011_実験

刻印を放置したらどうなるかなど知る訳が無い。


ケイトもそれが分かった上でこの場での主導権を握るために、あえて言ってきたのだろう。


「どうなるんだ?」


ケイトにそう言わされているようで癪だが、聞き返すしかない。




「私も知りません。何も起きないといいですね」


とても信じる気にはなれない。明らかに何かを知っている。


「お前な」


そうは言ってもケイトはこれ以上の情報をケイトが俺達にしゃべるとは思えない。




「でも私はそれを消せます」


なるほどそういう事か。


消して欲しかったら言う事を聞けと、そう言いたいのだろう。


「消せますって、消す約束だっただろ」


しかし、元から刻印を消すと言う約束をしていたはずだ。




「しましたね。そして私は刻印を消しました。その後、サーシャさんがもう一度刻印を付けた。再度消す約束はしてませんよ」


そう来るのか。


「おいお前、約束が違うだろ」


こちらとしては騙された気分だ。




「私が刻印を消したら、もう一度刻印を付ける。そういう約束です。もう一度消す約束はしてません」


確かに、言われてみればそうだったかもしれない。


「二回目は消さないっていうのか?」


なるほど。二回目をやるかやらないかはケイト次第。今の主導権は完全にケイトにあるという事だ。




「消してもいいですが、条件があります」


つまり追加の条件か。


「今度は何だ?」


ここは聞くしかない。




「私をパーティーに入れてください」


そう来るのか。


「何のために?」


一応理由を聞いておこう。




「私はその魔術を研究しています」


それであのシスターはケイトに会いに行くようにいったのか。とはいえ一体何故あの魔術を研究しているのか、何故教会にいないのか、まだまだ足りない情報が多いが、それは聞いても素直に答えないだろう。


「自分で覚えて使おうっていうのか?」


とりあえずあの魔術を研究してどうするのかを聞いておこう。




 恐らく俺達に近づいて、魔術の情報を聞き出そうという事だろう。それでも正面から聞いても答えそうにないため、パーティーを組むことで俺達の素性を調べようという魂胆だろう。


「それは違います」


本当だろうか。にわかには信じがたい。


「なら、研究してどうするつもりだ?」


自分で使うつもりがないなら一体何故研究しているのか。




「それは、サーシャさんがどうしてその魔術を覚えたか教えていただければ、こちらも話します」


一体何に拘っているのか。とはいえ、今の状況で、サーシャが昔誘拐された話をしても良いのだろうか。


まだそこまでケイトを信用できていない。それに、ケイトとパーティーに入れるというのもどうなのだろうか。


「秘密を話せとは言わないんだな」


まあ、秘密を持っているのはお互い様か。




「どうせ話さないのでしょう」


もちろん、俺達の過去を正直に話すつもりは無い。


「お前をパーティーに入れるメリットがあるのか?」


ケイトはサーシャの秘密を探りたいのだろうが、俺としてはこの魔術さえ解除できればケイトの秘密を探ろうとは思わない。これは対等な取引なのだろうか。




「私は刻印の魔術をサーシャさんが使える事を知っています。私を近くに置いて監視しておいた方が良いのではないですか?」


それは言い方を変えれば、パーティーに入れなければサーシャの秘密を暴露すると言っているようなものだ。


「サーシャ、お前はどう思う?」


パーティーに入れるとなると、俺だけの話ではない。サーシャの意思も聞く必要がある。




「あたしは構わないよ」


嫌がると思ったが、サーシャは肯定的だった。


自分の魔術が自分では解除できない事に負い目があるからかもしれない。


「ではよろしくお願いしますね」


果たしてケイトを信じていいのだろうか。




 ●




ケイトの思い通りに事が進んでいるようで、何とも言えない不安が残っているが、こちらとしてもまずやる事を済ませておこう。


「じゃあとりあえず、これをもう一度消してくれ」


そう言って俺は腕を差し出す。


「せっかくなので消す前に、良い事を教えましょう」


だがケイトは消す前に何か言う事があるようだ。




「なんだ?」


嫌な予感がする。


「これの効果ですよ」


どうやら有益は話をしてくれるつもりらしい。


「それならサーシャから聞いてる」


だが、俺は既にそれをサーシャから聞かされている。今更聞いたところで驚いたりしない。




「本当に?」


ケイトは俺の言葉に対して懐疑的だった。


それはつまり、ケイトはサーシャが嘘を言っていると言いたいのだろうか。


「まあ、あなた方は仲がよさそうなので、仮にこれがあったところで問題はなさそうですが」


まあ、俺はサーシャに居場所がバレたところで、何か困る事は無い。




「あたしからこれの効果について話そうか?」


ケイトの言葉に対して、サーシャが自分から効果の説明をしようとしはじめた。


「まて、サーシャ。ケイトがどこまで知っているのかを確かめたい」


本当にケイトがこの魔術について詳しいなら、サーシャと同じことを言う筈だ。


今はサーシャに説明させるよりも、ケイトがどこまで知っているのかを見た方が良い。




 ●




俺の思惑を知った上で、自分の情報に自信があるのかケイトは説明を始めた。


「これの効果は二つあります」


そう言いながらケイトは人差し指と中指を立てて見せた。


「二つも?」


俺がサーシャから聞いたのは一つだけだ。




「既にあなたの知っている情報と違うようですね」


俺の反応で、俺の心中を察したようだ。


「それは…」


さて、正直に言っても良い事だろうか。今はまだケイトの出方を見たいところだ。


「一つ目は掛けた側が相手の位置が把握できます」


そう言うと同時に、ケイトは中指を曲げる。




しかしこれは先ほどの俺とサーシャとの会話を聞いていれば推測する事は可能だ。これだけでケイトを信じる事はできない。


「どれぐらい正確に分かるんだ?」


一応どこまで詳細な情報を知っているのか確かめさせてもらおう。


「術者の力量にもよりますが、近ければ詳細な場所まで分かり、ある程度離れてもぼんやりとした方角は分かります」


残念ながらサーシャから聞いた話よりも詳しい話は聞けなかった。




「それはもう知っている」


サーシャから聞いた通りの話だ。


「そうですか」


俺の言葉を聞いてもケイトが顔色を変える事は無かった。


「二つ目は?」


サーシャが言わなかった、もしくは知らなかったもう一つの方が気になるところだ。




「相手に命令に強制的に従わせる事ができます」


その言葉を聞いたサーシャは居心地が悪そうに目を逸らした。


それで教えるのを渋ったのか。


つまりサーシャはこの効果がある事を知っていて隠していたという事だ。


「サーシャ、知っていたのか?」


今の反応で聞くまでもないかもしれないが、本人の言葉を聞きたいところだ。




「知ってたよ」


まあ、本当の効果を知ったら俺は実験台になるのを拒否していただろう。隠すのも無理はないか。


そのやり取りを見て、ケイトが言葉を続ける。


「どうやらこれはギャレットさんには知らされていなかったようですね」


誰が見ても今の会話で状況は察するだろう。




つまりはケイトはサーシャが隠していたこの魔術の効果を知っていたという事になる。


「ケイトはこの魔術を研究してるだけで使えないんだよな」


サーシャの反応をみれば、ケイトが言っている事は間違っていないのは確かなのだろう。


「そうですよ」


そうなると一つ聞きたい事がある。




「どこでこの魔術を知ったんだ?」


まさかサーシャから聞いた訳では無いだろう。


「それはまだ話せません」


全てを話す気は無いようだ。




「秘密の多い奴だな」


俺達もケイトに言えることではないかもしれないが。


「それより、試さなくていいんですか?」


俺の嫌味など意に介さずケイトは話を進めようとする。




「何を?」


今更何を試そうと言うのか。


「実際に命令に強制の効果があるかですよ」


部屋に入った時のやり取りを聞いて、この魔術でサーシャが俺の居場所を認識していた事はケイトも分かっているのだろう。


だが命令を強制する効果は見せていない。


そもそも俺自身も体験していない。




「どうせ消すんだろ?」


それに、あえて体験しようとも思わない。


それよりも、早く刻印を消したいという思いの方が優先されている。


「私は見てみたいです」


やはりこの魔術に対して何か研究する理由があるのだろう。


面白がっているという訳では無く、研究対象としてサーシャがどこまでこの魔術を使えるか確認しようとしているのだろう。




「命令した後に何か起きるのか?」


魔術によっては代償を伴うような物もある。


実験台になる側としては、何が起きるのかは事前に知っておきたい。


「起きませんよ。私の知る限りでは」 


断言はしなかった。俺よりも詳しいとはいえ、全てを知っている訳では無いようだ。




「微妙な言い回しだな」


今の言い方で、俺が率先して実験台になると思ったのだろうか。


「私もあの魔術を研究し尽くした訳ではないので」


魔術にかかっている側としてはあまり余計な事はしたくないが、ケイトの様子から試さないと解除する気はなさそうだ。




残念ながら今話の主導権はケイトにある。


「サーシャお前はどうなんだ?」


黙って聞いていたサーシャにも話を振ってみる。


「試したい」


使う側のサーシャならそう言うだろう。


あとは使われる側の俺が覚悟を決めるだけか。




まだケイトを完全に信用する事はできないが、教会から紹介されるという事は悪人という事はないだろう。


悪い事が起きるのであれば実際に使うよう勧めたりはしないだろう。


何か隠し事があるようだがそれは俺達も同じだ。きっとこの効果を試しても悪い事が起きたりはしないだろう。


「ならやってみろ」


俺は覚悟を決める事にした。


それに、サーシャならあまり変な命令はしないだろう。


「座って」


ケイトが、そう言うと本当に俺はその場に座ってしまった。




「なんだ、今の感覚は」


自分の意思とは関係なく体が動くというのは、おかしな感じだった。まるで見えない何者かに体を無理矢理押されているような感覚だった。


「今、魔力を消費したような気がする」


術者であるサーシャにも変化があったようだ。


「これは魔術の一種です。命令すれば、相手に行動を強制しますがその分魔力を消費します」


それに対して、ケイトが補足を付け加える。




「そうなんだ」


ケイトの言葉が嘘ではない事はサーシャ本人が一番よく分かっているのだろう。


「もう分かっただろ」


だったらこれ以上続ける必要はない。そう言いながら俺は立ち上がる。座り続けるという命令ではなかったため、立つことは問題なかった。




「魔力があれば何回でも命令できるの?」


何か、サーシャが不穏な事を言い始めた。


「そうですね。私の知る限りでは」


今、ケイトの表情が曇ったように見えたが気のせいだろうか。




「じゃあ、刻印がある限り何回でも命令できるって事?」


ケイトの表情の変化に気が付かないのか、サーシャは嬉しそうに言葉を続ける。まだ他にも試したい事があるという事だろうか。


「複雑な命令になると、使う魔力は多くなりますよ」


相手の体を動かす事に魔力を使うのであれば、体の動かす量が増えればそれに比例して使う魔力も増えるのだろう。




「でも魔力を使えばどんな命令でもできるって事でしょ?」


一体何を企んでいるのか。


「まあ、覚えたてであればそこまで難しい命令はできないかもしれませんが」


紫炎の魔術を一発使ったら魔力切れになるようなサーシャが、そんな大層な命令はしないと思うが。




「じゃあ、空を飛んで」


いきなり凄い命令が来た。


「おい」


空を飛ぶとはいったいどの程度の事を想定しているのだろうか。そもそもここは室内だ。いきなり外に走り出して空に向かって飛び上がったりするのだろうか。


そんな事を考えながら、思わず身構えるが何も起きない。




「実行不可能な命令は出来ませんね」


ケイトが冷静に答える。


「確かに今のは魔力を使った感じが無かった」


つまりは不発だったという事か。




「もういいだろ。早く終わらせよう」


これ以上つき合っていると面倒な事になる気がする。


「どこまで複雑な命令が出来るか試してみては?」


残念ながら、ケイトはまだこの魔術が見たいようだ。研究している立場であればそうなってしまうか。




「うーん、中々いいのが思い浮かばない」


サーシャも術者として、自分がどこまでできるのかは知っておきたいのだろう。


「ケイトも少しは止めたらどうだ?」


ケイトにも止める側にもらいたいのだが。




「私にとってこの魔術は研究対象ですので、使ってもらえる方が有難いですよ」


やはりそうなるか。


「もし変な命令だったら、どうするんだ?」


あの魔術がどこまで強力かはしらないが、先ほど命令された時は逆らえなかった。次された時はどこまで対抗できるか試してみるつもりだが、かなり強い力で体を動かされる感じがしたので恐らく俺の意思で止める事はできないだろう。




「実行するのはあなたでしょう」


ケイトは命令対象が俺である以上、自分がまきこまれる事は無いと思っているよう。・


「巻き込まれても知らないぞ」


俺の近くにいるという事は巻き込まれるという可能性もある。




「あ、そうか」


サーシャが目を輝かせながら手を叩く。


「何が『そうか』なんだよ」


明らかに良からぬことを思いついたのだろう。だが今の俺には拒否権は無い。




「じゃあ、ケイトにキスしてみて」


その言葉を聞いた途端、何かに動かされるように、またしても体が勝手に動く。抗おうとするが、俺の意思より魔術の方が勝った。


結果的に、俺はケイトの言葉通に従う事になる。




「なっ!?」


ケイトの驚いた表情が見える。それでも体は止まらない。


ケイトの両肩を掴み、俺は顔を近づけていき、


「ストップ」


サーシャの言葉で、体が止まった。




「おい…」


その言葉だけが口から出た。


「これはできるんだ」


人の気も知らずに、サーシャは感心している。


しばし何とも言えない沈黙が流れるが、ケイトが口を開いた。




「いつまでそうしているのですか」


ケイトは冷めた目で俺を見ている。


「動けないんだよ」


ストップという言葉に対しても魔術が発動したようだ。これもまた強引に体をうごかそうとしても全く動かない。




「もういいよ」


サーシャのその言葉でふっと体が軽くなった。俺はケイトから体を離す。


「危なかった」


思わずそんな言葉が口から漏れた。


それを聞いたケイトがつかつかと俺の近くまで歩いてきた。


かと思ったのもつかの間、無言で俺に平手打ちした。




「おい」


俺が一体何か悪い事をしたのだろうか。


「何ですか?」


だがケイトはまるで叩いたのは当然だとでも言いたそうだ。


もしかして俺が襲い掛かったと本気で思っているのだろうか。


刻印の魔術について詳しいなら、俺がサーシャに操られてああなった事は分かっている筈だ。




「今のは好きでやったんじゃない」


何故かもう一発叩かれた。

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