010_駆け引き
残念ながら教会は空振りだったが、代わりに冒険者のケイトを紹介された。そして今そのケイトを俺達の寮に招き入れ、事情を説明する事になった。
最初に口を開いたのはケイトだった。
「あの魔術をどこで?」
昨日のイアンと同じことを聞いている。
「え、いや、あの」
案の定、サーシャは言葉に詰まっている。まあ、昨日イアンとあんな事があったから話して良いかどうか迷っているのだろう。
それに俺がケイトを連れて来る事をサーシャは知らなかった。心の準備ができていないというのもあるだろう。
「話しづらい事ですか?」
それをケイトは話したくない事を言い淀んでいると思ったようだ。
「そうじゃないけど」
話しても良いのかという問いかけをするように、サーシャが俺の方を見る。
「あなたは知っているのですか?」
それに釣られるかのように、ケイトも俺に話を振って来た。
「自力で覚えたってさ」
サーシャの代わりに俺が答える事にする。
「誰かに教えてもらったり、魔術書を読んだわけではない?」
まあ、魔術の覚え方としてはケイトの言うやり方の方が一般的だろう。
「ああそうだ」
だがサーシャはそうでは無かった。
「では何故あなたに魔術を使ったのです?」
それは簡単な答えだ。
「覚えたから試してみたくなったんだ」
俺はあまり乗り気ではなかったが。
「つまり覚えた直後に試したという事ですか?」
それを聞いて一体どうするというのか。
「そうなるな」
解除するにはこの魔術を使った状況が重要なのだろうか。とりあえずこの辺りの話は隠す必要は無いだろう。
「使って見せてもらえますか?」
そう思っていたら、ケイトがおかしな事を言い始めた。
「会わせればいいって話じゃ無かったか?」
確かケイトの家で聞いた条件は合わせる事だったはずだ。
「本当に彼女があの魔術を使ったのか確認が取れていません」
確かにそれはその通りだが、一体何を気にしているのか。
「それを言うならお前は本当にこれを消せるのか?」
確認が取れていないというのは、こちらも同じだ。
「分かりました。それなら私がそれを一度消します。その後にこの刻印を付けるところを見せてください」
ケイトは交換条件を出して来た。確かにその条件なら、お互いに確認が取れる。
「刻印?」
この模様の事を刻印と言ったのか。
「私はそう呼んでいます」
何とも微妙な言い回しだが、少なくともこの魔術については知っているようだ。
「刻印というのが正式な名称なのか?」
俺にとっては未知の魔術だったが、この魔術の呼称を知っているという事は俺よりも詳しいのだろう。
「私がそう呼んでいるだけです。正式な名称があるかは分かりません」
そう思っていたのだが、本人が独学でこの魔術を研究しているだけのようだ。
「サーシャはそれでいいか?」
俺としては構わないが、もう一度刻印の魔術を使う事になるのはサーシャだ。本人の意見を聞いた方が良い。
「あたしは構わないよ」
サーシャもそれでいいようだ。
「分かりました。では最初に私が消します」
意を決して、ケイトが俺の方に向き直る。
「じゃあ頼む」
俺は刻印が出来ている右腕を差し出した。
ケイトは左手で俺の腕を掴み、右手で刻印の上に手を翳した。
その手から淡い光があふれ始める。それは教会でシスターが使った魔術と似ているが、あの時より若干光の色が青く見たような気がした。
「アンチスペル」
ガラスが割れるような音と共に、わずかな痛みが走る。
ケイトが右手をどけると、そこにあの刻印は消えていた。
「本当に消せるんだな」
疑っていたが、あの魔術を消せるというのは本当だったようだ。
「上手くいったみたいですね」
それを見たケイトもまた安心しているようだが、何となく気になる言い回しだ。
「上手く行かない場合もあるのか?」
失敗する事もあるという事だろうか。
「まだこの魔術は研究段階です。必ず成功する訳ではありません。特に術者の力が強い場合は解除できない事もあります」
確かにケイトの使った魔術は俺も聞いたことがない。個人的に研究している魔術というところなのだろう。
「なるほど」
まあ、サーシャは覚えたてだから、解除出来たのだろう。
むしろここで解除できなかったら面倒になっていたのだから、これで良かったのだろう。
「さあ、次はサーシャさんの番です」
そう言いながら、ケイトは俺から手を離して距離を取った。
しかし、この魔術を見て一体どうするというのか。
「いくよ」
サーシャが俺に向かって人差し指を向け、その指先に紫の炎が灯る。この前見た時と同じだ。続けてサーシャが魔術を唱えた。
「カーズ」
それを合図に指先から炎の玉が俺に向かって放たれる。
俺はそれを右腕に受けると、そこは刻印が出来ていた。俺からすればこの前見た時と全く同じ現象だ。
「嘘じゃ無かっただろ」
俺が言うのも変かもしれないが、俺は刻印が刻まれた腕をケイトに向かって見せた。
「本当に、あなたが術者なのですね」
その顔には複雑な感情が宿っているのか分かる。ただの好奇心で見た訳ではないのは容易に想像が付く。
「そうだよ」
サーシャは短く、そう答える。
「これを自分で覚えたというのも事実ですか?」
ケイトはまだ、その部分はまだ疑っているようだ。
「そ、そうだよ」
ケイトの聞き方に何か感じる事があったのだろう。サーシャはどもりながら答えた。
「では、率直に聞きましょう」
やはり魔術に対して知りたい事があるのだろう。
「何?」
ケイトは真顔で、まるで冗談のような言葉を言い放った。
「あなたは人間ですか?」
●
ケイトの言葉を聞いて、サーシャは黙り込んでいた。
ケイトの表情からして、サーシャを貶める意図があっての発言ではなく、本気で疑っているのだろう。
それは俺でも分かる。恐らくサーシャ自身もそれを感じているのだろう。
「人間だけど…」
絞り出すように、サーシャはそう答えた。
そうは言ってもケイトの様子からして、それを聞いただけで引き下がるとは思えない。
「あなたに自覚が無いと言うだけでは?」
やはり、ケイトはサーシャの言葉をそのまま信じるつもりはないようだ。見かねた俺が割って入る。
「おい、俺という兄弟も居るんだぞ」
悪気はないのだろうが、それを正面から相手に言うのは失礼だろう。このままだとサーシャが泣き出しかねない。
「では、ギャレットさんが、ケイトさんは人間であると保障できるのですか?」
一体何がケイトをそうさせるのかは分からないが、サーシャが人間ではない事を本気で疑っているようだ。
「当然だ」
サーシャは血の繋がった妹であり、生まれた時から知っている。
「ご両親は?」
まあ、人間である事を知りたいならこの質問は当然だろう。だが俺とサーシャは今は冒険者であり、半ば強引に両親の下から離れた。
会わせろ言われると面倒になる。
「死んだ」
説明するのが面倒な時はこう言うに限る。そもそも両親から逃げるように妹を連れて出てきたなんて言ったら、余計な首を突っ込んでくるのは目に見えている。
俺の言葉を聞いたケイトは表情を変える事無く思案している。俺の言葉を疑っているのかもしれない。そしてしばらくの間があって次の言葉を放った。
「ではあの魔術を覚えた時の詳しい状況は?」
俺達の両親に付いてそれ以上聞くつもりはないようだが、ケイトが自分で覚えたという点は納得できないようだ。
「魔物を倒したら覚えたんだよ」
そう答えたのはサーシャだった。
これは嘘ではない。サーシャの言葉を信じるという前提だが。とはいえあそこでサーシャが俺に嘘を付く理由も無い。
「その魔物を倒した時に何か変わったことは?」
あの時は特段変わった事は無かった。
いや、紫炎の魔術を使ったという事が原因なのかもしれない。そういえば刻印の魔術を覚えるよりも前に、紫炎魔術をサーシャが覚えていたという事実を、ケイトにはまだ話していない。
そこまで話してしまってもいいのだろうか。
「お前、何を知っている?」
俺にはケイトが、明らかに何かを聞き出そうとしている。
「そちらこそ、何を隠しているのですか?」
どうやら、両親が死んだというのは嘘であると察しているのだろう。あるいは、刻印の魔術について、俺達の知らない何かを知っている。それがサーシャにも当てはまるかどうかを確認しようとしているのだろう。
「話したくない事もある」
特に両親の話は。
「そうですか。そちらにも事情があるのでしょう。無理に聞き出そうとはしません」
ケイトとしても、無理強いをするつもりはないようだが、一応こっちからも牽制をしておこう。
「そっちだって、何か隠してるんじゃないのか?」
何故元シスターなのかとか、俺にも聞きたい事はある。その辺りの事情が分かるまで全てを話すのは無理だ。
「ところで、刻印を消さないとどうなるか知っていますか?」
これ以上話を聞くのは諦めるのかと思ったら、半ば脅しともとれるような事を言い始めた。
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