013_未知の魔物

ケイトに刻印を解除してもらった後、そのまま俺達三人はギルドに向かった。俺のような新米の冒険者は実入りが少なく、毎日クエストを消化しないといけない。


魔物の討伐クエストというのは、当然ながら討伐者に報酬が支払われる。




よって報酬を受け取れるのは討伐に成功した者だけであり、報酬を受け取るのは一人だけだ。複数人でパーティーを組んで報酬を折半する事はあっても、ギルドから見れば報酬を支払う相手は一人だけだ。


だからこそ討伐クエストは、すでに受注した者がいる場合にはその旨が記される。後からそのクエストを受ける事も可能だが、余程の事が無い限りは先にクエストを受注した者がクエストを成功させる。


後から受注したパーティーが、先行していたパーティーと協力して討伐を成し遂げるという話もたまに聞くが、そういうのは極一部だ。


「あ、このクエスト良さそう」


サーシャが掲示板に貼り出されているクエストの一つを指さす。




「お前、内容だけ見て言ってないか?」


サーシャが指さしたクエストはまたしてもゴブリン退治だった。今回のクエストは人数制限が無かったために三人でも受注は可能だが、俺としては避けたかった。


何故なら、ゴブリン討伐は手堅いが、報酬は大して高くない。それにこの前やったばかりだし、今日は他のクエストを受注したい。


冒険者といえど、同じクエストばかりというのは飽きる。




それにこのクエストには別の問題がある。


「だいたいこのクエストは受注済だろう」


既に他の者が受注した事が書いてあった。名前はスーザン。


「これ昨日の人?」


この前ゴブリン討伐でパーティを組んだスーザンだろう。




「そうだな。あの人ならゴブリンぐらい倒せるだろ。俺たちが行ってももう終わった後だよ」


レッドキャップ相手に一歩も引かなかった。あの人の腕なら一人でも大丈夫だろう。


「じゃあこれは?」


次にサーシャが指さしたのは魔物討伐だったが内容が不可解だった。


「ゴブリンのような、大型の人型魔物討伐?」


それは具体的な魔物の種類が分からないという事か。




ゴブリンは人型の魔物の中では比較的危険度が低いが、中には高度な知能を持った魔物もいる。


また、全ての魔物について詳細が分かっている訳ではない。定期的に新種の魔物が発見されている。


ではこのクエストの討伐対象が未知の魔物であり、危険な相手なのかといえばそれは違うだろう。 


クエストを発注するにあたり、ギルドも事前に下調べはしている筈なので、俺達のような駆け出しの冒険者が受注するクエストに、凶悪な魔物討伐を対象とするクエストが出ることは滅多にない。


つまり、未知の魔物ではあるが、新米の冒険者でも倒せる危険度の低い相手だとギルドは判断したのだろう。




「なんか気味悪いね」


それでも未知の魔物であるという点では変わらないため、サーシャとしては気持ち悪さを感じているようだ。


自分で選んだクエストに対してそれを言うのかという気もするが、中身を見ずに適当に選んだのだろうか。


報酬はそこそこある。金額だけ見ればゴブリン討伐よりは稼げる。そうは言っても未知の魔物であるというのは危険な気がする。




「じゃあ、このクエストは止めておくか」


俺としてはこのクエストに拘る理由はない。


報金額も重要ではあるが、未知の魔物と戦うというリスクを考えると割に合わない気がした。


そう思いながら他のクエストを探そうとすると、ケイトが口を開いた。


「いえ、このクエストにしましょう。」


ケイトはこのクエストに興味があるようだ。




「何が出て来るのか分からないんだぞ」


ケイトは未知の魔物について恐怖感はないのだろうか。


「凶悪な魔物だったら、駆け出しの冒険者に頼みませんよ」


ギルドのクエスト難易度設定を信じるならば、相手の危険度はそれほどではない。


「まあ、確かに」


ケイトの考え方も分かるが、サーシャの考え方も分かる。どうしたものか。




「うーん、まあ、そこまで言うなら」


意外にも、サーシャがあっさりと折れた。


サーシャが良いというのであれば、俺も拒否する理由はないが、それとは別に聞きたいとがある。


「ケイトは何故このクエストに行きたいんだ?」


普通は未知の魔物と聞いたら避けるような気がする。どちらかと言えばサーシャの考え方の方が一般的だろう。


「未知の魔物に興味が無いんですか?」


ケイトからすれば恐怖感よりも好奇心の方が勝るという事だろうか。




「危なそうだとは思うだけで、行きたいとは思わないな」


俺としても、サーシャがこのクエを選んだりしなければ、自分ではこのクエストを選ばなかっただろう。


「報酬はそれなりですよ」


それを言うならば、未知の魔物を相手にそれなりの報酬というのは割に合わない。弱い相手である可能性もあるが、強い相手である可能性もある。




何が出るか分からないのであれば、それなり以上の報酬でなければ危険度と噛み合わない気がする。


だがケイトとしてはギルドの難易度設定を信じると言う事なのだろう。


「じゃあ行って見よう」


他によさそうなクエストも無い。とりあえず俺はこのクエストを受ける事にした。




 ●




クエストに指示された場所に着くと、程なくしてその魔物は見つかった。


「確かに変だな」


クエストの概要欄に書かれていた通りその魔物の様子は奇妙だった。


二本の足があり、二本の腕がある。その風貌は人間に近く、身長も成人より少し高い。人型の魔物と言って問題ないが、背丈からしてゴブリンではない。かといってオーガにしては随分と小柄だ。




「何なんだあれは」


何より奇妙なのは人間の服を着ているように見える。


さらに体のサイズにあっておらず服の大半は破れている。加えて首には魔物には似つかわしくないネックレスが掛けられていた。




「無理矢理服を着ようとしたのかな」


サーシャがそんな事を言った。ゴブリンは人間の武器を盗んで使う事はあるが人間の服を着用するという話は聞いたことは無い。


「だったら持ち主は殺されたのか?」


それに、仮に人間から服を奪ったとするなら、その持ち主は殺されている可能性が高い。そうなるとあの魔物は人間を殺したことになり、危険度は高くなる。ギルドがそんな相手を危険度を低く設定するだろうか。


それに服を奪うと言うことは、それなりに知能があるのだろうか。


そんな事を考えながら正体不明の魔物を見ていると、こちらと目が合った。


相手の動きが止まる。どうやらこちらと同じぐらいの視力はあるようだ。


俺はダガーを抜き身構えるが、相手は棒立ちのままだ。




「どういうことだ?」


普通の魔物なら逃げるか、攻撃してくるか、何かしら行動を起こすはずだが、何もしない。


あまり好戦的な性格ではないのだろうか。


「どうする? 攻撃する?」


サーシャも杖を構えて攻撃態勢に入る。


「いや、何か変だぞ」


このまま攻撃しても良いのだろうか。


魔物とはいえ無抵抗の相手を攻撃するというのは若干気が引けるが、ギルドからの討伐依頼を受けている以上は、見逃すという訳にはいかない。


相手の様子に戸惑っている俺に対してケイトが口を挟む。




「放っておいたら逃げられて面倒になるのでは?」


そういえば、これはケイトと行く初めてのクエストという事になる。ケイトの腕を見せてもらういい機会だ。


「ケイト、何か攻撃魔術はつかえるか?」


本来シスターは回復に特化しているが、高位のシスターになれば攻撃魔術も使えると聞いている。教会に仕えていた元シスターであれば、何か攻撃魔術も使えるのかもしれない。




「私は回復と補助は使えますが、直接攻撃する魔術は使えません」


残念ながら俺の期待は外れたようだ。空振りだったようだ。


「補助ってどんな魔術だ?」


それでも補助が使えるというのであれば、試してもらいたい。




「目くらましの閃光はできますよ」


それなら良いかもしれない。だが今は距離が離れている。閃光で怯んだところを攻撃するなら近づいてから使った方が良い。


「だったらもう少し近づくか」


相手が逃げたりしなければいいが。


そんな事を考えていると、サーシャは別の意見を言ってきた。




「仲間を呼んだら面倒だよ」


魔物の中には群れで行動する習性を持つ種族もいる。ゴブリンはその典型だろう。そして群れを作る種族は仲間を呼ぶ習性を持つ事もある。


今まで発見されていない魔物であれば、そんなに数が多いとは考えにくいが、絶対に無いとも言い切れない。


下手に様子見をするよりも、さっさと仕掛けて終わらせた方が良いのだろうか。しかしだからといって近づいても大丈夫なのだろうか。




しかし、近づかなければ俺は攻撃できない。


このまま距離があるままサーシャの魔術だけで攻撃すべきだろうか。


そんな事を考えている間も、相手の魔物は動く気配は無い。ただこっちを見ている。


こちらをおびき寄せるためにわざと棒立ちしているという可能性もある。


だとすると下手に近づかない方が良い。




「サーシャ、ここからファイアボールは届くか?」


考えた末に、こちらから先手を打つことにした。


「届くよ」


この距離でも行けるようだ。


「じゃあ、やってくれ」


向こうが動かないと言うなら、魔術での遠距離攻撃を仕掛ければいい。それでも動かないのなら、サーシャの魔術の餌食になるだけだ。




「いいのかな」


無抵抗な相手に攻撃するという点に、サーシャも罪悪感があるようだ。


「相手は魔物だぞ」


それでも相手は魔物だ。遠慮することは無い。俺はそう考えていた。


「オオオオオオオォォォ!」


突如として、魔物が奇声を上げて、こちらに走って来た。

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