39. 魔力増幅アクセサリーの露店販売 3

 3日目からはお客様が引っ切りなしにやってきた。

 目当てはやっぱり良品の指輪みたいだったんだけど、それは早々に売り切れてしまってお昼前の時点でもうない。

 それがないと知ると帰るお客様もいるけど、一般品でもいいので買っていくお客様も多数いる。

 はっきり言って魔力増幅の指輪の販売も順調だ。

 良品は売り切れ、一般品も半分以下になった。

 あとは半不良品ももっと売れてくれればいいんだけど……。


「そこは仕方がありません。性能的に考えても売れ残るのはわかりきっていたものです。そこまで悲観する必要はありませんよ」


「そうなんですか、ミラーさん?」


「はい。初めから売り物として考えていたのは上ふたつのみ。下級品はこの街で売れ残っても別の街で売れる見込みがあります。そちらを目指しましょう」


「わかりました。それにしても、こんな順調に商売がいっていていいんでしょうか?」


「外れのない品ばかり選んでいるというのもありますが、堅実な方がよろしいでしょう。金銭的には余裕がありますが、私たちはまだ新興の商会です。派手に儲けて利権を荒らすよりほかの商会が手を出していない部分で手堅く儲けましょう」


 なるほど、そういうことか。

 ミラーさんによればヒラゲンさんから仕入れる予定のほかの商品も売り先に目星はついているらしい。

 いずれは私もそこの域にたどり着かなくちゃいけないんだろうけど、それには経験かな。


 そのような形で売上は順調に増していき、5日目の午後には一般品も売り切れてしまった。

 いまでは買い遅れた冒険者がちらほらやってくるけど、性能的にいままで売っていた物より劣ると知ると買っていくのをやめてしまう。

 値切り交渉をしてくる人もいるけど、元の値段が1万フライなのであまり値切れない。

 1万3000ブレスまでは値下げしてもいいかなと考えたんだけど、ミラーさんによればそれもだめらしい。

 理由は一度1万3000ブレスに値下げしてしまうと今度はその価格が基本となってしまい、元の価格では売れなくなるためだ。

 冒険者というのは横のつながりも結構あるらしい。

 私の露店にたくさんの人が来てくれたことと同じように、値引き販売したことが知れれば今度は値引き価格で売ってくれという人が大挙するだろうという予想だ。

 この指輪はほかの街でも売る予定があるようなので値引きをして在庫を減らす必要はないと。

 うーん、こういうところも考えられるようにならないとだめかな?


 ミラーさんからいろいろと学ばせてもらいつつ露店をやっていたところ、この街の衛兵隊の鎧を着た男性数名と冒険者風の男女がやってきた。

 一体なんの用だろうか。


「お前、この店の店主で間違いないか?」


「はい。私が店主でございますが……なにか?」


「お前には不良品の魔道具を販売した疑いが出ている。大人しく我々についてこい!」


 不良品の魔道具?

 なんのことだろう?

 私がきょとんとしていると、私に話しかけてきた男はズンズン詰め寄ってきた。

 もっとも、途中で私の護衛たちに止められたんだけど。


「貴様ら! なにをする!?」


「なにをする、というのは私たちのいい分だ。お嬢様に詰め寄るなど一体何様のつもりだ?」


「ふん! 田舎者は私のことも知らぬのか! 私はデーン子爵の4男、ニャルドだ! この街の最強衛兵隊、街中衛兵隊の隊長でもある!」


「そうか、ニャルドか。それで、衛兵隊長が一般市民に詰め寄るなどどういう了見だ? この街では衛兵は一般市民を脅す権利があるとでも?」


「一般市民などではない! 不良品を冒険者に売っていた犯罪者だ!」


 不良品を売っていた?

 うーん、使い方が荒くて壊れたのかな?

 しょうがないので私が対応しようとしたところ、ミラーさんが私を手で制して代わりに対応してくれた。


「ほほう、不良品を販売していた、ですか。なぜそのようなことがわかるのです?」


「む? お前は何者だ!」


「当商会、副会頭のミラーと申します。それで、不良品と言い張る根拠は?」


「根拠か。これを見ろ!」


 ニャルドという衛兵が腰に下げていた袋から取り出したのはふたつに折れた指輪だ。

 でも、あれがなんの証拠になるのだろう?


「これはここで販売している指輪だな!?」


「いいえ、違います」


「なんだと!? その根拠を言ってみろ!」


「根拠ですか。私どもの販売している指輪ですが、内側にこのようなサインがあります」


 ミラーさんはニャルドという男に向かって指輪の内側を見せた。

 私も手元にあった指輪の内側を見たが、そこにはヒラゲンさんのサインがあった。

 かなり小さな物なので指摘されなければ気付かないだろう。

 でも、ほかの指輪をみてもすべてに彫ってあるからこれがないということは偽物だという証になるね。


「いかがでしょう。ここに作製者のサインが彫り込んであります。そちらの指輪にはサインが彫り込んでありますか?」


「うっ……それは……」


 ニャルドという男はそこまで考えが至っていなかったようだ。

 完全に尻込みをしている。


「待てよ、すべての本当にすべての指輪にサインが彫られていたという証拠なんてないだろう?」


「そうよ。私たちは確かにこの店で指輪を買ったのよ!」


 ここにきて後ろで様子を伺っていた冒険者風の男女が割り込んできた。

 それを追い風にするかのごとく、ニャルドという男も息を吹き返す。


「そ、そうだな、すべての指輪にサインが彫ってあったなどという証拠はない! お前たちの言うことは信用できん!」


「そうでございますか。ちなみに、その指輪はどのような状況で壊れたのですか?」


「そんなの魔力増幅をしていたときに決まっているじゃない!」


「ふむ。魔力増幅をしていたときにと」


 あれ?

 魔力増幅をしているときに壊れると、折れたりしないよね。

 だって……。


「なるほど。では、私が実際に魔力増幅をしてこの指輪を壊してご覧に入れましょう」


 ミラーさんは指輪をはめて魔力を増幅していく。

 しばらくすると、指輪がカタカタ震え始め、最終的には

 うん、魔力増幅をしすぎて壊れるときって折れるんじゃなくて崩れるんだよね。

 私も製品チェックの際に何本か粉々にしているからよくわかる。

 決して折れたりなんかしない。


「さて、おわかりですね。魔力増幅の限界を超えると指輪は崩れ落ちます。折れたりなどしません。それにその指輪、ただのガラス製ではありませんか。私どもが販売している指輪は水晶クォーツ製ですよ。そこも真似をしてから来るべきでしたね」


「う……それがどうした! 俺が犯罪だと言ったら犯罪なのだ!」


「聞き分けのない方です。仕方がありません、商業ギルドに行って真偽の審判を受けましょう」


「真偽の審判だと!?」


『真偽の審判』というのは特殊な魔道具を使って発言内容に嘘がないか調べるものだ。

 質問内容によって正確な結果が得られるかは異なるけど、ミラーさんなら質問を間違えたりはしないだろう。

 1回使用する毎に2万ブレスくらい費用を取られるんだけど大丈夫かな?


「では、参りましょうか。なに、1回の虚言につき5万ブレスの罰金で許して差し上げます。商業ギルドはどんな手段を用いてでも罰金を回収いたしますのでお覚悟を」


「知らん! そんなものは知らん! ええい、邪魔だ、退け!」


「聞き分けの悪いお方です。アーリー」


「はっ」


 護衛のアーリーが素早く動きニャルドという男を盾で吹き飛ばす。

 ニャルドは無様にも地面を転がり、道の反対側にある商店の壁に当たって止まった。

 そのあとぴくぴくけいれんしてはいるけど立ち上がる様子はないから気を失っているみたい。

 アーリーって本当に強い。


「さて、虚偽の発言で私たちを陥れようとしていた愚か者は捕らえました。あとは、残りの方々ですね」


「「「ひぃっ!?」」」


「……まあ、衛兵様方はこの男に踊らされたということで、私たちを無罪放免としてくださるなら処罰しないであげましょう。そちらの冒険者に化けている方々は私たちと一緒に来ていただきます。拒否するならあの男のように無様に転がっていただきますが、いかがでしょう?」


「し、従います……」


「ありがとうございます。私どもとしても手間が省けて助かります。アーリー、あの男とこの者たちに縄を。残りの者たちは露店の撤去をお願いします」


「はい」


 うーん、ミラーさんってやっぱり私なんかより切れ者だよなぁ。

 こんな状況でもまったく怖じ気づかないし。

 私も見倣わなくちゃ。


 ああ、私たちを脅そうとしていた連中だけど、衛兵隊長は本物で残りの冒険者風の連中はこの街の魔道具屋だった。

 魔道具屋が衛兵隊長のニャルドに話を持ちかけて私たちを牢屋に放り込み、所持金や荷物を奪い取る魂胆だったらしい。

 こいつらには『真偽の審判』の利用料のほか罰金も科せられたからもう同じようなことはできないだろう。

 それにしても、衛兵隊長が率先して商人から金品を脅し取ろうとしているなんて大丈夫なのかな?

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