35. 魔彩色具と灯りの魔道具

 リビングで説明された魔彩色具の特徴は素晴らしいものだった。

 ほんの数滴を水や油に溶かすことで染料や絵の具に早変わりするのだ。

 でも、これがどうして広まっていないのかというと、魔彩色具の値段が高いだけではなく同じ色を再現することが難しいことも理由のひとつらしい。

 同じ素材を原料に使えばほとんど同じ色になる、これはある意味当たり前だ。

 だけど、魔彩色具を原料に使うとイメージがしっかりしない限り目の前にほしい色があっても再現できない。

 これが難しいようだ。


「染色にも絵画にも手元から先端までで色を変えていく技術はあるのですが、こう再現性が低い塗料はなかなか売れないのですよ」


「そうなんですね。便利そうな道具なのに……」


「まあ、使い手の腕によるということです。ささっ、お茶が入りましたよ」


「ありがとうございます」


 ヒラゲンさんから渡されたお茶は緑色をしていた。

 先に味見としてメイドのプリメーラとドローレスが口をつける。

 が、ふたりともなんともいえない顔をしていた。


「おや、緑茶はあまり好みではありませんでしたか」


「このお茶は緑茶と言うんですか?」


「ええ、そうです。あまり有名ではないですが、この街を東に行ったところにある村の主要な交易品ですね。私はこの渋みが気に入っているのでよく買ってきています」


 渋みが気に入るってどういうことだろう。

 私も飲んでみたけど、確かに渋みが強い。

 ただ爽やかな香りはなんとなく癖になりそう。

 だけど、これってお茶のいれ方としてあっているのかな?


「ヒラゲンさん、失礼ですがお茶のいれ方ってあってますか?」


「お茶のいれ方……はて、特に気にしたことはないですな。お茶は飲めればいいものとばかり」


 ああ、やっぱり。

 うまくいれることが出来ていないから渋みが余計出ているのかも。

 ヒラゲンさんにお願いして緑茶の茶葉を少し分けていただき、メイドのふたりにうまくお茶をいれられないか試してもらうことにした。

 美味しい緑茶が飲めればこれもこの街から買っていく交易品にしよう。


「さて、お茶はあれでいいとして。ヒラゲンさんは大型の魔道具を小型化するのに力を入れているとか」


「おお、そうですそうです! 魔道具ギルドで話を聞いてきたのでしょうか?」


「はい。魔道具ギルドでは変人扱いされていましたが……」


「変人。確かに変人でしょう。大型魔道具をわざわざ小型化する必要などほとんどありませんからね。大型魔道具は大型であるからこその設計がされています。それをそのまま小型化するのではだめなんですよ」


「そうなんですか?」


「はい。そもそも、大型魔道具の技術というのは……」


「ヒラゲン様、その話はまたいずれ。いまはどのような魔道具をお作りですか?」


 ヒラゲンさんが技術について熱く語ろうとしたところを遮り、ミラーさんがいまある魔道具の話を持ち出した。

 ヒラゲンさんもつい熱くなってしまったところを見られて恥ずかしげにしながら席を立って魔道具を持って来てくれる。

 最初に持って来たのは来る途中で見た指でつまめるサイズの魔道具だ。


「これは灯りの魔道具です。ゴブリンやホーンラビットのサイズの魔石の未加工品で動き、つけっぱなしにしても3日は消えません。魔石も交換出来ますし私が作った魔道具の中では優れている方でしょう」


「そのサイズで灯りの魔道具ですか。どの程度の光量が?」


「一般的なカンテラ程度の灯りを灯せます。実演してみせましょう」


 ヒラゲンさんが魔道具のスイッチを入れると、灯りの魔道具の名前通り灯りがついた。

 その光量は確かにカンテラくらいの明るさがあり、夜道でも安心して歩けるだろう。

 かなりの優れものだ。


「ふむ。大変素晴らしいですね。ですが、これが世に広まっていないのはなぜでしょう?」


「一般的な灯りの魔道具の10倍以上の値段がするためでしょうか。長く使えばこちらの方が得ですが、短期的に見るとどうしても価格で対抗できません。また、灯りの魔道具は乱暴に扱うと壊れる可能性があるため高いものは避けられるのでしょう」


「なるほど。それで、その魔道具はどの程度乱暴に扱うと壊れますか?」


「自分が試した限りでは石畳に叩きつける程度では壊れません。さすがにハンマーなど重たい物で叩かれれば壊れますが、そこはどの魔道具でも一緒でしょう」


「確かに。それでは私たちがそれを買いたいと申し出た場合、ひとつおいくらになりますか?」


 値段か……。

 やっぱり値段だよね。

 いくらいいものであっても高いと売れないし。

 ヒラゲンさんは少し悩んでから値段を告げた。


「ひとつ3500ブレスと言いたいところですが、命を助けていただいた恩もあります。10個まででしたら、ひとつ3000ブレスでお譲りしましょう」


 ひとつ3000ブレスか。

 一般的な灯りの魔道具の値段はエルフ族国家にいたときは400ブレス程度だった。

 この街だともっと安い気がするから10倍以上というのは本当なんだろう。

 さて、買うかどうか悩みどころだね。


「3000ブレスですか。シエル様、いかがしましょう?」


「ミラーさん、3000ブレスって高いですよね?」


「正直申しますと高いです。しかし、ゴブリンサイズの魔石を未加工で使えるという利点は大きいですね」


 ミラーさんの説明によると、普通の魔道具に使う魔石は専門の職人が魔道具用に加工したものでないとだめらしい。

 普通の魔石から取り出せる魔力は不均等で魔道具を扱う上で不便なのだそうだ。

 その点、この魔道具はモンスターから取り出した魔石をそのまま使える。

 加工にかかる費用と即座に使えるという利便性を考えるとこれもまたありなのだとか。

 売り先は私で考えろという。


 うーん、それなりに頑丈で持続性が高く魔石の交換が楽。

 そうなると一番いい売り先は……冒険者?

 でも、冒険者ってそこまで儲けているイメージはないし、将来的な投資なら武器や防具に使いそう。

 そこまで考えると次の売り先は……あ。

 鉱山の鉱夫?

 でも鉱夫だとお金が足りないかもしれないから鉱山の運営元にあたってみよう。

 うん、持っていて腐るものじゃないしこれに決めた!


「わかりました。50個ほどほしいのですが在庫はありますか?」


「ご、50個!? い、いえ。残念ながら在庫は30個ちょっとですな」


「それでは作っていただくことは?」


「それでしたら2週間ほどで仕上げましょう。ですが、支払いは大丈夫でしょうか?」


 あ、私が若いからあまり信頼されてないんだ。

 前金で全部支払うのはいけないことらしいから、手付金としていまある30個の代金だけ支払おう。


「ミラーさん、30個分の代金を支払ってください」


「かしこまりました。ひとまず既にある在庫の30個を検品させていただけますか?」


「は、はい」


 ヒラゲンさんは奥の部屋から灯りの魔道具を30個持って来た。

 ミラーさんはそれをひとつひとつ丁寧に調べ、商品に問題がないことを確認すると最初の10個分の3万ブレスと残り20個分の7万ブレス、合計10万ブレスをテーブルに出した。

 これでお遊びじゃないことは信じてもらえるかな?


「お、おぉ……」


「ひとまず手付金代わりに30個分の代金10万ブレスです。お数えください」


「では失礼して……確かに、10万ブレス頂戴しました」


「では、残り20個も作っていただけますね?」


「はい、もちろんです」


 よし、これで商品の買付ひとつ完了!

 ほかにはなにかいいものがないかな?

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