30. 商業ギルドの謝罪と昨日の宿の断罪

 朝食を食べて少し休憩をし、商業ギルドへと向かう。

 イチゴの販売があるからね。

 きちんと取引してもらわないと

 そう考えて商業ギルドへ向かったんだけど、ギルドに着くなり応接間に通されてギルドマスターのモーデルさんとサブマスターのキュイルスさんからお詫びをされてしまった。

 なにかしたっけ?


「シエル様、おそらく宿の件かと」


「宿……ああ、あの宿」


「はい、あの宿です。申し訳ありません、我々が用意しておきながら宿の意向ひとつで宿泊を拒否されるなど」


「ええと、これってかなり大事ですよね?」


「無論大事です! 商業ギルドからはギルドマスターおよびサブマスターの連名で宿屋ギルドにあの宿に対する絶縁状を送りつけました。今後、あの宿は私ども商業ギルドからお客様を紹介されることはなく、また商業ギルドと取引することもできません。外部からの品が一番に持ち込まれるのは商業ギルド、そこを軽んじるということがどういうことなのか思い知らせてやりましょう」


 うん、本気で怒ってる。

 私はかばうつもりなんて毛頭ないけど、ちょっとかわいそうではあるかな。

 ただ、これも『信用』を裏切ったってことなんだろうね。

 あ、信用と言えば、今朝、泊まった宿で魚の塩漬けを売ってしまったんだけど大丈夫だったのかな?

 ちょっと聞いてみよう。


「宿に魚の塩漬けを? 宿一軒で使う程度なら問題ないでしょう。複数の宿で使うというなら商業ギルドに持ち込んでいただきたいですが、サーモンはそれほど高いものでもありませんからね。やはり、塩漬けは珍しいですがその程度です」


「よかった。ところで、シーブリームって興味がありませんか?」


「ああ、昨日衛兵隊の詰め所で振る舞われたという物ですね。大変興味があります」


「あと90食分のシーブリームが残っています。1食分につき100ブレスで買い取りませんか?」


「なるほど、衛兵隊の詰め所で相場は知っているということですか。いいでしょう、鮮度を確認してからですがその値段で買い取りましょう。もっとも、イチゴをあの状態で運べるのですから塩漬けの鮮度も期待できるでしょうが」


「もちろんです。それではお持ちしますね」


「いえ、私どもがそちらの馬車に向かいます。それで、ほかにも面白い物がないか確認させていただきましょう」


 え、私の馬車に来るの?

 困ったなぁ、お客様が来ても大丈夫なようにはなっていないんだけど。


「来ていただいてもイチゴとシーブリームの塩漬け以外はサーモンとマッカレルの塩漬けがあるくらいですよ?」


「ほう、マッカレルもですか。そちらも鮮度がよければお願いしたいところですね」


 墓穴を掘ってしまったかな……。

 でも、興味を持ってもらえたならそれでいい感じだし。


 実際に馬車で鮮度を確認してもらったけど、どれも一目でわかるほど素晴らしい物だと絶賛された。

 そうだよね、この馬車は時間停止がかかるからね。

 モーデルさんは大喜びでシーブリームを買い、マッカレルもすべて買ってくれた。

 マッカレルの売値は1人前で60ブレス。

 買付をしたときの値段が8ブレスだから上々の売り上げだろう。

 いまのところ商売は順調に進んでいる。


 売り物を引き渡したら帰るだけ、と考えていたんだけど、モーデルさんたちに引き留められた。

 時間があるのだったらこのあと行われるイチゴなどの競売を見学していかないかということだ。

 私たちもいずれはそういうことに参加することがあるだろうし勉強のため見学させてもらうことにした。

 競売は商業ギルド内にあるホールで行われるようだ。

 そのホールには二階席があり、そこから様子を見学できるらしい。

 競売は昼過ぎから始まるということなので、先に昼食を軽く済ませてしまい二階席へと移動した。


「ホールってこんな形になっているんですね」


「ええ。この街では魔法の道具マジックアイテムが手に入ることも珍しくありません。魔道具ギルドで買い取った魔法の道具マジックアイテムをここで売るのです」


 キュイルスさんが説明してくれるそのホールは本当に立派な設備だ。

 これは自慢したくもなるだろう。

 私たちがホールを眺めている間に下の階には続々と競売に参加するというお客様が集まり始め、ホールの中央付近は人で一杯になってしまった。

 今回は生鮮食品と塩漬けのため宿屋と食堂関係者しか参加していないが魔法の道具マジックアイテムを扱うときはホールがびっしり埋まることもあるという。

 教えてもらっていた競売の開始時間が近くなってきた頃、ホールの入り口付近が騒がしくなった。

 なにかトラブルでもあったのかな?

 キュイルスのところにも職員がやってきて状況を耳打ちし、衛兵を残して去って行ってしまう。

 なにがあったのだろう。


「ええい! どうして我々が競売に参加できない! 大体商業ギルドとの取引停止とはどういうことだ!」


 下の階の扉が開き、怒鳴り込んで来たのは昨日の宿の支配人だった。

 そういえば午前中にあの宿は商業ギルドから絶縁状を出されていたんだっけ。

 それの抗議で来たのかな。


「誰かと思えば、お前かファラシュバルツの支配人」


「お前は商業ギルドマスター! あの手紙はなんのつもりだ!」


「それは私から言いたいことなんだがな? 我々が直接お願いしたお客様を『相応しくない』という理由だけで断った。そんな相手を信用できるとでも?」


「お前たちの客……? ああ、昨日の小娘か。それがなんだというのだ!」


「その態度がよろしくない。商業ギルドで最も大切なものはなにか知っているかね?」


「そんなもの、金に決まっているだろう!」


「違う、信用だ。お前たちはその信用を裏切った。お前の宿は商業ギルドから除名する。預かり金は没収、残りの金は受付で受け取っていけ。今日中に届けられるように用意していたところだ。本人が受け取りに来てくれていて手間が省ける」


「待て! そんな話は聞いていない!」


「いま話したからな。衛兵、その男を連れて行け」


「まだ話は終わっていないぞ! モーデル!」


「もう終わった。残念だよ、ゴウロド」


 ゴウロドと呼ばれた男は衛兵に抱えられて部屋から引きずり出されていった。

 キュイルスさんによれば商業ギルドからの除名により商業ギルドの融資が受けられなくなり、借りている借金もすぐに返さなければいけなくなるそうだ。

 あの宿は豪華だったし借金なんてそんなにないだろうと思ったが違うみたい。

 宿というのはいろいろなところでお金を使うため、一時的な借り入れはどこでも発生しているそうだ。

 小麦粉などの買い入れを一カ月分まとめて支払うためとかなんだそうだが、それも商業ギルドの後ろ盾があったからこそ出来ることらしい。

 今後は宿屋ギルドがその後ろ盾になるかどうかで話が変わるとか。

 宿屋ギルドにとってあの宿が生かしておく価値のある宿だと取れば借り入れを肩代わりするだろうが、そうでなければいまの支配人を追い出し新しい経営者を見つけるようだ。

 どちらにしてもあの宿の経営がいままで通りに立ちゆかなくなることは明白だと。

 うーん、商業ギルドって敵に回すと恐ろしい……。

 あまり対立しないようにしよう。

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