005_レッドキャップ

「オオオオォォォ!」


雄たけびと同時に、洞窟の入り口に置いてあった木材がまるで爆発したかのように吹き飛んだ。


そして、その爆心地の中心煙の中には一体のゴブリンが立っていた。先ほど洞窟の中で見たレッドキャップだ。




右手には石斧、左手には大楯を持っている。盾をかざして体当たりをして木材を吹っ飛ばしたのか。


所詮は木材だ。大きな衝撃を与えればどかす事はできる。


燃えている木材を体当たりで吹き飛ばすなど、普通やる事ではないが、このまま洞窟内に立てこもっていても死ぬだけだと察して決死の行動に出たのか。




そして、洞窟入り口からやや離れた位置にいた俺達に気が付いたようだ。


「やれやれ、楽なクエストだと思っていたんですけどね」


こちらを見るレッドキャップをみて、イアンも戦闘を覚悟したようだ。


「どうやらボスのお出ましみたいだね」


スーザンが持っていた斧を構えた。




スーザンは驚いているというよりも嬉しさが滲み出ていた。見ているだけで退屈していたのかもしれない。


レッドキャップもまた、そして石斧を構えこちらに突進してきた。


「いくよ!」


迎え撃つようにスーザンがレッドキャップに向かって走り出す。




それを見たレッドキャップがスーザンに狙いを定め、石斧を振り上げる


「オオオオォォォォ!」


先ほど木材を吹き飛ばした時に引けを取らないような雄叫びを上げながら、石斧を地面に叩きつける。




「甘いね!」


当たれば致命傷だろう。だがそれほど大振りであれば避けるのは難しくない。


スーザンはそれを横に避けながらその反動を斧に乗せて斧を横薙ぎに振り抜いた。


レッドキャップはそれを避けずに盾でうける




「頑丈だね」


あれだけの石斧と盾をそれぞれ片手で持っているのだから腕力は相当だろう。


このままスーザンに任せておいていいのだろうか。


そう思った矢先、 洞窟からまたさらにゴブリンたちが何匹か出てきた。




「ち、まだ雑魚が居るのか!」


生き残っていたのはレッドキャップだけでは無かったようだ。


レッドキャップ以外にも生き残りが居ると言うなら、サーシャを一人にするわけにはいかない。今はサーシャを守りつつ、スーザンの様子を見よう。




「ファイアボール!」


サーシャは洞窟から出て来るゴブリンに対して魔術を放っている。


一人にして狙われる可能性を考えたら、ゴブリンが出尽くすまでは俺が付いていたほうがいいだろう。


当然レッドキャップもそれには気が付いているが俺が傍に付いているのも目に入っているのだろう。




だがある物を見てそちらに駆け出した。


「しまった!」


それを見たスーザンが声を上げる。


スーザンも俺と同様に新米の冒険者だ。集団での戦闘に成れていなかったのだろう。


その先にはイアンが立っている。




イアンは魔術師であり、サーシャと違って誰も護衛が付いていない。スーザンを倒すよりもイアンを倒した方が良いと判断したのだろう。


「仕方ないですね」


狙われているというのにイアン慌てる様子は無い。


「大丈夫なのか?」


上級者であるならば、魔術師といえどあれぐらい一人で対処できるという事だろうか。


「サンクチュアリ」


そう唱えると、イアンの周りに光の壁が出現した。イアンを中心に半球体型の形になっている。




「あれは、結界か?」


高位の魔術師になれば、魔術で壁を作り、自分を守るような結界が作れると言う話は聞いたことがある。盗賊の俺は使えないし、サーシャは魔術師とはいえ駆け出しのため、まだその魔術を使えない。


「破れるものなら破って見なさい」


そう言ってイアンは余裕の表情で光の壁越しにレッドキャップを見ている。




「ウオオオォォォ!」


レッドキャップが雄叫び上げながら、光の壁を殴ると、まるで金属同士がぶつかったかのような高い音が響き渡った。


だがそれ以上の変化はなく、光の壁事態に変化はない。


「ただの魔物に壊されるほど弱くありませんよ」


結界の中でイアンは余裕の表情を見せている。




「ウオオオォォォ!」


それを挑発と受け取ったのか、レッドキャップが繰り返し、光の壁を叩きつけるが結果は変わらない。石斧を叩きつける度に石斧で殴打する音がするが、光の壁が壊れる様子は全くない。


「ウウウゥゥゥ」


結界を破れないとみるや、レッドキャップは中に居るイアンを睨みつけながら唸り声を上げる。


「私だけ見ていると危ないですよ」


そんなレッドキャップに対してイアンがさらに挑発するような声を掛ける。




そう、今スーザンが完全にフリーの状態だ。最初は結界の頑丈さにあっけに取られていたが、数発殴り始めた辺りからスーザンは相手に気取られないようゆっくりとレッドキャップの背後に近寄っていた。


「オラァ!」


イアンに気を取られていたレッドキャップの背中をスーザンが切りつけた。


「グググ」


血しぶきが舞った。


今度は盾で防がれる事なく、綺麗に入ったようだ。




「まだやるのかい?」


それでも、ゴブリンと違い一撃で倒す事は出来ないようだ。


「オオオォォォ!」


雄たけびを上げながら、レッドキャップは振り向き様に斧を横に薙いでスーザンを狙う。


「おっと」


だがそれは後ろに引いて簡単に躱される。




ふとイアンを見ると、洞窟の前を指さしている。


洞窟前には何匹かのゴブリンが出てきている。


熱でやられているのか動きは鈍い。こちらに直ぐに襲い掛かってくる様子は無いが、体制を立て直したらこちらに来るのは時間の問題だろう。




「こっちは任せろ! 雑魚は頼む!」


スーザンもそれに気が付いたのか、自分一人でレッドキャップを抑え込むようだ。


「分かった!」


なら俺とサーシャでゴブリンの相手をしよう。


「サーシャ、アイツらを倒せるか?」


相手は弱っている。魔術を当てるのはそう難しくは無いだろう。


「そんな何発も連続で打つのは厳しいよ」


魔術を使うには当然魔力を消費する。




まだ駆け出しのサーシャに魔術を連発させるのは厳しかったか。


そうなると俺が行くしかないのか。


しかし、おれがサーシャの傍を離れても大丈夫なのだろうか。先ほどのようにレッドキャップが突っ込んで来る可能性もある。




「そんなに妹が心配ですか?」


そう言いながらイアンが結界の魔術を解いた。


「ゴブリンがこっちに来たらマズイだろ」


サーシャは近接攻撃手段がない。俺が守る必要がある。




「仕方がないですね」


イアンが洞窟に居るゴブリンに向かって手を翳し、魔術を唱えた。


「ファイアボール」


イアンの掌の前に複数の火の玉が生成され、ゴブリンに向かって放たれた。


爆発し、消し炭になった。


いや、爆発の衝撃でバラバラになったと言った方が正しいのかもしれない。




威力も高ければ詠唱のスピードも速い。これが経験の違いだろう。


直前に使ったサーシャの魔術とどうしても比べてしまう。


「すごいな」


自然と言葉が口から出た。


「戦うつもりは無かったんですが、こうなってしまっては仕方がないですね」


やはり良い奴なのだろうか。


ここまで強いのならば、レッドキャップもスーザンに任せていないで、イアンが魔術を使えばすぐに決着がつくだろう。




そんな俺の考えを見透かしたかのように、イアンは言葉を続けた。


「雑魚は倒しておきますのでレッドキャップはあなた達で何とかして下さい」


やはり、今一つかみどころのない奴だ。




 ●




スーザンとレッドキャップが一進一退の攻防を繰り広げている。


先ほどスーザンが隙を見て一撃を加えその影響か少し動きが鈍ったようには見えるが、いまだレッドキャップは健在だ。


「加勢するぞ」


雑魚はイアンが何とかすると言っているのだ。俺がサーシャの傍を離れても問題無いだろう。


「雑魚はイアンに任せるんだな」


先ほどのイアンとのやり取りはスーザンにも聞こえていたようだ。




「ああ」


あれほどの能力なら一人で大丈夫だろう。


「だったらこっちは戦いに集中できるね」


むしろレッドキャップもイアンが相手をすれば簡単に倒せるかもしれない。それをしないのは俺達を育成するのが目的なのだろうか。




「どっちから行く?」


盗賊である俺は正面からの戦闘はあまり得意ではない。


「じゃあ、アタシから行くよ!」


先陣を切ったのはスーザンだった。


「オオォォォ!」


突っ込んでいったスーザンに対してレッドキャップが雄たけびを上げる。


それでもスーザンはひるまずに距離を詰める。それを見たレッドキャップが斧を振り上げ、スーザン目掛けて振り下す。




「オラァ!」


スーザンは今度はレッドキャップの斧を避ける事無く、レッドキャップが振り下ろして来た斧に対して、斧を振り上げる。


恐らくは狙ったのだろう。スーザンの斧の刃は、石斧の柄の部分に当り、石斧の刃となていた部分を切断した




レッドキャップの手には途中から切断され柄だけになった石斧が残されている。


「グググ」


怒りよりも驚きが勝ったのか、レッドキャップが後退る。まさか逃げるつもりか。


「逃がすか!」


俺は盗賊であり、あまり攻撃力は無いし、リーチもない。


それでもレッドキャップが武器を失った今好機と見て、俺はスーザンの横を抜けてレッドキャップに向かって疾走する。




「あ、ちょっと!」


それを見たスーザンが声を上げる。


いくら武器を壊したとはいえ、俺一人でレッドキャップに攻撃するのは危険だと思ったのだろう。


だが俺にも勝算はある。


「オオオオォォォ!」


レッドキャップが雄たけびを上げ、拳を俺に振り下ろす。武器が無くとも素手で戦うつもりという事か。




盗賊の俺にとっては避けるのは容易い。


それを避けながら攻撃する事もできるだろう。


ならば狙う先は一つだ。


「食らえ!」


俺は地面に向かって短剣を突き立てた。

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