009_元シスター

俺は地図を頼りに目的の場所に付いていた。


この魔術はあのシスターには解除できないのに、教会の外にそれを解除できる人物がいる。さらにシスターはその正体を語ろうとしなかった。


あのシスターが魔術を解除できないフリをしてあえて俺をこの場所に誘導したという可能性はあるだろうか。いや、それは考え過ぎか。そんな事をする理由が無い。




地図の書かれた場所は、冒険者向けの寮だった。


町にはいくつか冒険者の寮がある。俺達が使っているのとは別の寮だ。


問題の人物は教会仕えを辞めて冒険者になったという事か。




俺は手書きの地図に書かれていた部屋番号の前までいってノックをする。


扉の向こうで声がする。どうやら在宅中だったようだ。


扉が空くとそこには俺と同年代らしき少女が居た。




「どちら様ですか?」


見たところ普通の少女にしか見えない。


「教会のシスターからこの場所を案内された」


とりあえず状況を説明する。


「どのようなご用件で?」


少女の声色が若干変わる。という事は、この少女自身、教会から案内をされるような心辺りがあるのだろう。




「これを治してもらいたい」


そう言いながら俺は腕に浮かび上がった模様を見せた。


「これは…」


それを見た少女は目を見開き、驚きを隠せないようだった。


「見覚えがあるのか?」


明らかに何かを知っていそうなリアクションだ。


「とりあえず中に入ってください」


解除魔術を使って直ぐに終わりだと思っていたが、魔術の準備が必要という事だろうか。


俺は相手の招きに応じて部屋に入った。




 ●




そこは冒険者の部屋であり、中には最低限の物しかなかった。


俺と同じ駆け出しの冒険者なのだろう。


「ところでお名前は?」


そういえばまだ名前を言ってなかった。


「俺はギャレット」


とりあえず名前を名乗る。


「私はケイトです。そこに座ってください」


ケイトの勧めに従い、俺は部屋の中にあった椅子に座った。




ケイトは俺の横で屈み、俺の腕にある模様を見ている。


「痛みはありますか?」


医者みたいな事を言う。


「無いな」


サーシャにこの模様を付けられてから、特に痛みを感じた事は無い。


「触っても?」


ケイトは恐る恐る俺の腕をのぞき込む。




「構わないぞ」


俺の答えを聞くと、彼女は俺の腕に浮かび上がった模様をなぞる様に触った。別に模様のある場所が硬くなったりしている訳ではない。本当に単純に模様が浮かび上がっているだけだ。


「これは、どこで?」


教会のシスターと同じ反応だ。


「魔物と戦っていたらこうなった」


俺はシスターに言ったのと同じ事を言った。




「その魔物の特徴は?」


ケイトはさらに質問を重ねる。


「レッドキャップ」


またしても俺は嘘を付いた。昨日レッドキャップと戦った事自体は嘘ではないが、レッドキャップは魔術を使わなかった。


「魔術を使うレッドキャップというのは聞いたことがありませんが、本当ですか?」


流石に冒険者であれば、それぐらいの事は知っているか。




「どこでこれが付いたかが、そんなに重要なのか?」


それでも、まだケイトが信用できる人物かどうか分からない。妹の事を言うのは止めた方が良いだろう。


「教えてくれなければ治す事はできません」


そもそも治せるのだろうか。


「術者が誰か、そんなに重要か?」


これを治せるかどうかと、これを誰が使ったのかは、そんなに関係性の深い事なのだろうか。




「ええ、重要です」


ケイトは俺の目を見てハッキリとそう言った。


「それは教えないと治せないのか?」


何か不穏な空気を感じる。


仮にケイトがこの魔術を解除する事ができる魔術を使えたのならば、それを今使えば話は終わるような気がするが、一体何故術者をそこまで気にするのか。


「見た事のないおかしな魔物にでも会ったんですか?」


一体何の話だろうか。




「そういう訳じゃない」


ケイトが何を言いたいのかよく分からないが、昨日戦ったのはレッドキャップとゴブリンだけだ。


「だったら何故教えるのを渋るのですか?」


それは妹を守るためだが、それを正直に話しても良い相手かどうかまだ分からない。


「俺にもいろいろ事情があるんだ」


面倒だ。朝起きたら付いてたとか言った方が良かったか。




「まさか、これを付けたのはあなたの知り合いなのですか?」


勘のいい奴だ。


誰がこの魔術を使ったのか言おうとしない俺をみて、俺が術者を庇っていると思ったのだろう。そしてその予想は当たっているのだが、果たして正直に話した方が良いのだろうか。


「妹が覚えたての魔術を俺に試した」


現時点で、ケイト以外にこの魔術を解除できそうな方法は無い。ここはケイトに賭けてみるしかないだろう。


「なるほど」


どうやら納得してくれたようだ。




「それが分れば、解除できるか?」


先ほどの話だと術者が分れば解除できるというような言い方だった。


「そうですね、これは呪いの一種ですので、解除は可能です」


そう言いながらも、直ぐには解除しないというのは、何か条件でもあるのだろうか。


「金がかかるのか?」


いくら教会の紹介だったとはいえ、相手は冒険者だ。やはり金がいるのだろう。




「いえ、お金は要りませんが代わりに条件があります」


俺の予想に反して、ケイトは金は要らないと言い始めた。


「何だ?」


金以外に一体どんな条件があるというのか。


「この魔術を掛けたという妹さんに会わせて下さい」


どうやら、よほどこの魔術を使った本人が重要らしい。あるいは、俺の言葉を信用していないのかもしれない。




 ●




ケイトと共に俺は家に帰って来た。


「あなたも冒険者なんですね」


ケイトは直ぐに俺が住んでいるのが冒険者向けの寮であると察したようだ。


「ああ、寮生活だ」


腕前の良い冒険者は寮から出て生活するようだが、俺にはまだそこまでの経済力は無い。家の前まで来るが一旦足を止める。




「どうかしましたか?」


それを不審に思ったのかケイトが声を掛けて来る。


「俺が妹にこの魔術を掛けられた事はここだけの話にしておいてくれ」


一応面倒になる前に、口止めをしておこう。


「分かりました」


ケイトの返事を聞き、俺は扉に手を掛けようとすると、先に扉が開いた。




「お帰り」


俺が扉を開ける前に、まるで俺が返ってくるのが分かっていたかのようにサーシャが扉を開けた。


俺達の話声が聞こえたのか。それとも居場所が分かるという効果は本物だったという事だろうか。


「ああ、ただいま」


若干驚いたが、とりあえず言葉を返す。


「教会以外の場所に寄り道したでしょ?」


これも魔術の効果だろうか。しかし、時間が掛かったから、それぐらいは魔術の助けが無くても分かる。




「ああ、教会の人には別の場所を案内された」


隠す事でもない。おれは経緯を端的に伝えた。


「ああ、知ってる。えーっと、教会の近くでしょ」


どうやら、俺がどこに行ったか言い当てようとしているようだが、あの場所が冒険者の寮であった事は知らなかったようだ。


「まあ、近くといえば近くだが、それぐらい適当に言っても当たるだろ」


教会に行く事は事前に話しておいた。教会に行った後に教会の近くの別の場所に行ったことぐらいは誰でも予想できる。


「あの場所が何か知らないし」


サーシャは若干不服そうだ。あの魔術の効果である事を俺に分からせたかったのかもしれない。


「俺が寄ったのは冒険者の寮だ」


俺は早々に正解を伝える。




「何で冒険者の寮に?」


俺の居場所は分かっても、何があったかまでは分からないらしい。


「この人に会うためだ」


そう言って俺はケイトに視線を向ける。


俺に言われてようやくケイトの存在に気が付いたのかサーシャは驚いたかの様にからだをのけぞらせる。


「初めまして。ケイトです」


サーシャの警戒心を解くためか、ケイトは自分から自己紹介をした。




「ああ、えーっと、サーシャです。兄が何かしましたか?」


しどろもどろになりながらサーシャも自分の名前を名乗る。


「いえ、どちらかというとあなたに話を聞きに来ました」


それもあるが、終わったら魔術の解除もやってもらうつもりだ。


「とりあえず中に入ってくれ」


正直あの魔術の話を家の外でするには危険すぎる。俺は話の続きをするためにもケイトを寮の中に招き入れた。

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