004_火攻め

何事も無く、俺はイアン達の待っている場所まで戻る事ができた。


「どうでした?」


最初に口を開いたのはイアンだった。


「中に居たのはゴブリンだけだ」


俺は見てきた事をそのまま話す。




「では予定通り焼き討ちでいいですね」


もう否定する理由はない。


「ああ、構わない」


サーシャとスーザンも頷いている。


「では、木材の準備ですね」


 早速焼き討ちの準備をするようだが、一つ疑問があった。




「魔術じゃだめなのか?」


イアンは魔術師だ。火を使って焼き討ちをするのかと思ったが、木材を使うとは原始的だ。


「一時的に火を出すならともかく、焼き討ちとして継続的に焙るなら木材を用意した方が効果的ですよ。魔術は相手の妨害で中断する事もあります」


洞窟内という空間を火で焙るなら、瞬間的に魔術で火を起こすよりも、木材を燃やして継続的に加熱した方が効果があるという事か。




「そういう事か」


木材を集めるのは手間だが、そういう理由があるなら仕方がない。


「では各自木材を集めたら、またここに戻ってきてください」


木材を集めるなら手分けした方が早いだろう。


「分かった」


そうして、俺達は木材を集めに森の中に入って行った。




 ●




俺が森の中に進むと、自然とサーシャはその後に付いてきた。


「木材って、適当に木の枝を切って使ったらダメなの?」


イアンとスーザンが見えなくなった辺りで、サーシャが口を開いた。




「生きてる木は水分を含んでるから燃えにくい。燃料として使うなら落ちてる枝を使った方が良い」


燃料にするなら乾燥した木材の方が向いている。だからこそ、薪を作るときは日に干して水分を飛ばす事が多いが、今はそんなに待っている時間は無い。落ちている枝から適当に乾いている枝を拾う事になる。


「そうなんだ」


サーシャは返事をしながら落ちている枝を探している。




「こんなやつとかがいいな」


俺は近くに落ちていた枝を拾ってサーシャに見せる。


ここは森の中だ。落ちている枝ぐらい探せばいくらでもある。


「火で焙るってあたしだったら思いつかないな」


サーシャは俺が拾った枝を見ながら、そんな事を言った。




「まあ、上級者の冒険者から学ぶ事もある」


やはり俺達よりもイアンの方が経験豊富のようだ。戦い以外でも上級者からは学ぶことはある。


「でも魔術で洞窟ごと燃やすのってそんなに難しいの?」


イアンですらやろうとしなかったのだから、普通は出来ないのだろう。




「お前ならできるかもしれないな」


しかし俺は知っている。サーシャならやりかねない事を。


「あたしなら出来るって言った方が良い?」


恐らくサーシャは俺が何と答えるのか分かって聞いているのだろう。




「ダメだ」


あの魔術は普通ではない。


「だよね」


やはり、あっさりと引き下がった。


サーシャもそれは自覚している。だからこそさっきは言い出さずに、俺と二人になったところで言ったのだろう。




それに妨害が入る可能性もある。


魔術師の弱点として魔術の詠唱に時間が掛かると言う点がある。


だからこそ俺とサーシャはいつも二人で行動している。


サーシャの魔術詠唱中を俺が守る事で、サーシャは安全に魔術を使える。


魔術を使わずに済むのであればそれに越したことは無い。


冒険者として魔物との戦いは避けられないが、あまりサーシャを危険に晒したくはない。それが俺の考えだ。




 ●




ここは森の中だ。燃えそうな落ち葉や枝は直ぐに集まった。


「見張りのゴブリンはどうする?」


だが巣の前には二体のゴブリンが居る。あれだけはどうにかしないといけない。


「あれだけは倒さないといけませんね」


中には大勢のゴブリンがいる。助けを呼びに中に行かれたら作戦が台無しだ。




「魔術で遠くから攻撃できないか?」


今回はイアンの手を借りても良いだろう。


「私の魔術は音がしますよ。中のゴブリンにも気が付かれます」


そうなってしまったら面倒だ。




「なら他の手しかないか」


サーシャの魔術も音を立てずに相手を倒すのは無理だろう。


「また頼めますか?」


何を、とは聞くまでもない。




「俺か?」


隠密の魔術を使って近づいて倒して来いという事だろう。


「私は魔術師です。音を出さずに相手を倒すのは難しいですよ」


それもそうか。




「一度に二体か」


俺は盗賊であり、攻撃力はあまり高くない。先ほどのように隠れて行動するような行為は得意だが、正面から戦闘を行うには向かない。


「難しいですか?」


イアンは俺が考えている事を表情で察したようだ




「一体なら何とかなるが二体は厳しいな」


一体ならやれるだろうが、二体同時というのは厳しい。


「スーザンはどうです?」


一体はどうにかしたとしても、もう一体はだれかに倒してもらいたい。


「まあ魔術に比べたら音はしないだろうけど、完全に音を殺してっていうのは無理だよ」


戦士であるスーザンに隠密を求めるのは酷かもしれないが、かといって魔術師二人に音を出さずにゴブリンを倒させるというのはもっと難しいだろう。




「じゃあ俺が右の一体を倒すから、左の方を頼む」


となると俺とスーザンで一体ずつ倒すしかないだろう。


「そっちが先に行くのかい?」


どちらが先に行くかとなると、隠密の魔術を使って近付ける俺が先に行って不意を付いた方がいいだろう。


「ああ、俺が近づいて一体を倒す。流石にもう一体は俺に気が付くだろうから。それを倒してくれ」




 ●




作戦通りに隠密魔術を使い、洞窟の見張りとして立っているゴブリンに後ろから近づく。


こちらに気が付いていないゴブリンに対して後ろから首を狙って切りつける。


その衝撃で隠密の魔術が解ける。


隠密の魔術は衝撃に弱い。何かにぶつかったりすれば直ぐに解けてしまう。当然相手への攻撃でも隠密の魔術が解ける。




そして残ったゴブリンと目が合った。


「ギギギッ!」


突然現れた俺に驚いたのか、ゴブリンはおかしな声を上げた。


しかし、既に反対からスーザンが回り込んでいる。俺の視界にはスーザンが映っているが、俺に気を取られたゴブリンにとって、今スーザンがいる場所は完全な死角となっている。




距離を詰めるために一気にスーザンが駆け出す。


「ギッ!?」


足音に気が付いたのかゴブリンが振り返るが既に手遅れだ。




ゴブリンの振り向き様に、その脳天にスーザンが斧を振り下ろす。


ゴブリンは悲鳴すら上げずに絶命し、物言わぬ死体となったゴブリンが地面に崩れ落ちた。


「何とかなったね」


いくら相手がゴブリンだったとはいえ一撃で倒した。




スーザンの腕は確かのようだ。


俺達がイアン達が居る方を見ると、二人がこちらに歩いてきた。


準備が整ったところで俺達はゴブリンの巣の前に用意した木材を置き、火を付けた。




 ●




乾燥した木材が燃え上がり、大きな炎を立ち上らせるのにはそう時間が掛からなかった。


その光景を少し離れた場所から見ていた。


程なくして、異変に気が付いたのだろう。洞窟の中からゴブリン達の声が聞こえ、それはだんだん大きくなってくる。




しかしながら、入り口を塞ぐかのように木材を置いてある。簡単には出られない。


とはいえこのまま洞窟の中に居ても焼け死ぬ事はゴブリン達も分かっているのだろう。


木材と洞窟の隙間からゴブリンが強引に外に出てきた。


「ファイアボール!」


それを待っていたサーシャが火の魔術で攻撃をする。




木材を吹き飛ばしたりしないよう注意しつつ、それでも正確にゴブリンに当てた。


強引に洞窟から出ようとするゴブリンがいるのではないかという予想はしていた。その場合に備えてサーシャが魔術を放つ準備していた。


俺には遠距離攻撃手段はない。ため、サーシャを守るような位置取りでゴブリンがこちらに来ないか警戒している。




これならそう時間が掛からずに全滅さえる事ができるだろう。


「あんたは攻撃しないのか?」


イアンは魔術師だ。俺と違って魔術では遠距離攻撃ができるはずだ。


「作戦を立案したでしょう」


作戦を出したからそれ以上はしないという事か。


「手は出さないって事か?」


そんな約束をした覚えはないが、まあこの様子ならイアンの手を借りなくても大丈夫そうだ。




「私が手をだしたらあなた達のためにならないですからね」


確かにそういう考え方もできるだろうが、今一腑に落ちない。


報酬は要らないとは言っていたが、一体何を目的としてこのクエストに同行したのだろうか。


やはりスーザンが目あてなのか。だとしたらスーザンの前では活躍する所をみせて好感度を上げようとするはずだが、見てるだけでいいのだろうか。


それともスーザンが目あてではなく、言葉通り新人の冒険者の育成を見守るのが目的なのだろうか。




「そうか」


まあ、今余計な事を言って揉め事を起こす必要は無いだろう。


「ピンチになったら助けますよ」


そうは言うが本当に戦うつもりがあるのだろうか。まだイアンが魔術を使うところを一度も見ていないが、まさか戦えないと言うという事はないだろうか。




「その時が来たら頼む」


最悪の事を考えたら、イアンの事はあまりアテにしない方が良いかもしれないが、焚火作戦は効果的なようで、最初の一匹以外は中々巣から出て来る様子が無い。外に出るのを諦めたのだろうか。


「まあ、このまま倒せそうですけどね」


イアンも作戦が順調だと思っていたようだ。


そんな俺達の考えを改めさせるかのように、洞窟の中から雄叫びが轟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る