014_装飾品

魔物は俺達が攻撃する素振りを見せると突っ込んで来た。


どうやら、理由があって待伏せしていたわけではなさそうだ。 


だとしたら、一体何故立ち尽くしていたのか。何をきっかけにして攻撃してきたのか。


俺達の言葉を理解して、自分が攻撃されると分かったのだろうか。いたのだろうか。




「サーシャ! 俺が食い止めるから魔術を!」


相手の魔物は武器を持っていない。


だからと言って油断のできる相手ではないが、俺の短剣だけでも足止めぐらいは出来るだろう


「分かった」


サーシャは俺の指示通り、魔術の詠唱を始めた。それを見届けると俺は相手の注意を引き付けるために前に出る。




俺が短剣を向けたのが目に入ったのか、俺の前で魔物は足を止めた。


「なんだ、刃物が怖いのか? 魔物でも武器は判断できるんだな」


こっちの言葉を理解しているのかは分からないが、自分を鼓舞する意味も込めて声を出す。


「オオオオォォォォ!」


またしても雄たけびを上げる。


俺達を追い払うために威嚇をしているのだろうか。




とはいえギルドから依頼を受けている以上は引く訳にはいかない。


また来るのか。そう思い身構えたが、相手が取った行動は予想外のものだった。


口を大きく広げたのだ。


「何だ?」


口の奥から徐々に光があふれ出す。




そして口から火の玉を放った。


「くそっ」


咄嗟に横に避けて火の玉を躱す。


幸いにも速度はそれほどでもなかった。


俺が立っていた場所を通り過ぎ、火の玉はあらぬ方向に飛んで行った。




俺だけを狙ったのか、後ろに居たサーシャに当たる事は無かった。


「こいつ、火を噴くとかドラゴンか?」


とてもそうは見えないが。


「いえ、今のは恐らく魔術です」




そう言ったのはケイトだった。


「魔術ってことはこいつには、魔術を使う知能があるのか?」


魔術を使うには一定の知能を要する。ゴブリンなどの低級な魔物は魔術を使えない理由でもある。


「そうなります」


俺には信じられないが。


「じゃあアイツの正体は一体何なんだ?」


ギルドもその正体が掴めていないらしいが、ケイトなら何か分かるのだろうか。




「分かりません」


ケイトの回答はあっさりとしたものだった。


このクエストに行きたがっていた事と言い、何か知っているのかと思ったが、そうではないのか。


それとも、知っているが言いたくないのかもしれない。


「魔術を唱えているようには見えなかったぞ」


魔術の名前すら唱えずに魔術を発動させる事は可能なのだろうか。




「簡単な魔術なら無詠唱で唱えられる者は多いですよ」


詠唱無しで魔術を使う者がいるという話は聞いたことがある。


「アイツもそうだって言うのか?」


全く詠唱をする素振りは見せなかった。俺にはただ火を吹いているようにしか見えなかった。




「そうです」


しかし、ケイトにはあれが魔術だと分かるらしい。


「何故分かる?」


一体どうやって判別しているのだろうか。


「魔力の変化を感じましたので」


ケイトには魔力の変化が感じられたらしい。俺には全く分からなかった。一応盗賊とはいえある程度の魔術は使えるが、他人の魔力については感じる事ができない。


僧侶のケイトであれば盗賊の俺よりも魔術を使う事が多いため、魔力の変化が分かるのだろう。




「まさか他の魔術も使ってくるのか?」


詠唱無しで魔術を使えるという事は魔術を得意としている可能性がある。ファイアボールは魔術の中でも初歩の部類だ。もっと強力な魔術を使ってくるかもしれない。


「あり得ますね」


ケイトも俺の意見には同意のようだ。これは本当に俺達駆け出しの冒険者が相手をしても良い魔物なのか。




「一旦退くか?」


ギルドが事前に下調べをしているとはいっても常に正しい訳ではない。間違いが起きる事もある。しかも相手は正体不明の魔物だ。万一ギルドの見立てが間違っていたとしたら俺達の勝てる相手ではない。




そう考えると、逃げる事も考えた方が良いかもしれない。


「いえ、ここで倒しましょう」


ケイトはやけに好戦的だ。それはケイトの性格によるものなのか、それとも何かあの魔物について知っているのだろうか。




 ●




「何か策はあるのか?」


どんな魔術を使うか分からないと言うなら迂闊に近づくのは危険だろう。


「ネックレスを身に着けているのが見えますか?」


ケイトの言う通り、あの魔物の首にはネックレスが掛けられている。


「ああ、見えるな。見覚えがあるのか?」


服を着る知能があるなら、装飾品を身に着ける知能があってもおかしくはない。それほど驚く事ではないと思ったが、わざわざ指摘するという事はなにか思うところがあるのだろうか。




「いえ、まさか」


見た事がある訳ではないのか。


こうして俺とケイトが話していても、あの魔物は攻撃してこない。先ほどの攻撃は俺達を追い払う威嚇であり、殺すつもりは無いと言う事なのだろうか。


だからギルドはあの魔物の危険度が低いと判断したのか。




「あのネックレスが倒すカギになるのか?」


わざわざ今あのネックレスについて指摘をするという事は、何か重要な事を言うつもりなのだろう。


おれが盗賊である以上、やる事は決まっている気もするか。


「盗れますか?」


やはり、そう来るか。


「まあ、盗賊だからな」


盗むスキル位はある。盗賊でも初歩のスキルだ。




「お願いします」


あのネックレスに興味があるのだろうか。


「倒した後に回収すれば良いんじゃないのか?」


どうせこのまま魔物を倒すなら、倒した後に回収するのと、今盗むのとで何か違うのだろうか。


盗むスキルがあると言っても必ず成功する訳ではない。相手の強さによって成功率は変動する。あの魔物の強さはまだ測りかねているが、俺が盗みを成功させる事ができるかどうかは分からない。




「いえ、ネックレスが外れれば何か変化があるかもしれません」


目的はネックレスではなく、魔物にどう変化が起きるのかを見るという事か。だとするなら相手が生きている内に盗む事に意味がある。


「本当か?」


つまりあれはただの装飾品ではなく、何かしらに意味があるという事か。




「試してみる価値はあります」


ケイトは断言しなかったが、ここまで言うのは何か知っているのだろう。


クエストの目的は魔物の討伐であり、正体を探ったところで報酬が増える訳ではない。無理につき合う必要は無いが、隙を見て盗むぐらいなら大した手間ではない。


ここはケイトの要望に応えて恩を着せておくことにしよう。




 ●




正体不明の魔物は動きは鈍いが魔術を使う。


恐らく近づいてネックレスを盗むことは出来るだろうが、まだ何か切り札を隠しているかもしれない。何の策も無しに近づくのは危険だ。


「サーシャ、もう撃てるか?」


俺は振り返ってサーシャの様子を見る。


俺一人で近づくよりも、サーシャの魔術の援護でしてもらいながら近づいた方が、成功率は上がるだろう。




「いつでもいけるよ」 


どうやらサーシャはこちらの話を聞いてどうするのか決めるのを待っていたらしい。


「じゃあ俺があの魔物に近づくから、ここから半分ぐらいの距離まで近づいたら打ってくれ」


そう言うと、俺が走り出すよりも早く、魔物に動きがあった。




「オオオオォォォォ!」


再度魔物が雄叫びを上げて突進してきた。方向からして目標は俺だ。


「こっちの言葉を理解しているのか?」


俺達が攻撃する事を察して先手を打って来たのだろうか。


「どうするの?」


突如として魔物が動き始めたのを見てサーシャが再度指示を求めてきた。




「足元を狙って撃て!」


体を狙うと避けられる可能性がある。


それなら足元を狙って爆発に巻き込んだ方が突進を止める事も出来る。


「ファイアボール!」


俺の言葉を合図にサーシャが魔術を唱える。


サーシャの指先から火の玉が放たれ、魔物へ向かって真っすぐに飛んで行く。




魔物はその軌道を見て横に避ける。


直撃こそは避けたが、地面に着弾した火の玉が爆発し、熱と衝撃波が辺りに広がる。


「グググ」 


それから自身を庇うように魔物が腕で顔を覆う。


今がチャンスだ。




それを見た俺は一気に距離を詰め、ネックレスへと手を伸ばす。


しかし、不思議な感触があった。


そして、魔物と目が合う。


マズイ。やられる。


俺はネックレスから手を離し、距離を取った。




「ダメだ。取れなかった」


そして、近くにいるケイトに結果だけを話す。


しかし、今の違和感は何だ。


「掴むところまでは出来たように見えましたが」


サーシャは俺の困惑には気が付いていないようだ。




「くっついてるみたいだ」


まるで何かの力でネックレスがあの魔物に縫い付けられているかのようだった。何か仕掛けがしてあるのだろうか。


それ以上に気になるのは、あの魔物はネックレスを盗むのに失敗した俺を攻撃できたはずだ。何故か何もしてこなかった。


まさか、あえて俺にネックレスを盗られるのを待っていた? そんな事があり得るのだろうか。




「くっついているようには見えませんが」


確かに俺も見ただけでは、ネックレスは簡単に外せそうに見えた。


「実際そうだったんだよ」


だが明らかに手ごたえがおかしかった。


「まさか、呪われている?」


何かこのような現象に心当たりがあるのだろうか。




「呪い?」


教会は呪われて外せなくなった装備品の解呪を行う事がある。


それに、ケイトは元シスターだ呪いについては俺よりも詳しいだろう。


「装備品を外せないように呪いを掛ける事があります」


元シスターのケイトが言うのであれば、信憑性はある。




「ネックレスを奪われないように自分で呪いを掛けたのか?」


あの魔物は魔術を使える。という事は自分で自分に呪いを掛けるという事も出来るだろう。体何故そんな事をしたのかまでは分からないが。


「自分でかけたかどうかまでは分かりませんが」


他の誰かに掛けられたという可能性もあるのか。しかし、魔物に対して呪いを掛ける者がいるだろうか。




あるいは、犯人は人間ではなく魔物かもしれない。魔物同士の縄張り争いでもあったのだろうか。


「まあ、外せないなら倒すしかないか」


残念だが、これ以上ネックレスを盗る事に拘ると面倒な事になりそうだ。


「待ってください」


まだケイトは何か策があるようだ。


「まだ何かあるのか?」


これ以上何か出来る事があるのだろうか。




「呪いを外す事も出来ます」


そこまでする意味はあるのだろうか。


「アイツに解呪の魔術を?」


本気で言っているのだろうか。




「そうです」


ケイトの表情は、冗談を言っているようには見えない。


「何故そこまでする?」


そこまで危険を冒してまでする事だろうか。




「それは…」


そこまで言ってケイトは口を噤んだ。


明らかに何かを知っているような感じだ。


「知ってるのか? ギルドですら正体を掴めていないんだろ?」


ケイトが正体を知っているとは思えないが、何かを隠しているとしか思えない。


「正体までは分かりませんが…」


またしてもケイトは途中で言葉を切った。




「まさか、刻印の魔術と何か関係あるのか?」


ケイトが拘るとすれば、理由はそれしかない。


「まあ、そんなところです」


何とも煮え切らない返事だが、当たらずとも遠からずという事か。


「殺さない方が良いのか?」


あの魔物は生かしたまま、何か調べるという事か。




「できれば」


今のところ、あの魔物はそこまで強力な攻撃はしてきていない。今の状態であれば、瀕死にして弱らせるぐらいは出来る。


ならばここはケイトの提案に乗る事にしよう。

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