33. 魔道具技師ヒラゲン

 早速魔道具ギルドで教えられた住所へとやってきた。

 場所は工房街の外れにある一軒家。

 ここに私たちが探している魔道具技師の人がいるらしい。

 でも、ドアノッカーを叩いても返事がない。

 どこかに出かけているんだろうか?


「おや? あんたたち、そこの家の魔道具技師に用事かい?」


「あ、はい。魔道具ギルドで紹介していただき来ました」


「そうかい。でも、残念だがそこの人はしばらく留守にしているみたいだよ。一週間くらい姿を見ていないからね」


 そうなんだ。

 会えなかったのは残念だな。


「あの、この家の主がどこに行ったかご存じではないでしょうか?」


 ミラーさんが私たちに話しかけてきた街の人に聞いてみる。

 でも、あちらもあまりよくは知らないようだ。


「さあて、ねえ? 最後に見かけた人が誰だかわからないが、街の東にある森に行きたいとは聞いていたが」


「街の東の森ですね。ありがとうございます」


「いいんだよ。それにしても、どこに行っちまったんだろうね」


 私たちは馬車へと戻り街の東門へと向かう。

 そこの門衛をしている衛兵さんたちに聞いて情報を集めてみた。

 ただ、それもあまり芳しくない。


「職人街の外れの魔道具技師……ヒラゲンか?」


「そういえば、あいつを最近見てないな。普段は自分で森まで行って素材を集めているのに」


「最後に会ったのはいつだ?」


「さあ? 俺は二週間前くらいに会ったきりだ」


「俺はもっと前だ……というわけであまり役に立てなくて済まないな」


「いえ、お忙しいところ教えてくれてありがとうございます」


「なに。美味しい塩漬けを持って来てくれた恩人の頼みとあればこれくらい安いもんだ」


「また美味しいものを仕入れたら衛兵隊に売ってくれよ」


 うーん、やっぱりいい情報は出てこない。

 仕方がないので、その東の森とやらまで足を延ばしてみよう。


 やってきた森は木々が隙間なく生えていて灌木も多い。

 こんなところに魔道具技師が来るのだろうか?

 さて、どうしよう?


「シエル様、森の中まで捜索してみますか?」


「そうしてみましょうか、シエルさん」


「わかりました。この場にはメイドふたりと護衛ふたりを残して行きましょう」


「はい。よろしくお願いします」


 私と一緒に来てくれることになったのはミラーさんと護衛のアーリー、パネサに豆柴様たち5匹。

 パネサが先頭でそのあとをミラーさん、私、アーリーの順で歩く。

 豆柴様たちは私の横だ。

 パネサの先行偵察では、この森には野生動物が多くモンスターは少ないらしい。

 それでも大型の野生動物の痕跡が多数見つかっているそうなので油断は出来ないようだ。

 注意して進むことにしよう。


 パネサが先頭になって道を切り開いてくれているけど、やっぱりその範囲も狭い。

 ミラーさんは歩きやすいように着替えていたし、かなり大変な道程なんだろう。

 私はというとドラゴン様からいただいた魔法のローブや服、ブーツのおかげで楽々進めている。

 本当に魔法の道具マジックアイテムはずるい。

 いまは馬車の私室に飾ってあるのお母さんたちの形見のバッグもそうだけど、あるとないとでは段違いだ。

 今日だって森歩きなんてほとんどしたことがない私が鬱蒼とした森を歩けているのは魔法の道具マジックアイテムのおかげである。

 毎日、宿で馬車をカバンにしまえているのもマジックバッグがあるからこそだし、その馬車だって魔法の道具マジックアイテムで空間拡張や荷台に積んだ荷物の時間停止などが出来る。

 普通なら鮮度が落ちて届けられない生鮮食品だって私たちなら届けることが出来るんだ。

 ドラゴン様が奮発してくれたとはいえ、新人商人が持っていていいものではない。

 だからこそ、ミラーさんたちは私のことをしっかり護衛してくれているんだけどね。


 森の中を進んでいくと沼地があった。

 水の透明度は低く、ほとんど泥といっても過言ではない沼だ。

 まっすぐ進むにはこの沼を越えて行かねばならず、迂回できるかは歩いて調べないとわからない。

 パネサは私の指示に従うというけど、どうするべきか。


「うーん、飛んで越えましょうか。対岸は見えている訳ですし」


「わかりました。私が先行して様子を調べて参ります」


「よろしくお願いします、アーリー」


 パネサは猫人族だから飛び越えられないんだよね。

 沼の深さもわからないので先行偵察してもらうわけにはいかない。

 代わりにアーリーが向こう岸へと飛んでいく。

 アーリーは少し経ってから戻ってきた。


「あちら側はとくに問題ありません。野生動物の痕跡もなし、いまなら安全に渡れるでしょう」


「わかりました。……あ、豆柴様たちはどうしよう?」


「私たちで手分けして抱えていきましょう。私はパネサも抱えていくので1匹のみ、シエル様とミラー様は2匹ずつ抱えてください」


「はい。豆柴様たちもそれでいい?」


「ワン!」


 豆柴様たちのボス、コロがいい声で返事をしてくれた。

 私たちの話の内容を理解してくれていたのか、豆柴様たちはそれぞれの足元に分かれてくれる。

 本当に賢くてありがたい。

 早速豆柴様たちを抱き上げるとふにゅっと柔らかく、ほんのり温かくてさわり心地抜群だ。

 ああ、宿に帰ったら意味もなく抱きかかえそう。


「シエル様、行きますよ?」


「あ、はい、わかりました。行きましょう」


 私たちはそれぞれ空へと舞い上がり沼の対岸を目指す。

 天翼族の翼は魔力を帯びて空を飛ぶからある程度重い物でも持ち上げて飛べるけど、私はアーリーのように人ひとりを持ち上げては飛べないな。

 あれも訓練の賜物たまものなんだろうか?


 対岸に渡りパネサや豆柴様たちを地面に降ろす。

 すぐにパネサも豆柴様たちも周囲の気配を探り出した。

 パネサは倒れた草などの痕跡を探し、豆柴様たちは匂いを嗅いでなにかを見つけようとしている。

 やがてパネサが戻ってきて先に進もうとしたところ、コロがなにかを発見したらしく草むらの向こうへと走っていってしまった。

 私たちもすぐにそれを追いかける。

 すると、その先にはひとりの年配の男性が倒れていた。


「う、うぅ……」


「大変、この人、怪我をしてる!」


「豆柴様たちならすぐに癒せるでしょう。お願いできますか?」


「ワン!」


 豆柴様たちが男性に駆け寄り淡い光を放ち始めた。

 光が男性の体に移っていくにつれ怪我も治っていく。

 どうやら命に別状はなさそうだ。


「ワン! ワンワン!」


「治療を終えたようですね、シエル様」


「そうですね。でも、目を覚ましませんね?」


「そのようです。怪我をしていたのは間違いないようですし、盗賊の類いではないと思うのですが」


「どうしましょう、ミラーさん」


「ワワン!」


「どうかしましたか、豆柴様」


「ワン、ワンワン!」


 豆柴様たちが吠えて再び男性のそばに駆け寄る。

 そして、再び光を放ち始めたかと思うとそれが男性の体に一瞬で移っていった。

 いまのって雷系の魔法じゃ……?


「う、ううぅ……」


「どうやら気がつかれたようです」


「そ、そうですね。ありがとうございます、豆柴様」


「ワン!」


 倒れていた男性は気がついたんだし、よしとしよう。

 それよりもこの人誰なんだろう?


「お気づきになりましたか?」


「あ、ああ。あなたたちが助けてくれたのか。礼を言う。それで……」


「それで?」


「ついでと言ってはなんだが、なにか腹にたまるものはないか? もう三日もなにも食べてないんだ……」


 食料か、困ったな。

 私たちも最低限の食料しか持って来てない。

 仕方がないので私たちの馬車まで一緒に来てもらおう。


「おお、それはありがたい。いや、自己紹介がまだだったな。私は魔道具技師のヒラゲンという。申し訳ないがよろしく頼むよ」


 あ、この人が捜していた魔道具技師だったんだ。

 それにしても、こんな森の奥でなにをしていたんだろう?

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