006_紫炎の魔術

「今のは?」

 俺の行動を見たスーザンが声を上げる。

「ギ」

その瞬間、レッドキャップが不自然な声を上げて動かなくなった。

俺のダガーは地面を指しているが、そこにはレッドキャップの影がある場所だった。


それを見たスーザンが再度口を開く。

「これは、影縫い?」

どうやら知っていたようだ。

盗賊が使えるスキルの一つだ。相手の影を攻撃し動きを封じる。直接的なダメージを与える事は出来ないが、足止めには使える。


パーティーを組んでいて、盗賊本人以外に攻撃役がいる場合には、大きな助けになる。

そもそも盗賊はこういった補助的なスキルを使う事が多く直接的な攻撃には向いていない。

「早く! 長くは持たない!」

補助的な効果は大きいが万能ではない。影を刺すために接近する必要があり、効果時間にも限りがある。

さらに言うと、影縫いの効果を持続させるためには、俺が影を刺した短剣を直接持ち続けないといけない。

熟練した盗賊であれば、直に触り続ける必要は無く、短剣を投擲して影を射抜く事で効果を発動させる事もできるらしいが、おれはまだその域には達していない。


「じゃあ一発デカいの行くよ!」

そう言ってスーザンが斧を構えたかと思ったら飛び上がった。

「何だ?」

俺は反射的にスーザンを見上げた。

「爆砕斬!」

空中から振りかぶった斧を振り下ろし、それがそのままレッドキャップの頭に直撃する。

爆発が起こった。


「うわっ」

レッドキャップのすぐ近くにいた俺はその爆風を受け思わず反射的に腕で自分の顔を庇った。

あれは戦士のスキルか。戦士らしい攻撃的なスキルだ。飛び上がって使う性質上隙が大きいためそう簡単には使えないが、影縫いで動きを封じた相手なら外しようがないという事か。

土埃が収まると、スーザンが技を放った場所には衝撃で地面にくぼみができていた。

その中心にはスーザンと横たわるレッドキャップ。


レッドキャップはもう動いていない。

「動かない相手なんてこんなもんだよ」

スーザンは得意げにそう言ったが、近くにいた俺としては誉める気にはならなかった。

「危ないだろ」

怪我こそなかったが、下手に動いていたら巻き込まれていたかもしれない。

「いや、悪いね。相手の動きが封じられてたからつい」

まあ倒せたのであれば、これ以上余計なことは言わない方が良いか。即席で組んだパ^ティーの連携はこんな物だろう。


 ●


「終わったみたいですね」

レッドキャップが倒れたのを見て、イアンがこちらにやってくる。

「そっちも雑魚は居なくなったみたいだな」

辺りには巣から出てきて、イアンの魔術の餌食になったゴブリンが何体も転がっており、レッドキャップ同様に焼け焦げている。


辺りに肉の焼ける嫌なにおいが漂っているが、炎の魔術を使った以上、仕方のない事だ。

イアンは自分の仕事はしてくれたようだ。

「所詮はゴブリンですね」

そういって丸焼けになったゴブリンの死体を、イアンが足で蹴った。

「おい、いくらなんでもやりすぎだろ」

魔物の死体とはいえ、足蹴にするのを見るのは良い気がしなかった。


「ちゃんと死んでいるか確かめただけですよ」

冒険者の中には魔物に対してどこまでも残酷になれる奴もいるらしいが、イアンもその類のタイプなのかもしれない。

「生きているようには見えないぞ」

俺には、イアン自信が戦わされた事に対する腹いせに蹴っているように見えた。


「それで、巣の中はどうする?」

クエストの目的はゴブリンの巣の殲滅である。中を確かめる必要がある。

レッドキャップが出てきた以上、それ以上の大物がいる事はないだろうし、いたとしても焚火でかなりのダメージを与えているだろう。

「ああ、俺が見て来るよ」

そうは言ってもまだ入り口には火がたかれており、直ぐには入る事はできない。火を消して中の温度が下がるのを待った方がいいだろう。


そんな事を考えながら、ゴブリンの巣の入り口を見ると、煙の向こうに動く影があった。

まだ生き残りがいたのか。

煙の中からゴブリンが姿を現す。さらに悪い事にゴブリンが手に持っているのは剣でも斧でも無く、弓だった。

ゴブリンが弓を構えていた。その先に居るのはサーシャ。


「逃げろ!」

咄嗟に声を出す。

俺には遠距離攻撃手段はない。今から接近して倒しても間に合わない。そうするしなかなった。

「え?」

しかし、ゴブリンに気が付いていないサーシャには、俺が何を言っているか分からないといった様子だった。


ゴブリンの手から矢が放たれる。

それは一瞬でどうにもできなかった。

矢がサーシャを掠める。

「何?」

見えていなかったとはいえ、矢が間近を飛び去ったのだ。風切り音が聞こえたのだろう。驚いたようにサーシャは辺りを見回す。


そして、弓を持っているゴブリンを見つけ、自分に矢が放たれた事に気が付いたようだ。

その直後にそれは起った。

「よくも」

サーシャが矢を放ったゴブリンに向かって手を翳す。手を翳すという行為は、魔術師が魔術を使う際に良く行う。それ自体は珍しい事ではない。


本来はここで俺が止めるべきだった。その時の俺はサーシャが射かけられたという事と、それが外れてサーシャが助かったという事で頭が一杯でそれ以外の事に頭が働かなかった。

サーシャが手を翳すのと同時に、ゴブリンの足元に魔法陣が浮き上がる。

それは俺が知っている魔術。それでも俺はまだ頭が回らなかった。

「ヘルフレイム」

サーシャが魔術を唱えた次の瞬間、魔法陣から紫色の炎があふれ出した。火柱の高さは俺の背の高さの二倍以上はあるだろう。


矢を放ったゴブリンが紫の火柱に呑まれ完全にその姿が見えなくなった。

やがて炎が収まるとそこにゴブリンの姿はなく。僅かに消し炭が残っていただけだった。

サーシャが手を下すのと同時に、役目を終えたかのように、地面に浮かび上がっていた魔法陣は跡形もなく消滅した。


あまりの出来事に、皆が凍り付いていた。

この魔術を最初から使えば、焚火を使わずにゴブリン達を蒸し焼きにする事も可能だったかもしれないが、この魔術はあまり人に見せたくなかった。だから使わせなかったのだ。それなのに、サーシャは気が動転してこの魔術を使ってしまった。


スーザンとイアンも、駆け出しの冒険者であるサーシャが不相応に強力な魔術を突然使ったため理解が追い付かないようだ。

こうなるのが分かっていたから、あの魔術を人前で使わせたくなかったのだ。

俺はサーシャがこの魔術を使える事は知ってはいたが、人前で使ってしまったのは想定外だった。果たしてどう説明するべきか。


最初に口を開いたのはスーザンだった。

「そんな魔術使えるなら、レッドキャップにやってくれよ」

スーザンは感心したようにサーシャにそう言った。

それとは対象的にイアンは難しい顔をしている。

「何ですか今のは」

どうやら上級者のイアンであっても今の魔術は見た事が無いらしい。いや、不機嫌そうなところを見ると、魔術師として格下だと思っていたサーシャが、自分の知らない魔術を使った事が気に入らないのだろう。


「何って言われても」

あれは俺が人前では使うなと言っておいた魔術だ。サーシャもそれは覚えていたのだろう。気まずそうに口ごもる。

「あなたは本当に駆け出しの魔術師ですか?」

上級者のイアンからしても、今の魔術は異常だったようだ。


「駆け出しだよ」

それは事実だ。俺が保障する。

「冒険者になる前に魔術を習っていたんですか?」

余程あの魔術に興味があるのか、イアンは質問を続ける。

「いや、それはないけど」

それもまた事実だ。サーシャが魔術を覚えたのは冒険者になるためであり、その前は魔術を使えなかった。


「あんな貧相なファイアボールを使う魔術師が使う魔術じゃ無いですよ」

随分な言い草だ。イアンの魔術サーシャの魔術をと比べると劣るのは否定できないが本人の目の前でそこまで言う事は無いだろう。

「貧相って」

とはいえ、サーシャも自分も魔術がイアンと見比べれば劣るのは自覚しているのか強くは反論しなかった。

「どこであの魔術を覚えたんですか?」

やはりそれを気にするのか。


「あ、いや、咄嗟に」

サーシャはバツが悪そうに俺の方を見る。

見られたものは仕方がないのだが、うまくごまかさないと面倒な事になる。

「咄嗟? やろうと思えばもう一度できるという事ですか?」

イアンはしつこく食い下がってくる。


魔術は思い付きで使えるものではない。ある程度の修練が居る。修練を重ねた上で新しい魔術を覚える事はあるが、全く知らない魔術をある日突然使えるようになるという事は起きない。

「魔力消費が多いから、連発は無理」

威力は高い。しかしその分魔力消費も激しいため、一発しか使えない。


「つまり、今思い付きで使ったのではなく、習得しているという訳ですか」

そこまであの魔術が気になるのか。

「その辺にしてくれないか」

流石に俺が割って入る事にした。


「あなたは妹があの魔術を使える事を知っていたんですか?」

俺の反応をみて、それを理解したようだ。

「ああ、知っていた」

今更隠してもしょうがない。

「あれを使えば巣ごと焼き払う事も可能だったんじゃないんですか?」

やはり、それに気が付くか。


「あの魔術はあまり人前では使わせたくないんだ」

仕方なく正直に話す。

「何故です?」

それは聞かなくても分かるだろう。

「こうなるからだ」

実際に面倒な事になっている


「あんな魔術見せられたら、気になるに決まっているでしょう」

余程あの魔術が気になるようだ。

「アンタだって、話したくない過去ぐらいあるだろう」

冒険者というのは、一歩間違えれば死んでもおかしくない仕事であり、なりたがらない者も多い。よって、普通の仕事には付けない、いわくつきの過去を持っている者も多い。俺達もその類だ。

「そうだですね」

あっさりと引きさがった。やはりイアンも脛に傷のある人物なのだろうか。


「分かったらこの話は終わりだ」

あまりこの話はしたくない。

「最後に、一つだけ聞いてもいいですか?」

なおもイアンは食い下がって来た。

「なんだ?」

本当に一つで済むのだろうか。


「あの魔術の事を知っているのは他に誰かいるのか?」

いない。恐らく。だがそれを言ってもいいのだろうか。

「聞いてどうする?」

なんとなく嫌な予感がする。

「こんな魔術を使える者がいると知ったら、直ぐに噂になるはずです。それなのにそんな噂は聞いた事が無いですが、誰にも見せていないと言う事ですか?」

その通りだ。


「悪いか?」

まあ、これ以上隠すのは無理だろう。

「つまりここに居る四人だけが知っているという事ですか」

まあ誰かが盗み見ていたりしなければそうなる。

「それが何だ?」

それを確認してどうするというのか。


「では、あの魔術はあまり人に見せない方が良いですよ」

言われなくてもそのつもりだ。そもそもこのクエストで使わせる気も無かった。それを今言っても仕方がないだろう。

サーシャの魔術はそれでいいとして、俺には言わなければならない事がある。

「それよりもおい、雑魚は全部倒したんじゃなかったのか?」

危うくサーシャが死ぬかもしれないところだった。流石に一言言っても良いだろう。俺はイアンに詰め寄った。


「洞窟の中に隠れている相手までは分かりませんよ」

俺の感情など気にしていないのか、イアンは平然としている。

「雑魚は任せろと言っておいて、そういう事を言うのか?」

自分で雑魚を引き受けておいて、責任は感じないのだろうか。

「私のせいだとでも?」

イアンが悪びれるようすは全くない。


「こっちはサーシャが死にかけたんだぞ」

自分で雑魚を引き受けておいて、悪いと思わないのだろうか。

「あの魔術を最初から使っていれば、こんなことにはなっていなかったでしょう」

サーシャの事を秘密にしていたのは事実だが、それとイアンがミスした事は全く別の話だろう。

俺がまだ何か言おうとするとそれをサーシャが遮った。


「兄さん、怪我は無かったんだから」

本人がそういうなら、俺もこれ以上は言わないでおこう。

「ああ」

イアンの魔術師の腕は確かなのは実際に魔術を使うところを見て分かった。だからこそ、イアンのような冒険者がゴブリンの生き残りを見落とすというのが信じられない。


もしも、万が一、わざとゴブリンに気が付かないフリをしていたのだとしたら、この人の目的は絶対に新人の育成ではない。

その後、なし崩し的に、俺がもう一度隠密の魔術を使って洞窟の中を確かめたが、洞窟の中に生き残っていたゴブリンは居なかった。

よってこれでこのクエストは完了となった。

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