31. 競売と今後の予定
昨日の宿の支配人、ゴウロドという男が退出させられて室内は静まりかえる。
買付に来ていた商人たちはゴウロドの剣幕に驚いた様子もなく平然としたままだ。
結構有名な話なんだろうか?
「ああ、あの男の態度ですか。オデルシスでは有名ですよ。街で一二を争う宿の経営者であることを鼻にかけ、高圧的に振る舞ったり宿泊客に横柄な態度を取ったりしていたそうです。裏は取れていませんが役人に金を渡し悪事をもみ消していたこともあるとか」
「どこにでもいるんですね、そういう人」
「はい、どこにでもいます。シエル様もお気を付けて」
「ありがとうございます、キュイルスさん」
私たちが話をしている間に競売の開始時間となったようで競売が始まった。
まずは本日競売にかけられる物品の内容が説明され、予定にはなかった
どこも今日の競売はイチゴだけだと考えていたようで、どうするのか考え込んでいる。
だけど、そんな参加者を待つことなく競売は開始される。
まずは
単位は10人前ずつだ。
確か仕入れた量はかなり多かったはずだからそれなりの安値が付くだろう。
そう考えていたが見込みが甘かった。
どんどん値がつり上げられていき、最終的に一番高いときは10人前800ブレスで競売落とされていた。
一番安いときでも650ブレスだったから商業ギルドの元は取れている。
モーデルさんたちの目にくるいはなかったということだろう。
続けて始まったのは
こちらは90人前しかなく開始値も10人前で1500ブレスと高値でのスタートになった。
でも価格はどんどん上がり、最終的には一番安いときでも3300ブレスで売れた。
うーん、昨日の衛兵さんたちには安く売りすぎていたかな。
まあ、これも勉強だと思って受け入れよう。
そして最後のイチゴ、『ガーネットアイ』の順番が回ってくる。
『ガーネットアイ』は競売を始める前、全員に一粒ずつ試食として振る舞われた。
これがとても高いインパクトを与えたようで入札価格も高騰、商業ギルドでは一箱辺りの単価が12万ブレスを予想していたようだが、実際には15万ブレスになった。
うーん、もうちょっともらっておいてもよかったかも。
でも、これも含めて商売ってことなんだよね。
当たりを引くも外れを引くも己の腕次第。
今回はビギナーズラックがはまっただけかもしれない。
今後も気を抜かないようにしなくちゃ。
競売が終わったら買付に成功した人たちは、品物を受け取りすぐに立ち去って行った。
おそらく今日の夕食用に下ごしらえを始めるのだろう。
魚の塩漬けはそこまで気にしなくてもいいけどイチゴはすぐだめになるからね。
鮮度を保とうとしても新鮮なのは明日ぐらいまでだろう。
いい宿や食事処ならいい冷蔵庫もあるのかな?
あまり変わらない気もする。
果物は新鮮な間に食べるのが一番だ。
すべての買付人たちがいなくなったあと、私たちは再び応接室でモーデルさんとキュイルスさんのふたりと話をすることになった。
競売の成功を祝っての祝杯ならぬお茶会だ。
モーデルさんが秘蔵の茶葉を出してくれて、それがとてもいい香りで味もまろやかだった。
天翼族国家の中でも一部の地域でしか育たない茶葉らしい。
その茶葉の木から若い葉を採り、同じ木の実の果汁をかけてから乾燥させた物だとか。
そんな方法でかびたり虫が付いたりしないのか心配だったけど、それは秘伝の製法で防いでいるみたいだ。
その分、生産量も少なく貴重な茶葉になっているようだ。
「ふむ。シエルさんはこの街で魔道具を買って行かれるおつもりか」
「はい。この街では魔道具作りが盛んと聞いています。それを仕入れて次の街へと向かおうかと」
「次の街か。具体的にはどこに向かわれるのだ?」
「ええと……」
困った、次の街がどこなのかを知らない。
どう答えよう?
「森林都市フォースロールを経由して鉱山都市ボロネアに向かいます。ボロネアに行ったあとは王都を経由してダルクウィンに戻ろうかと」
「おお、そうでしたか。教えてくださりありがとう、ミラー殿」
助かった、ミラーさんが代わりに答えてくれた。
私たちはこのあとフォースロールという都市を経由して鉱山都市ボロネアに向かうんだね。
それぞれの街ではなにを買っていくといいんだろう?
「ふむ、交易品ですか。ボロネアは馬車の耐久性に自信があるのでしたら鉱石でしょうな。重たいため馬車に負担がかかりますが王都に持っていけばいい商材になります。フォースロールは……ボロネアに向かうのでしたら、木炭と食糧を積んでいくとよいでしょう。木炭は鍛冶仕事に使うので王都まで持っていくことになりますが、食糧はボロネアでしたらいい値になります」
「えっ、ボロネアってそんなに貧しい土地なんですか?」
「貧しい土地というか、あまり作物の育たない地域なんですよ。土地が痩せ細っているようでして肥料を何年にもわたって与え続けても改善しなかったとか」
「それで食糧を……」
「ボロネアは近隣の村でも土地が痩せており、税金用のわずかな小麦を育てている以外は自家消費の野菜と芋ばかりです。主食も芋ですね」
「イモ……?」
なんだろう、イモって。
私が不思議そうにしていると、理解できていないことをくみ取ってくれたのかモーデルが使用人に頼んでイモを持ってくるように伝えてくれた。
しばらくして私の手元にやってきたのは、薄黄色い石のかたまりみたいな物と乳白色の小山だ。
これがイモ?
「そちらの石みたいな物が芋です。正確には馬鈴薯と呼ぶそうですが、皆は芋かジャガイモと呼んでいますね」
「これが芋……食べられるんですか?」
「はい、もちろん食用です。隣にある小山がジャガイモの皮を剥いて茹で、潰して食べやすくした物です。どうぞ味見を」
どう見ても美味しくなさそうなんだけど、味見をしろと言われて断るのも気が引ける。
ミラーさんたちも止めないということはこれが安全な食べ物だということだろう。
見た目は悪いけど美味しいのだろうか?
では、一口……。
「ん……見た目ほど悪くない? でも」
「味気ない、そうでしょう?」
「はい。ほんのり甘みがあるんですが、なんだか物足りなく」
「それに少量の塩を混ぜれば塩気も混じっていい塩梅になるのですが、何分、ボロネアは鉱山都市。塩が取れる海沿いの街からは遠く、塩の流通量が少ない。毎日の主食に対して気軽に塩は使えないのですよ。とくに農村部の者たちは」
そうなんだ。
私は幼い頃の旅暮らしとそれが終わったあとの孤児院暮らし、孤児院を出たあとの街暮らししかしたことがない。
旅の間も孤児院にいる間も、ついでに言えば孤児院を出たあとだって食事に困ることはあったけど、味のバリエーションはあった。
さすがに旅の最中は保存食ばかりの日々だったけど、それでも街に着いたときは美味しい物が食べられた。
毎日これというのもきついなぁ……。
「とまあ、そういうわけでして。ボロネアでは常に小麦やライスなどの食糧が不足状態なのです。儲けとしてはあまり大きくならないでしょうが、住民たちの暮らしを助ける一助と思い食糧を運んでもらえませんか?」
なるほど、そういうわけか。
それならいいかな。
ミラーさんの方を見ても小さくうなずいてくれたし。
よし、ボロネアには食糧を運んでいこう!
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