008_教会
思わず俺は腕で体を庇うような姿勢をとった。
俺の腕に炎が当たると炎が広がり、そして燃え広がるかに見えたが、不可思議な模様になったかと思うと、俺の腕に吸い込まれるようにして消えた。
「終わりか?」
身構えていたが、特に痛みは感じない。
補助魔術といえば、力を強化したり、素早さを強化するような魔術が一般的だが、特にそういう感覚もない。
「みたいだね」
魔術の使った本人であるサーシャが他人行儀にそう言った。
「みたいってお前…」
もう少し他にかける言葉があるだろう。
「使うの初めてだし」
そういえば、そろそろ何の効果があったのか聞いてもいいだろう。
そう思ったのもつかの間、腕に違和感があった。
「なんだ?」
肌に何かを感じて目を向けるとそこには模様が浮かび上がっていた。
「うまくいったかも」
やはりサーシャは効果を把握しているようで、俺のうでに出来た模様を興味深げに見ている。
「で、これ何の効果があるんだ?」
まさか腕に模様を描くだけの魔術ではないだろう。
「あー、それはねなんか相手の居場所が分かるみたい」
サーシャはようやく効果を話した。
「お前が俺の居場所を?」
つまりはおれがどこに隠れようが、サーシャは見つける事ができるという事か。
「そう」
本当にそれだけだろうか。それだけの効果ならなぜわざわざ事前に話すのを渋ったのだろう。
「それで、どうやって解除するんだ?」
俺とサーシャはいつも一緒に行動して言える。これを付けておく必要性はあるとは思えないし、一方的に場所を把握されるというのは落ち着かない。
「せっかくだし、そのままにしない? まだ試したい事もあるし」
これ以上一体何を試すと言うのか。
「何をする気だ?」
居場所が分かるだけだと言うなら、この部屋の中だけでも十分検証できるような気がする。
「効果範囲の検証とか」
まさか俺に今から遠くまで行ってみろというつもりか。
「どうせ分かってるんだろ」
効果範囲ぐらい使う前に分かっているのが普通だ。
「試してみたいじゃん」
知っているのと実際に試すのは違うのかもしれないが、今日はゴブリン討伐で色々あったし、今更出かける気にはなれない。
「今日はもう遅いんだから、明日で良いだろ」
もう夜は更けている。今からどこかに出かけたりはしない。
「いや、明日また使うぐらいならこのままで良いんじゃない」
何故ここで渋るのか。
「おい、お前、まさか」
一つの可能性に思い至る。
「な、何?」
サーシャがピクリと体を震わせる。その反応を考えると、多分俺の予想は当たっているだろう。
「これを消せないのか?」
まさか魔術を掛ける事は出来ても解除する事はできないのか。
「そうみたい」
他人行儀な答えだ。
「みたいって」
サーシャは困らないのかもしれないが。魔術を掛けられた側の俺はあまり良い気はしない。
「まあ、悪影響は無いから」
おかしな模様が浮かび上がっただけで、痛みや違和感がある訳ではない。それは確かなのだが、まだ何か隠しているのではないだろうか。
「本当か?」
今一疑わしい。
「ほ、本当だよ」
何故目を逸らす。やはり位置が分かる以外にも何か効果があるのではないか。
「消す方法はあるのか?」
気になる事は色々あるがとりあえずこれを消す方法を確かめるのが先決だ。
「時間が経てば消えるかも」
断言できないという事は、術者の力によって効果が変わるという事だろうか。
「時間経過ってどれぐらいだ? 明日になれば消えるのか?」
補助魔術は時間で切れる事が多い。俺の隠密の魔術も時間制限がある。重ねがけすれば効果を持続させる事は可能だが、俺本人の魔力量という限界もある。無限に使い続ける事はできない。
この魔術もいつかは効果が切れるはずだ。
「明日になれば分かるよ」
それは分からないと言っているのと同じだ。
とはいえ、これ以上サーシャに文句を言っても事態は解決しないだろう。
さて、どうしたものか。とりあえず今の俺にこれを解除する手段はない。明日の朝になっても消えてないのならば、どうやって消すかを考えた方がよさそうだ。
そんな事を考えながら、その日は寝る事にした。
●
朝になって、目が覚めた。昨日の事を思い出しながら右腕を確認するが、あの模様は消えたままだった。
まあ予想はしていた。とりあえずそのままベッドから起き上がり、居間に行くとサーシャも起きてきたところだった。
「これ、いつになったら消えるんだ?」
一応サーシャに聞いてみる。
「そ、その内消えるよ」
やはり明確な答えは無いらしい。サーシャは楽観的だ。
本当に知らないのか。はぐらかしているのかは不明だが。
「何か悪い効果があったりはしないだろうな」
まだ何か隠しているのではないのかと勘ぐってしまう。
「何か気分が悪いとかある?」
一応俺の心配はしてくれているようだ。
「いや、そういうのはない」
少なくとも自覚症状はない。
「だったらそのままでいいじゃん」
立場が逆でも同じことを言うのだろうか。
「何か起きてからじゃ遅いだろ」
自力で解除できないという事は、別の誰かに解除を頼むことになる。
俺はそこまで魔術に詳しくないから、サーシャの使った魔術がどの程度危険な物だったのかは分からない。
とはいえ、この魔術の正体が分からないのに、迂闊に誰かに相談して大丈夫だろうか。
危険な魔術であった場合、サーシャに何かされるかもしれない。
この前も紫の炎を出す魔術を見たイアンが、微妙な反応をしていた。
あの時の様に根掘り葉掘り色々聞かれるのは避けたいが、解除してもらうとなればどんな魔術かは教える必要があるだろう。
使ったのがサーシャだとバレなければ大丈夫か。
それに、もしもおかしな魔術であれば、早めに解除してもらう必要がある。
だとしたら行先は一つだ。
「教会に行って見てもらうか」
あそこなら簡単な呪いであれば無料で解除もしてもらえる。
「今から行くの?」
いつもなら朝一でギルドに行くところだが、今日はこっちを優先した方が良い。
「ああ、お前も来るか?」
昨日の報酬は結構弾んでいた。今日はクエストを受けなくても大丈夫だろう。
「あたしは留守番してるよ」
てっきり一緒に来ると言い出すのかと思ったが、来るつもりは無いらしい。
「一人でギルドに行くつもりか?」
念のため何をするつもりなのか聞いてみる。
「家にいるよ。せっかくだし、本当に居場所が分かるのか確かめたいからね」
そういう事か。
「そうか」
何か実験されているようでいい気はしないが、魔術の効果を確かめたいというなら無理に連れて行く必要は無い。
俺はそのまま一人で教会へと向かった。
●
町の中に大体一つは教会がある。大きな町となれば町の中に二つ以上の教会がある事も珍しくない。
それだけ神の救済を必要としている者は多い。心のよりどころという事だろうか。
魔物との戦いで、いつ命を落とすか分からない冒険者の中にも、神を信仰する者は多い。
教会の中に入ると一人のシスターが居た。
「何かお困りでしょうか?」
それはシスターが使ういつもの定型文。神は迷える者すべてに手を差し伸べるという教会の精神の表れだ。
教会には大体治癒、解毒、解呪の魔術を使えるシスターが常駐しており、程度にもよるが大体は無償で治してもらえる事が多い。
「これを治せるか?」
俺は袖を捲り腕に刻まれた模様を見せた。
それを見たシスターは若干顔をゆがませる。その表情の変化は驚きから来るものだろうか。
「これは、いったいどこで?」
さて、正直に妹にやられたと言うつもりはない。予め用意しておいた言葉を使った。
「魔物との戦闘中にこうなった」
俺は嘘をついた。サーシャがおかしな魔術を使えるというのは迂闊に口外したくないからだ。
「そうですか」
シスターは何か考えている様子だ。これが何か知っているのだろうか。
「これを解除できるか?」
とりあえずそれだけでも確認したい。
「試してみます」
そう言うとシスターは腕に刻まれた模様の上に手を被せ、魔術を唱えた。
「ディスペル」
それは悪い魔術を打ち消すための魔術。あいにく俺は使えない。
シスターが手を退かしても、俺の腕にあの模様は健在だった。
「どうやら私の力では解除できないようです」
この結果が予想できなかった訳ではない。
「そうか」
教会のシスターでもダメということは余程強力な魔術なのだろうか。使った本人すらよく分かっていなかったようだが。
さて、教会でもダメとなると俺には次の手が思い浮かばない。
「ですが、これを解除できる者に心当たりがあります」
そんな考えが伝わったのかシスターが助け舟を出してくれた。
「本当か?」
諦めかけていた俺は、思わず前のめりになる。聞き返す。
が、先ほどとは違い、シスターはどこか難しそうな顔をしている。
やや間があったのちにシスターが口を開いた。
「少しお待ちを」
なんだろう。この間は、話しにくい内容なのだろうか。それともこの魔術については関わりたくないという事か。
シスターはペンと紙を取った。
そして紙にざっくりとした地図を書き始め、ある場所に丸をつけこう言った。
「この場所に元シスターが居ます。彼女を尋ねてください」
そう言いながら、俺に手書きの地図を渡した。
しかし、教会に居るシスターにも解除できない魔術を解除し得る者とはいったい何者なのだろうか。
「元シスターって事は、シスターを辞めたのか?」
悪い事をして追い出されたのであれば、わざわざ紹介をしたりはしないだろう。一体どんな理由でシスターを辞めたと言うのか。
「それは彼女の口から聞いてください」
事情は知っているが話したくはないという感じだ。
つまり、いわくつきの人物という事だろうか。
ともかく他の方法が無いし、教会の紹介という事は話の通じる人物なのだろう。今はその人物に会いに行くしかない。
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