41. 茶器と玉露

 先に来ていた男が出て行ったあとはとんとん拍子に話が進んだ。

 この村は私の青空運送商会とお茶の専属契約を結ぶ。

 仕入れは年1回この時期と決めようとしたが、拠点が定まっているのならそこまで運んでくれるということだ。

 ミラーさんと話し合った結果、いまの私たちは拠点を持っていないのでいったんこの話は保留とし、私たちが拠点とする用地などを買い取ったあとまた話しに来ることにした。

 村長さんとしては毎年決まった量を1カロ50ブレスもの大金で買ってくれるのがありがたいらしい。

 私たちとしては念入りに打ち合わせをした結果の対価なのでそれほど高くはないイメージだったが、この村にとっては違うようだ。

 どうも私たちより先に来ていたあの男は毎年1カロ5ブレスで買い叩いていたらしい。

 安く買い叩かれているのはわかっていたが、自分たちの作っているお茶は普通のお茶とは違うため甘んじて受け入れていたそうだ。

 ちょっとかわいそう。


 ともかく、私たちとの間で専属契約を結んだことにより、茶葉の質次第だが毎年決まった量を売る見込みがこの村には付いた。

 これで村の財政もよくなるらしい。

 どうやらこの村には緑茶以外にも産業があるみたいだが、そちらに回せるお金も捻出できると言っていた。

 これは商売になりそうな話かな?


「あの、この村のお茶以外の産業とはなんでしょう?」


「ああ。緑茶用の茶器です。少し離れた場所に良質の粘土が取れる土壌があり、そこの土から茶器を作っているのですよ。そちらも見学されますか?」


「はい。ぜひ」


「それではご案内いたします。馬車は……」


「私たちの馬車がありますので村長様もお乗りください。行き先を指示していただければそちらに向かいます」


「ありがとうございます。それでは向かいましょうか」


 村長さんと一緒に家の外に出て私の馬車に乗り込む。

 示された道は馬車がすれ違えるほど道幅が広く、しっかりと踏み固められていた。

 村の中にこんな立派な道があるだなんて。


「見えてきました。あそこが茶器を焼いている窯元です」


「あそこに茶器を保管しているのですか?」


「ええ。それなりに重いですし少しでも強く物があたると欠けてしまいますからな。一部を除き茶器を作る釜のすぐそばに倉庫を作ってそこに保管しているのです」


「ちなみに、その倉庫に保管されていない一部は?」


「村の工芸品店に置いてありますが、そもそもこのような村に工芸品店があること自体知られておりません。また、そちらで売っている茶器は安物なんですよ」


 なるほど、少しでもいいものを見せようという魂胆か。

 でも、私としても出来のいいものを見たいからありがたい。

 このまま村長さんの案内に従おう。


 たどり着いた倉庫はそれなりに大きな木造の建物だった。

 倉庫の中に入るとかび臭さも埃っぽさもまったくなく、きれいに掃除されているのがわかる。

 いつ商人が来てもいいように管理されているのだろう。

 この村って結構考えて物作りをしているのかも。


「こちらが茶器になります。緑茶用の茶器ですので一般的なお茶用の茶器とは異なります」


「本当ですね。円筒形で大きく持ち手がありません」


「それは汲み出しといわれる茶器です。来客などの歓迎用に使われる茶器ですな」


「なるほど。それにしても、美しい色合いですね」


「色づけもこの村の伝統技法ですからな。さあ、奥に参りましょう。もっと美しい茶器をご用意してあります」


 村長さんの勧めに従い奥のスペースへと足を運ぶ。

 そこには入り口で見た汲み出しと同じ形をしているけど、器自体に絵や模様などが描かれている茶器がたくさんあった。

 これにはミラーさんだけではなくメイドのプリメーラも感心したようでひとつひとつ眺めていく。

 これはいいものだね。


「いかがでしょう。お気に召したでしょうか?」


「はい。とても気に入りました。あとはお値段なのですが」


「この付近のものは高級品ですからな。ひとつ……1000ブレスはほしいところです」


 1000ブレスか。

 私としては安い買い物だと思うんだけどミラーさんたちの意見はどうだろう?


「よろしいのではないかと。実用品としてではなく観賞用としても売れる見込みがあります。正直に言いまして掘り出し物ですね」


「私も異存はありません。メイドとしてもこのような美しい茶器でお客様をもてなすのは大変好ましいことでございます」


 ふたりも賛成なんだね。

 よし、ちょっと多めに買っちゃおう。

 買い付ける数を相談して村長さんに伝えると喜色満面の笑顔で応じてくれた。

 かなり割れやすいので取り扱いには注意が必要だけど、そこは普通の茶器も一緒だから大丈夫だろう。


 買い取った茶器をすべて馬車に積み込んだら村長さんの家に戻り少し休んでいくことになった。

 そこで出されたお茶はあの美しい茶器ではなく少し重みを感じさせる色の器。

 しかも、その中に入っているお茶は緑色で濁っている。

 これはなんだろうか?


「ああ、これは抹茶と言いましてな。お茶の葉から葉脈などを取り除き、葉の部分だけをすりつぶした物を飲むのです。苦手でしたら普通のお茶をご用意いたしますが」


「いえ、せっかく出されたものですし飲んでみます」


 出されたのは私とミラーさんだけだから覚悟を決めて飲んでみる。

 すると、苦みの中に微かな甘みと爽やかな香りが広がって緑茶よりも美味しい。

 これは買えないのかな?


「申し訳ありません。抹茶は村で消費する分しか生産しておらず」


「それは残念です」


「そうだ、お詫びと言ってはなんですが、高級茶葉をお譲りしましょう。こちらも村の中で客をもてなす分しか生産しておりませんでしたが、数カロ程度でしたら」


 うーん、数カロだと売り物にはならないよね。

 私たちが楽しむ分だけにしよう。


 村長さんが持ってきてくれたお茶の名前は『玉露』と言うらしい。

 作るのに手間がかかりこの村の規模では大量生産には向いていないのだとか。

 いれ方も実演してもらえた。


まずは急須と呼ばれる特別なティーポッドにお湯を入れて急須を温める。

 次に急須の中のお湯を捨てたら適量のお茶の葉をいれ、お湯を注ぐ。

 このときのお湯の温度は沸騰したお湯を少し冷ましたくらいがいいらしい。

 この感覚はなかなか覚えられないらしいからプリメーラに研究してもらおう。

 お茶を蒸す時間はかなり短い。

 紅茶だとそれなりに蒸すんだけど、玉露は短時間にしないと味が濃くなり過ぎるんだとか。

 お茶を蒸し終わったら手早く茶器にお茶を注ぐ。

 このとき出来上がったお茶は熱いうちに飲んだ方がいいらしい。


 玉露のお茶を飲んでみると普通の緑茶よりも甘い風味があり味わいも独特だった。

 これは癖になりそう。

 急須もこの村を少し南に進んだところにある村で売っているらしいし、帰る前に買っていこう。

 そもそも緑茶をいれるときに使うのは急須らしいからね。

 セットで売り出すことも考えよう。

 うん、いいお茶でした。

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