない。


「だって…」


あの魔物もかなり凶悪だった。あそこでサーシャが倒していなければどうなっていたかは分からない。




あの魔物を倒せたという意味では、サーシャが魔術を使ったのは成功だろう。


とはいえ一歩間違えればサーシャがケイトを殺していたのかもしれない。ここで叱っておくことは必要だろう。


「とにかく放ってはおけない。連れて帰るぞ」


とりあえずサーシャには一言言った。あまり長々と説教をしてもしょうがない。それよりもケイトの手当をする方が重要だろう。




「動かして大丈夫なの?」


サーシャも心配そうに見ている。怪我の状態によっては動かさない方がいい場合もあるが、そこまで重症には見えない。


「このままここで目を覚ますまで待つのか?」


正直なところ、俺には医学の知識は無い。動かして良いかどうかは分からない。だからと言ってここで放っておく訳にはいかない。




「それ何?」


サーシャが指差しをして、俺も気が付いた。


先ほどの爆発の影響でケイトの右腕の袖が捲れあがっている。それ自体は大したことではないが、気になったのはその右腕に包帯がまかれている事だ。


「怪我してたのか?」


ケイトは戦闘中に包帯を巻くような素振りを見せなかった。戦闘前から怪我をしていたという事だろうか。




「冒険者なら怪我ぐらいするでしょ」


サーシャの言う通り、怪我をしている事自体はおかしくないだろう。だがケイトに限って言えば別だ。


「僧侶なら自分の怪我ぐらい直せそうだが」


そういえばケイトが治癒魔術を使うのを見た事は無い。まさか使えないのだろうか。




「わざと治してないって事?」


そんな事があり得るのだろうか。目覚めたら本人に聞いてみよう。隠し事の多い奴だから素直に答えるかは分からないが。


「それ以外目立った外傷は無いから、俺が背負って家に連れて帰ろう」


腕の傷ぐらいなら運んでも問題無いだろう。




「あたし達の部屋に泊めるの?」


サーシャは若干嫌そうな顔をしている。


「目が覚めるまではそうするしかないだろ」


ケイトの部屋に届ける手も一瞬考えたが、流石に目を覚ますまでは俺達で面倒を見た方が良い。となるとケイトの部屋より、俺達の部屋に泊めた方が良いだろう。


とにかく、ここで考えていても仕方がない。




「一人にする訳にはいかないもんね」


サーシャもケイトを連れて帰る事を納得したようだ。


「念のためにあの魔物が死んでるか確認しよう」


あの魔術を受けて生きているとは思えないが、ケイトを背負ってから攻撃されたくはない。




 ●




サーシャの放った魔術により、地面には何かがぶつかったかのような窪みができており、その中心には屍というよりも消し炭となった黒い残骸が残っている。


肉の焦げた嫌な臭いが鼻を突いた。


ピクリとも動かない。流石にあの魔術には耐えられなかったようだ。


もはや原型のこっておらずただの炭にしかみえない。ここから再生する事は無いだろう。だがその中に金属が混ざっていた。


あのネックレスだ。




「これは燃え尽きなかったか」


魔物が死んで呪いが解除されたのか、それともあの魔物が原型を留めない程変質したからなのか、ネックレスを俺が持ち上げても何も起きなかった。


「それ、触って大丈夫なの?」


サーシャにそう言われてふと思いつく。よくよく考えてみれば、俺が呪われる可能性もあったかもしれない。




「大丈夫だぞ」


だが今のところ何も変化はない。呪いの効果が持続しているかどうかは分からないが、首に掛けなければ呪いが発動する事は無いだろう。


あの炎に包まれたのだ。まだ少し熱を持っていたが、持てない程ではなかった。


「そんなのどうするの?」


それを見ていたサーシャが俺に問いかける。




「持って帰るんだよ。ケイトが気にしていたからな」


何故これを気にしていたのかも聞きたい。


「プレゼントするって事?」


その言い回しに、他意を感じるのは気のせいだろうか。


「それは成り行きによるだろ」


ケイトはこのネックレスを欲しがるのだろうか。先ほどの話では魔物の反応を見るのが目的で、ネックレスを手に入れたいという感じでは無かった。その場合は俺が適当に店に売るなりして処分しよう。




「ふーん、成り行きによってはプレゼントするんだ」


おれの言葉を聞いたサーシャはさらに不機嫌になった。


「何だ、これ欲しいのか?」


そういえば、アクセサリーの類をサーシャは持っていない。今の俺達は金に余裕がないからそこまで手が回るはずもない。こういうのに憧れていたのだろうか。


「要らない」


だったらなぜ突っかかってくるのか。




「まさか、置いてけって言うつもりか? ここに残しておいても、仕方ないだろ」


俺が取らなくとも、誰かが持って行くだろう。それに前の持ち主は魔物であり、既に死んでいる。身に着けていた物を持って行ったところで、誰も文句は言わないだろう。


「だったら持ってけばいいでしょ」


一体何を気にしているのかはよく分からないが、とりあえずこれは持って行こう。


「最悪、売れば金になるだろ」


俺はこれを身に着けて使うつもりは無い。




「焦げてるのに?」


確かに焦げて色が変わっている場所もある。あまり高値では売れないだろうが、一応まだネックレスの体裁は残している。ある程度の金にはなるだろう。


「お前が焦がしたんだろ」


だがそれをやったのはサーシャ本人だ。


「そんな余裕なかったし」


まあ、元々の目的は魔物討伐だ。ネックレスが焦げた事をあまり責めても仕方ないだろう。


ネックレスを持ち帰る事にした俺は、その後


ケイトを背負って家に帰った。


帰り道、あのおかしな魔物の正体が何だったのか考えたが、答えが出る事は無かった。




 ●




家に帰ってしばらくして、ケイトが目を覚ましたのは日が落ちてからだった。


「気が付いたか?」


目が開いたケイトに対して俺は声を掛ける。


「ああ、はい。ここは?」


言いながら、ケイトは俺に視線を向ける。喋る分には問題無いようだ。




「俺の寮だ。今朝も来ただろう」


ケイトがこの寮に来るのはこれで二度目だ。


「ああ、そういえば戦闘の途中で…」


そう言ってケイトは上半身を起こした。体を動かす事もできるらしい。予想通り、気絶していただけのようだ。


「どこか痛い所はあるか?」


とはいっても、一応本人に確認する。


「少し頭が痛みますが特に問題は有りません」


結構な距離を吹き飛ばされていた。倒れた拍子に頭を打ったのかもしれない。




「頭だけか?」


俺が見たところ、特に怪我はしていないように見えたが、念のため他にも気になるところが無いか質問する。


「はい、他は大丈夫です」


言いながら、手で頭をさすっている。体は動くようだ。俺の言葉も理解しているし、話すのも問題無いようだ。




「なら大丈夫か」


怪我というのは冒険者にとっては日常茶飯事だ。あまり騒いでも仕方ないだろう。だが右腕について何も言わないという事は、あれは怪我ではないのだろうか。


「あの魔物は倒したのですか?」


右腕について聞こうと思っていたら、ケイトに先手を打たれてしまった。


気を失っていたから、トドメを刺したかどうかは分からないのだろう。とりあえずは状況説明をするのが先か。




「ああ、倒したよ」


ちゃんと死亡確認もした。あれは倒したと言って問題無いだろう。


「あの魔術でトドメをさしたのですか?」


衝撃で吹き飛ばされたとはいえ、ケイトはサーシャが魔物に魔術を使う瞬間を見ている。あれの威力について気になっているのだろう。




「そうだ」


まあ、隠してもしょうがないだろう。


「あの魔術は何ですか?」


そう言いながらケイトはサーシャの方に視線を向ける。


「何って言われても…」


サーシャはそんなケイトの態度に困惑気味だ。


「あれが俺達の隠し事って事だ」


口ごもるサーシャをみて、俺が代わりに答えた。




見られてしまったものは仕方がない。


それを聞いたケイトは俺に線を戻し、さらに追加の質問をしてきた。


「あの魔術を、サーシャさんが使えるという事ですか?」


俺の言葉が気に入らなかったのか、さらにケイトは顔をしかめた。


「そういう事になるな」


普段はあの魔術は使わないようにしている。みせると変な反応をされるからだ。


そして何よりも問題なのは、あの魔術をどうやって覚えたのかの説明がしにくい事だ。




「普通の人間は、魔術を思いついたりしないですよ」


それはもっともだ。


それを聞いて来るという事は、どこであの魔術を覚えたのか知りたいと言う事だろう。果たして話しても良いのだろうか。


「あの魔術は前にも使った事がある」


苦し紛れに、とりあえずまずは話せる情報を伝える。


「あの場で思いついた訳ではないという事ですか」


スーザンやイアンもあの魔術を見ている。いざとなればあの二人に証言してもらう事もできる。


「そういう事だ」


とはいえ、ケイトはあの二人とは面識がない。今はそこまで話さなくても良いだろう。




「では、最初に見たのはいつですか?」


当然それを聞いて来るだろう。


「それは…」


それにこれは俺だけで決められる話ではない。


サーシャに視線を送ると、やはり首を横に振った。あれは良い思い出ではない。あまり口外して良い話ではないだろう。


そのやり取りを横で見ていたケイトは、俺達に話す気が無いと悟ったのか次の話を始めた。


「もう一度聞きますが、サーシャさんは人間ですか?」


それはこの前も聞いた質問だ。


「当たり前だろ。俺の妹だぞ」


そしてこの前も否定したはずだ。




「本当に?」


まだ疑うのか。そこまで疑うという事は、あの魔術に関して何かを知っているという事だろうか。


つまり、何かサーシャが人間ではないという確証を持っているのか。


「何が言いたい?」


こちらも隠し事をしているとはいえ、ケイトもまた隠し事をしているのだろう。一体ケイトは何を知りたいのだろうか。




「どこかですり替えられた可能性は?」


そんな事か。


「容姿が変わったら気が付くだろ」


サーシャがあの魔術を覚えたのは誘拐があったタイミングだ。あのタイミングで別人と入れ替えられたという事はあるのだろうか。


いや、あの時点を境に挙動がおかしくなったのは両親のほうであって、サーシャはあの魔術を覚えた以外変わった事は無かったし、記憶も以前のままだった。


だから俺はサーシャの事をあれかも変わらずにサーシャとして接している。




「容姿を変える魔術を使う魔物も居ますよ」


まあ、そういう噂もある。実物を見た事は無いが。


「ずっと化けてるっていうのか?」


だとすると、今のサーシャはずっと魔物が化けた状態で、俺を騙しているという事になる。




「無いと言えるのですか?」


そんなもの、一体どうやって証明しろというのか。


「記憶もある。サーシャが偽物と入れ替えられてるなんて事はあり得ない」


サーシャが本人である証明というのはこれ位しかないだろう。


「ではあの魔術をどうやって覚えたのか話してください」


結局ここに戻ってくるのか。


「そっちこそ、あの魔術の何を知っている? なぜそこまで拘る?」


流石に今全てを話すのはできない。




「私が話せば、話しますか?」


このまま隠し事をしたまま話すのは無理があると思ったのか、ケイトが譲歩してきた。


「サーシャ、いいか?」


俺だけでは決められない




「そっちが先に話すなら」


それがサーシャの出した条件だった。


それを聞いたケイトは自信の秘密を話し始める。


「あれと同じ魔術を見た事があります」


あの魔術はサーシャ固有の魔術かと思っていたが、他にも同じ魔術を使う者がいるというのか。


「誰が使った?」


サーシャと同じような者が他にもいるという事か。

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