34. ヒラゲンの作品

 私たちはヒラゲンさんを連れて馬車まで戻ってきた。

 そしてメイドたちにお願いして温かいスープを用意してもらう。

 完成したスープはヒラゲンさんが食べるのだが、いい食べっぷりだ。

 それなりの大きさの鍋いっぱいに作ったのに全部なくなってしまった。

 数日間飲まず食わずだってというのは本当なのかも。


「いや、ごちそうになった。まさしく五臓六腑に染み渡る味でしたぞ」


「こちらこそ、お粗末様でした。追加はご所望ですか?」


「いえ、結構。これで十分です」


 さすがのヒラゲンさんもこれで満足なようだ。

 ヒラゲンさんがあんな森の奥まで行っていた理由を聞いてみよう。


「森の奥にいた理由ですか? あの森の奥では質の高い水晶クォーツが手に入るのです。私の作る魔道具にはそれが必須でしてな、それを採りに森へと来ていたのですが……」


「ですが?」


「運悪くイノシシに遭遇してしまい追いかけ回されてしまったのですよ。幸い、深い傷を負う前にイノシシがどこかに行ってくれたので助かりましたが、足も翼も怪我をして動けなくなってしまいあんなことに」


 ……一体あの場所でどれくらいの日数を過ごしていたのだろう?

 とりあえず助かったからよかったものの、なんて無茶をするんだろうか、この人は。

 そもそも、森にはいるなら護衛を付ければいいのに。


 そう提案したんだけど、ヒラゲンはそれを拒んだ。


「護衛を付けてその護衛から水晶クォーツの場所が知れ渡ると困りますからな。最上級品質とも呼べる水晶クォーツ、誰の手にも渡したくありません」


 意外と頑固だった。

 その水晶クォーツはヒラゲンが倒れていた場所のさらに奥にあるらしく、ヒラゲンさんはそれを取りに行きたいらしいのだ。

 でも、さすがにまた無理をされて倒れられても困る。

 折衷案として私の護衛を途中まで貸し出すことで合意した。

 私の護衛ならそんな簡単に水晶クォーツの場所を漏らしたりしないからね。

 最後まではついていかないし大丈夫だろう。


 こうしてヒラゲンさんたちを見送り、彼らが帰ってきた頃には日が落ちていた。

 でも、ヒラゲンさんが背負っている腰袋と手提げ袋はパンパンに膨らんでいるから無事に水晶クォーツを採掘出来たのだろう。

 問題は夜になってしまったので街に戻れないことだけど。


「おお、そうでしたな。私ひとりの時は時間など気にせず採掘に来ていますので申し訳ない」


「いえ。私たちも野宿の装備は整っていますから」


「左様ですか。それでは私は馬車の下あたりで眠らせていただきます。お休みなさいませ」


 いうがいなや、ヒラゲンさんは馬車の下に潜り込んで行ってしまった。

 うーん、野営地はここでいいんだろうか?


「アーリー、ここって野営地に向いているんですか?」


「正直、あまり向いていませんね。街道から見えますし森にも近い。野盗の類いからすれば、襲ってくださいと言っているようなものです」


「どうしましょう。ヒラゲンさんに言って場所を移りましょうか?」


「いえ、森の中に入らなければ誤差でしょう。護衛はしっかり務めますのでシエル様たちはゆっくりお休みください」


「いいのですか? それでは、お言葉に甘えて」


「はい。シエル様、よい夢を」


「アーリーたちも護衛をよろしくお願いします」


 ヒラゲンさんのペースに振り回されているけど、仕方なくこの場所で休むことにした。

 普段は森の奥など人目につかない場所を選んで休んでいるのでちょっと心配だ。

 朝になって周囲を確認すると、戦闘痕のようなものは残っていなかったし大丈夫だったみたいだけど心配だ。

 でも、馬車をヒラゲンさんの前で出し入れしていいか悩むところだし、仕方がないか。


「おお、いい朝ですな。おはようございます」


「おはようございます、ヒラゲンさん。いま朝食を準備していますのでしばらくお待ちを」


「はい。それにしても薪を使った調理ですか。旅ではなかなか大変でしょう」


 普段は馬車の中にある調理器具を使っているなんて言えない。

 馬車の設備については誰にも言っていないので秘密なのだが、こういうときに薪を使った調理しか出来ないのは不便だ。

 なにかカモフラージュになりそうな魔道具を買っていこうかな?


 私たちは用意された朝食を食べ、オデルシスの街に戻った。

 東門の衛兵さんたちがヒラゲンさんの姿を見て驚いていたね。

 事情聴取もされていたけど、かなり無茶をしたことを咎められていたみたい。

 私だってあれはないと思うのだから、衛兵さんたちからしても無謀なのだろう。

 でも、ヒラゲンさんは気にしていないようなんだよなぁ。

 なんというか、危ない。


 門を抜けるとヒラゲンさんの家まで向かうのだが、ここでも街行く人たちからヒラゲンさんは声をかけられていた。

 ただ、その内容からしてヒラゲンさんが数日間街を空けることは珍しくないようだ。

 本当に危なっかしい。


「到着しましたな。私の工房へようこそ」


「それではお邪魔いたします。うわぁ、魔道具がたくさん」


「どれも小型ですから置き場には困らないのですが雑然としてしまうのは難点ですな。どれ、いまお茶を煎れましょう。少し座って待っていてください」


 リビングで待たされることになった私たちは、待っている間も所狭しと並べられた魔道具を監察する。

 これは灯りの魔道具だろうか?

 普通なら手持ちサイズなのに、これは指でつまめるサイズだ。

 こっちはなんだろう?

 透明な瓶の中にどろっとした透明の液体が入っている。

 蓋も硬く閉められているし、勝手に開くのはまずいよね。

 でも、一体なんなんだろう?


「おや? 魔彩色具が気になりますか?」


「マサイシキグ?」


「はい。その液体を少量取り出し、水で薄めるとき魔力を込めることで望んだ通りの色合いに変化します。難点はイメージ通りの色にしかならないため、イメージ力が弱いと細かい色の調整が出来ないところですな」


 そんな便利な染色剤があったんだ。

 私たちには関係ないから戻しておくけど、これも商売の種になったりするんだろうか?


「魔彩色具ですか? あまり作っている工房はありませんね」


「そうなんですか? こんな便利そうな道具なのに」


「かなりコストがかかるのですよ、それ。大量に作ったとしても必要素材が減ることもなく、イメージ通りにしかならない特性のため本当に優れた染め物職人か画家にしか必要とされない。この街で取り扱っている工房もここを含めて数軒ですよ」


 む、それはいいことを聞いた!

 これはぜひ買って帰らないと!

 ミラーさんも頷いているし売れる見込みはあるって言うことだよね!

 商売の匂いというのがわかってきたかも。

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