007_新しい力

もともとゴブリン討伐のための即席パーティーだった。


当然クエスト報告が終われば解散となり、イアンとスーザンとは報告後に分かれた。


今はサーシャと二人で帰り道を歩いている。




「やっぱり使ったの不味かったかな」


サーシャもあの魔術を使った事を気にとめていたようだ。


「当たり前だろ。ああなるのは目に見えてた」


イアンは魔術師だ。サーシャの特異性には気が付いただろう。


「ごめんね」


俺に謝ってもどうにかなる話じゃない。




「あの二人が黙っていてくれてるといいんだけどな」


あまり口外して欲しくはないが、イアンとスーザンはこの事を他の冒険者に話したりするだろうか。


「あのね、今する話じゃないのかもしれないけど、言っておこうと思って」


サーシャが何かを言いたそうにしている。


「何だ?」


あの魔術に関する話だろうか。




そう言えば、俺はサーシャがいつあの魔術を覚えたのか知らない。あの魔術を覚えた経緯を話す気になったのだろうか。


俺は盗賊であり、魔術に詳しい訳ではない。


それでも紫色の炎を出す魔術なんてのは聞いたことが無いし、普通の魔術では無い事は分かっていた。


それが両親が妹を避けた原因である事も薄々察していた。




つまり、先ほどイアン達にはこの魔術をサーシャが使えるのはあの場にいる四人だけだと言ったが、もしかすると両親も知っているのかもしれない。


確証はないが、知っているとしか思えない。


あまりにも特異な魔術を使える事に気が付いて避けた。俺はそう予想している。




魔術を習得するには二つ方法がある。


一つ目は魔術書を読むことによって習得する事。これが一般的な方法だ。


二つ目は自らの修練を重ねて自ら体得する方法。修練と言っても色々な方法があるが、中には同じ魔術を使い続ける事で、関連する魔術を体得する方法がある。


「新しい魔術を覚えたみたい」


だから、あの魔術を使ったその日に、サーシャがそんな事を言い出した時、俺は嫌な予感がしていた。




 ●




誰が見ているか分からない。外で試しに使うのはまずい。


とりあえず俺達はそのまま家に帰る事にした。


家と言っても冒険者向けの寮だ。ギルドが駆け出しの冒険者向けに賃貸を行っている寮に俺とサーシャは住んでいる。


「ちょっと試しても良い?」


家の中に入ると早速サーシャはそんな事を言った。




「試すって俺にか?」


主に魔術は人や物を対象にして使う事が多い。そしてわざわざ俺に聞くと言うことは俺を対象として使おうとしているのだろう。


「他に居ないでしょ」


どうやら予感は的中してしまったようだ。




「攻撃系の魔術じゃないよな?」


流石にあの紫の炎と同等の攻撃を受けきるのは無理だ。それに今いるのは冒険者向けの寮である。万一壊したりしたら面倒な事になる。


「大丈夫だよ。補助系の魔術だから」


流石にサーシャもあれと同等の攻撃魔術を俺に向かって試すような真似をするつもりはないようだ。




いや、そもそもあんな攻撃的な魔術を使って、補助魔術を覚えるという事があり得るのだろうか。関連性が見いだせない。


盗賊が使う魔術で言えば、隠密の魔術で修練を積めば、透明化の魔術を使えるようになる。特定の魔術を使う事で習得する魔術というのは、関連する魔術であるはずなのだが、攻撃魔術から補助魔術を覚えるというのはどういう事か。




「どんな効果だ?」


いくら補助魔術とはいえ、どんな効果か聞くまでは安心できない。


「それはやれば分かるよ」


なぜかサーシャはもったいぶる。


「言えないような効果なのか?」


魔術を覚えた場合、感覚で使う前に効果を把握できる。俺が隠密魔術を習得した時もそうだった。




先ほどサーシャは補助魔術だと言ったが、本人にはもっと具体的な効果が分っている筈だ。


「やれば分かるって」


それでも何故か、サーシャは教えようとしない。


「まさか分からないのに使うつもりか?」


俺は魔術書を読んで魔術を覚えたが、サーシャは魔術を使用する事で新しい魔術を体得した。もしかすると俺の場合とは状況が違うのかもしれない。


教えないのではなく、分からないから教えられないという事ではないだろうか。




「大丈夫だって。死んだりしないから」


サーシャは俺に向かって人差し指を向けるとその先に紫の炎が灯りはじめた。


「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」


元となった魔術の特性を考えれば、紫の炎を使うのは不思議ではないのだが、果たしてこれは補助魔術なのだろうか。




サーシャが意図的に俺に危害を加える事は無いと思うが、本当に何が起きるか分かっていないと言うなら話は別だ。


「ただの補助魔術だってば」


そこまで言うのならば、恐らく効果は分かっているが、言いたくないという事だろう。


では何故言いたくないのか。恐らく言ったら俺が実験台になるのを拒否するような効果なのだろう。という事は何か悪い効果の起こる補助魔術ではないだろうか。




サーシャの指先に灯っている炎が一層大きくなった。


「おい、本当に使うつもりか?」


無駄とは分かっているが一応聞いてみる。


「そう言ってるでしょ」


やはり今更止めるつもりは無いらしい。




それでも何が起こるか分からないというのは、つい身構えてしまう。


「俺ではなく、自分で試したらどうだ?」


補助魔術には人を対象とするものが多いが、その殆どは術者自身に掛ける事ができる。


「自分にかけたら意味無いよ」


サーシャは意味ありげな答えをした。




「どういう事だ?」


『出来ない』ではなく『意味無い』というのは理解できない。


「そういう効果だから」


他人に掛けるからこそ意味のある効果だというのか。だとしてもそこまで分かっていても詳細を話そうとしないのはやはり碌な効果ではないのだろう。




「避けてもいいか?」


というか、出来る事なら避けたい。


「他の人に当たったら面倒になるでしょ」


その可能性も否定できない。


「ここは部屋の中だぞ」


まさか壁を貫通するという事だろうか。




「動かないでよ」


仕方ない。俺は覚悟を決めて、サーシャの魔術を受ける事にした。


「カーズ」


サーシャの指先から紫の炎が放たれた。

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