42. 野盗の襲撃
急須を仕入れたあとは迷宮都市オデルシスへと戻る道をのんびりと走る。
ヒラゲンさんのコンロが承認されるまでもう少し猶予があるし、今回は急ぐ旅でもないのだ。
この街道はあまり人も通らないらしく、すれ違う人もほとんどいない。
つまり、馬車をゆっくり走らせても問題ない。
普段は馬車の室内でのんびりしているだけの豆柴様たちに思いっきり体を動かしていただく環境があるということだ。
私が豆柴様たちに許可を出すと豆柴様たちは一斉に外へと駆けだしていき、ヴィンケルと一緒になって走り始めた。
豆柴様たちはあんなに小さな体なのに結構走る速度は速い。
普段よりも私たちの馬車はゆっくりと進むが、それだって普通の荷馬車並みになったくらいだろう。
私も御者台に出て豆柴様たちが走り回る様子をのんびり観察していた。
うん、のどかだ。
「シエル様、豆柴様たちも調子がよさそうですね」
「はい。元気そうでなによりです。普段から馬車の中にあるリビングを走り回っていることがありますが、プリメーラに見つかると怒られますからね。どうしても運動不足だったのでしょう」
「それは仕方がありませんね。馬車の中は走り回る場所ではありません」
「そうですね。それにしても晴れ渡っていて気持ちがいいです。心持ち暑くなってきましたが」
「ええ、もうすぐ夏です。そういえばシエル様は天翼族国家の夏は初めてでらっしゃいましたか」
「はい。初めてです。エルフ族国家の夏は蒸し暑くつらいものでした」
「なるほど、国によってそんなに差があるのですね。天翼族国家は夏でも涼しい地域にあります。一部の地域を除けば夏は比較的過ごしやすいでしょう」
「そうなんですね。期待しています」
「ええ。……ああ、豆柴様たちが戻ってきましたね」
「走るのに疲れたのでしょうか? とりあえず私は、豆柴様たちを馬車の中に招きます」
「はい。気が向いたらまた」
戻ってきた豆柴様たちは走るのに満足したのか、リビングの方に行くとソファの上で丸くなって眠ってしまった。
豆柴様に近づくとほんのりお日様の匂いがする。
気持ちよかったんだろうな。
そんなのんびりした旅だったが、来たときの半分くらいを過ぎた辺りで大雨に見舞われてしまった。
なんとか地盤のいい場所まで避難したけど、私たちが使っていた街道は泥でぐしゃぐしゃだ。
これじゃあ帰ることができないな。
「シエル様、どうなさいますか?」
「うーん。無理をして早く帰る理由もないですし、雨が止むまでここで雨宿りをしていきましょう。幸い、私たちは食事や水に困ることはありませんし、護衛の皆さんだって交代で温かいベッドを使い眠れますし」
「私もその方が賢明かと考えます。この馬車が
「それではしばらくここで野営ですね」
「そうすることにいたしましょう。私は外の護衛たちに伝えて参ります」
「よろしくお願いします、ミラーさん」
こうして私たちは雨が止むまで街道から逸れた平地で過ごすこととなった。
私の馬車ならきれいな水が使い放題だし、なんなら体だって洗える。
寝室だって護衛のみんなやメイドたちの分までベッドを用意してある。
馬車の外に見張りを立てないのは怪しまれるからできないけど、交代すれば自分専用のベッドで温かく休める。
これって旅をする中ではとても贅沢な話だ。
普段なら即応性を考えて馬車後部にある荷台に作られた藁のベッドで寝る護衛たちも、雨が降っている間の休憩時間は室内で寝ることにしたようだ。
雨漏りするようなことはないけど、雨で濡れた体が冷えて体力を奪われることを避けるためらしい。
私としてはゆっくり休んでもらえるならそれでいい。
私たちの行く手を阻んだ雨はひと晩降り続き、翌朝には曇り空まで回復した。
雨は泣き止んだのだが、今度は道がものすごいことになっている。
ちょっとこの中を馬車で進むのは危険が伴うんじゃないかな?
「ヴィンケル、この馬車はぬかるみなどに足を取られても大丈夫でしょうか?」
『ドラゴンの持っていた
「かしこまりました。皆さんもそれでよろしいですか?」
「ヴィンケル様の判断とあれば。正直、私どももこの道の中を出発するのは避けたいところですので」
『車輪や車体に付いた泥はすぐ落ちるだろうが、体に付いた泥、とくに翼にまとわりついた泥は落ちにくいらしいからな。気持ちはわかるぞ』
そうなんだ。
天翼族の翼に泥が付くと落とすのにものすごく手間がかかる。
この馬車には魔力を注ぐことで貴重なソープを無制限に出せる
なので、雨に濡れるのも天翼族は極端に嫌うし、翼に泥が付くなんて最悪だ。
こんなぬかるんだ道を移動したくはない。
ヴィンケルとしても馬車が動かなくなる可能性を考えての提案だろう。
ともかく、あと数日ここで寝泊まりしよう。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
『ふむ、だいぶ乾いてきたのではないか?』
「そうでございますね。この調子で乾いていけば明日の朝には出発しても大丈夫かと」
『3日もここで足止めされるとは思わなかったがな』
「急ぐ旅ではなかったのでよかったのですが。急ぎの旅だった場合は雨の中の強行軍にぬかるんだ道の上を走ることになっておりました。本当にここで休んでいて正解でした」
『うむ。最悪、我が地面をすべて乾燥させながら走るという手があったのだがな!』
「おやめください、ヴィンケル様。必要以上に目立つ行動は避けるべきです」
『むぅ、わかった。ミラーも過保護だな』
「ヴィンケル様が大雑把過ぎるだけでございます」
『なるほど』
ヴィンケルとミラーさんが道の土質を確認に行っているけど、まだ完全には乾いていないみたい。
出発を明日の朝まで延期するようだ。
結構長居することになっちゃったな。
地面はあまりきれいじゃないので豆柴様たちもお外に出してあげられないし。
どうしたものかな?
「……ッ!? お嬢様、ミラー様! 馬車の中に!」
「パネサ?」
「……なにかの燃える臭い? まずい! 馬車を守れ!」
パネサが警告すると同時に近くの林から何本もの火矢が飛んできた。
狙いは私の馬車!?
まずい、中にはメイドたちが!
……あれ?
「なんだ、刺さってない?」
「焦げてもいない」
「なるほど。魔法の馬車は耐久性も抜群か」
火矢は突き刺さった……ように見えたが一本も刺さることなく地面に落ちた。
地面はまだかなり湿っているし、草も生えているので火も自然鎮火したみたいだ。
馬車の方はなんともないらしい。
ああ、焦った。
『なにをボサッとしている! 馬車の中に入らぬか!』
「え、ヴィンケル?」
『敵襲だ! 守られる側の者は馬車の中で様子を伺え!』
「は、はい!」
ヴィンケルに押し込まれるように馬車の中へと入る。
ミラーさんも一緒に入ってきてドアの内鍵を閉めた。
ミラーさんはほかのドアも内鍵をかけて回り、すべてに鍵をかけたら腰に差していた短剣を引き抜いてのぞき窓から外の様子を伺っている。
私も気になったので外を見てみると十数人の怪しげな集団が護衛のアーリーたちと対峙していた。
アーリーたちは4人しかいない。
大丈夫なんだろうか。
私が出ていっても邪魔になるだけだし、せめて無事に追い払えることを祈ろう。
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