003_ゴブリンの巣

ギルドでクエストの受注手続きを済ませて、俺達四人はさっそくゴブリンの巣へと向かった。クエストの詳細は、討伐相手であるゴブリンは巣を作っており、その巣ごと討伐して欲しいという内容であった。


巣にいるゴブリンの殲滅が目的であり、巣には少なくとも二十匹のゴブリンがいると見積もられている。




ゴブリン一体の強さは大したことは無いが、数が多ければ脅威になる可能性がある。だからこそ四人という受注制限がかけられていたのだろう。


俺達四人のパーティーの職業内訳は盗賊一人、戦士一人、魔術師二人。となっている。


大量のモンスターを相手にするには火力が必要になるが、魔術師が二人いるのなら、火力は申し分ないだろう。




回復役が居ないという心配があるが、俺とサーシャは盗賊と魔術師であり、日頃二人でクエストを受けているが、回復は薬草だけで事足りている。今回も恐らく大丈夫だろう。


クエストに指示されていた場所は森の中であったが、その場所に洞窟があった。ゴブリンは巣を作る際に、洞窟など狭い場所を好む。あれがゴブリンの巣で間違いないだろう。


その証拠に入り口に見張りらしきゴブリンが二匹立っている。




「いかにもそれらしい洞窟がありますね」


イアンもゴブリンの習性を知っているのだろう。あれが討伐対象となっているゴブリンの巣だと思ったようだ。


「まあ、近くに他の洞窟もないし、あれで間違いないだろう。」


ゴブリンは強さこそ大したことは無いが、繁殖能力が高く、直ぐに増殖する。だからこそ初心者の冒険者によって処理される事が多い。




「それで、どうするつもりですか?」


イアンは手伝うとは言ったが、自分から率先して戦うつもりはないようだ。あくまでサポートにまわり、初心者の育成を助けるというスタンスだろうか。


「どうするって、討伐するに決まっているだろ」


巣を見つけたのだから、このまま討伐する以外に何があるのか。 


「そういう話ではなく、作戦はあるのかという話です」


ゴブリンを相手に作戦が必要なのだろうか。


「巣に乗り込む」


俺はこのまま正面から巣に入って戦うつもりだった。




「策もなく、ゴブリンの巣に入るのですか?」


どうやら、イアンにとって俺の答えは意外だったようだ。


「入らずに討伐する方法なんてあるのか?」


だが入る事がダメというならば、どうやって倒すつもりなのか。


「見張りだけ倒して、入り口に火を焚いて蒸し焼きにした方が安全ですよ」


何を言いたいのかと思ったら、イアンとしては巣の中に入らず、火攻めでゴブリンを討伐するつもりらしい。


これが上級者の知恵という事か。




 ●




ゴブリンの巣を火攻めにすれば、戦わずに倒せるかもしれないが、重大な問題がある。


「中に誰かいたらどうする?」


火攻めにするというのは中にいる相手を無差別に攻撃する事だ。俺の考えでは賛同できなかった。


「ゴブリンの巣ですよ? 中に人がいるとは思えませんね」


このクエストは俺達が受注した。俺達が来る直前に別の冒険者があの中に入ったというのは考えにくい。




「でも万一を考えたら…」


それでも人が居るかもしれないと考えたら、今一踏ん切りがつかない。


「私達以外にこのクエストを受注している者は居ません。仮に人が居たとしても、ギルドのクエストと無関係にゴブリンの巣に入るような人ですよだぞ?」


なおもイアンは人がいる可能性が低い事を主張する。


確かに一般人がゴブリンの巣に入るとは考えにくいし、入ったとしてもかなりの酔狂な行為だ。




「そんな奴は死んでも良いって言うのか?」


だからと言って死んでもいいというのは言い過ぎではないか。


「そんな者の命を守る必要があるのですか?」


 随分とはっきりと物を言う。


「せめて中に誰かいるか確認したらどうだ?」


やるにしても、一度中を確認した方が良い。




「それでゴブリンが出てきたらどうします? 私達が危険に晒される事になりますよ。存在するかどうかも分からない、ゴブリンの巣に入るような酔狂な者のために危険を侵すのですか?」


それは余計な危険を侵すことなのかもしれない。このまま火攻めにすれば安全に倒せる。わざわざ中を確認するというのは、必要の無い事だと言うイアンの考えも一定の理解はできる。




「まあ、確かに待伏せとか、罠とかあったら面倒だからね。巣に入らずに討伐できるならそっちの方が良いね」


今まで話を黙って聞いていたスーザンも、イアンの考え方に賛成のようだ。


「サーシャはどう思う?」


俺は残ったサーシャの意思を確認する。


「ゴブリンって人を攫う事があるんじゃなかったっけ?」


サーシャの顔は暗い。昔の事を思い出したのだろうか。


「ああ、そういう事件はたまに聞くな」


ゴブリンの知能はそれほど高くないが、人間の子供程度の知能ならある。人攫いをする事はあり得るのだ。




つまりは中に人が居る可能性があるという事だ。


「だったらいきなり焼き討ちっていうのは止めた方が」


サーシャはイアンの作戦には反対のようだ。


万一人が中に居たのに焼き討ちをしたら、俺達が殺したという事になる。それを考えるといきなり火攻めというのは止めた方がいいのかもしれない。




「ああ、そういう可能性もあるのか」


先ほどまでイアンの意見に賛成だったスーザンだが、サーシャの言葉を聞いて意見を変えた。スーザンにとって、サーシャの意見は盲点だったようだ。


「君も焼き討ちには反対ですか」


イアンは意見を変えたスーザンを見て、少し意外そうな顔をしていた。


「流石に誰かを巻き込む可能性を考えたらね」


ゴブリン退治のつもりが人を殺していたという可能性を考えたら、反対するのも当然だろう。


「だったらどうするんです? 中に入って様子を見ろというんですか?」


反対する俺達に対して、イアンは代替案を要求して来た。


中に人が居るかどうかをきにするなら、誰かが中に入って確認するのが確実だが、そんな事をすればゴブリンに見つかる事になる。




「それが安全だろ」


それでも、誰かを殺してしまう可能性を考えたら、先に巣の中を確かめた方がいいだろう。


「それはもう、強行突入と同じですよ」


中に入れば当然ゴブリンも気が付く。このまま焼き討ちするよりも、難易度は高くなるだろう。




 ●




「あんたは探知魔術を使えないのか?」


魔術の中には相手の気配を探るものもある。それがあればわざわざ中に入る必要は無い。イアンの得意魔術が何なのかは聞いていないが、上級者なら使えるのではと期待して聞いてみる。


「専門外ですよ。魔術師だからといって、どんな魔術でも使えるわけではありません」


使えたとしたら、こんな議論などせずに最初から使っているか。




「何か良い方法は無いか?」


このままただ突入するというのは俺も避けたい、何か中の様子を探る良い方法は無いだろうか。


「そういう君は盗賊なら、隠密魔術を使えるんじゃないのかい?」


盗賊が使う魔術の中には気配を消す魔術がある。


「一応使えるが、まだ覚えたばかりだ。あまり精度は良くない」


俺も盗賊である以上は使えるが、良い効果は期待できない。




「それでも使えるんだろう? どの程度の効果がある?」


とはいえ使えるのであれば今はそれしかないようだ。


「目の前で使ったら効果は薄いが、相手に見えない場所で使って音をたてないようにいけば相手には察知されない」


既にこちらを認知している相手には効果は薄いが、相手が気が付いていない状態であれば、隠密魔術を使って近づいても相手に気が付かれる事は無い。


相手に認知された状態で姿を消すのは、隠密魔術というよりも透明化の魔術だろう。腕のいい盗賊は使えるらしいが俺にはまだ使えない。




「それは人間にも効くのかい?」


イアンが俺の魔術に興味を示したようだ。魔術師の性だろうか。


「一応な」


自分の気配を消すため、魔物だけではなく人間相手でも効果はある。


「みせてもらえますか?」


イアンは言葉だけではなく、直接俺の魔術の効果を見たいようだ。


「もう俺の事を認識してるんだから、効果は薄いぞ」


さっきも言った通り、相手がこちらを認識していない場合には効果を発揮するがそうでなければあまり効果は期待できない。




「多少は効果があるんだろう。実際に君を行かせるかどうかを判断するためにも、一度使って見せてほしい」


確かに今後どうするかを決めるためにも、おれの隠密魔術がどの程度なのかは見てもらう方が良い。


「分かった。じゃあ見てろよ」


俺はその場で隠密の魔術を使った。


「ハイド」


気配を消す一般的な隠密魔術。盗賊であれば覚えるのはそう難しくない。


「どうだ?」


三人には魔術を使う前から俺の事は認識していた。恐らく隠密魔術を使ったところで俺は認識されているだろうが、一応どれぐらい見えているのか聞いてみる。




「確かに、輪郭がぼやけて見えますね」


やはり効果は薄いが、全く効果がないという訳ではないようだ。


「これがゴブリンにも効くと思うか?」


認識に干渉する魔術は、相手の知能が低いほど効果がある。人間よりもゴブリンには効果があるはずだ。




「まあ、最初から認識している人間に対してこれ位の効果なら、こちらを認識していないゴブリン相手なら大丈夫でしょう」


加えてまだゴブリンはこちらには気が付いていない。余計なことをしなければゴブリンが俺に気が付く事は無いだろう。


「じゃあ、俺が中の様子を見て来る」


方針が決まったところで俺は一人でゴブリンの巣へと向かった。




 ●




ゴブリンの巣の前には二匹のゴブリンが見張りとして立っている。最初の難関だ。足音を立てないようにして近づいていくが、こちらに気が付く様子は無い。


そのまま横を素通りして中に入る。


少し進んでから気になって後ろを振り向くが、見張りのゴブリン達が俺に気が付いた様子は無い。


俺は洞窟の奥への視線を戻し、再度奥へと進んだ。




中は一本道で、所々松明が灯されていた。ゴブリンにも灯りが必要らしい。


そのまま奥に進むと部屋のような場所に出た。


幸いにも扉はない。


万一扉があった場合、扉を動かしたら俺の存在がバレてしまう可能性があったがその心配は杞憂だった。


奥には多くのゴブリンが居た。




クエストの情報通りざっと二十匹は居る。


手には剣、棍棒、弓など様々な武器を持っている。


しかしどれも錆びたり傷がついたりしていて、痛んでいる。


武器を手入れしたり、自ら作成する知能は無いようだ。大方人間の捨てた武器を拾って使っているのだろう。




そのゴブリンの中で明らかに体格の大きいゴブリンが居た。


レッドキャップと呼ばれるゴブリンのリーダーだ。


特徴的な赤い布を顔に纏っている。


ゴブリンは群れを成す習性があるが、最も強い者をリーダーとし、リーダーは目印として赤い布を纏う習性がある。




今回のクエストは群れの殲滅であるため当然あのレッドキャップも倒す必要がある。


とはいえ火攻めがうまくいけば戦う事無く倒せるだろう。


ここまで特に脇道は無く。これ以上奥への道も無い。


つまりは中に人はいない事の確認はできた。


これなら火攻めをしても問題は無いだろう。


俺は音を立てないよう、来た道を引き返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る