29. 冒険者の宿『凍てつかせる翼』

 とりあえず今日の宿、『凍てつかせる翼』を押さえることは出来た。

 冒険者御用達の宿ということもありあまり宿泊費も高くない。

 テイムモンスターも一緒に泊まれるので豆柴様たちも安心。

 朝夕の食費は別料金らしいけど、冒険者の懐具合や仕事にいく時間などを考慮すると朝夕付きの値段よりもこっちにしたほうが安くなったそうな。

 でも、ちゃんと朝夕も安いセットメニューが提供されてはいる。

 お店が中級冒険者向けということもあり、そこまで安っぽいメニューではないけど、それでもあまり高級とは言えない黒パンとシチューにもう一品程度の食事だ。

 私たちもこれを食べてみたんだけど、一食で参った。

 味付けがとにかく濃いんだ。

 冒険者は体力勝負だから仕方がないのかもしれないけれど、私たちの舌には味が濃すぎてつらい。


 なので、翌朝は厨房の隅をお借りしてメイドのプリメーラとドローレスに私たち用の料理を作ってもらうことにした。

 メニューはシンプルに私が持ち込んでいたサーモンの塩漬けを焼いた物だ。

 これに同じくサーモンの塩漬けから塩気を取ったスープと一緒にライスで食べる。

 んー!

 たまらない!


 私たちがそんな朝食を堪能していると食堂がにわかに騒がしくなっていた。

 というか、私たちが注目を集めている。

 ……ひょっとして、いま食べている食事のせいだろうか?


「あー、嬢ちゃんたち。ちょっといいか?」


「はい、なんでしょう?」


 宿の厨房をしきっている親父さんに話しかけられてしまった。

 うーん、やっぱり私たちのせいか。


「お嬢ちゃんたちが食べているサーモンってまだあるのか? あるんなら売ってもらいたいんだが……」


「ありますよ。私たちも本来は売り物のサーモンに手を着けているだけですから」


「本当か!? どれくらいある!?」


「サーモンは……どれくらいですかねぇ?」


「漁師ギルドでいただいた木箱で8箱です、シエル様」


「ありがとうございます。ミラーさん」


 あの木箱、相当大きかったものね。

 さっき、サーモンを取り出すために馬車を出したけど、私は中を確認してなかったから気にしてなかったよ。


「漁師ギルドで買った木箱って、どんだけ買ってんだよ、嬢ちゃん」


「安くしていただけましたので。いやー、サーモンは本当に安かったです」


「ちなみに俺が買いたいというとどれくらいの金額になる?」


「うーん、私たちの食事にも出てくるでしょうし、一切れ15フライくらいでどうでしょう?」


 元値が5フライだからって安くしすぎたかな?

 でも、ミラーさんの様子を伺っても特に反応はないしこれでいいんだと思う。

 思いたい。


「一切れ15フライか。宿の定食として出すなら30フライは取らなくちゃならねぇが、それでも冒険者どもにとってはこの街で魚の塩漬けなんてごちそうだ。よし、手を打つぜ。とりあえず……」


 そこで親父さんはちらっと食堂の入り口を見て、私たちに続きを言った。


「200切れほどほしい。足りなかったら足りなかったでまた追加を頼むかもしれないから覚悟しておいてくれ」


「はい。私たちの食事が終わってからでもいいですか?」


「そんくらいは我慢させるよ」


 思わぬところで臨時収入があった。

 食事を終え、馬車からサーモンの塩漬けが入った箱を裏口から厨房に持ち込むと、親父さんが「おおっ」と息をのむ。

 それだけ私たちの持ち込んだサーモンの鮮度がよかったってことだね。


「おい、これほどのサーモンを15フライでいいのかよ!?」


「構いません。副会頭もなにも言ってきませんし、存分にお使いください。あ、私たちにも美味しい料理を頼みます」


「わかった。だが、これだけの物となると朝の営業だけで売り切れちまうかもしれないな……」


 はあ、この親父さんも商売上手だ。

 私たちがまだまだ在庫を抱えていることを知っていてそんなことを言ってくる。


「わかりました。足りなくなったらまた売ります」


「そうこなくっちゃな! 野郎ども! 飯だ! 大人しく席に着け!」


 いままでは扉から覗き込むだけだった冒険者さんたちが一斉に席の取り合いをし始めた。

 うん、ものすごい勢いだ。

 親父さんは「材料は十分にあるからあぶれた奴はしばらく待ってろ!」と言うし、冒険者の食にかける情熱は怖い物がある

 でも、ミラーさんの話を聞いたあとだと印象はだいぶ変わった。

 冒険者にとって食事、特に朝食とはその日の活力を生み出すものであり、場合によっては最後の食事ともなるものらしい。

 それだけ冒険者は命がけの世界で生きているということだ。

 なので、安くて美味しい料理というものは絶対に逃せない獲物なんだとか。

 ……食い意地がはっているだけじゃなかったんだ。


 ともかく、これ以上私たちが食堂にいてもお邪魔そうなので借りている部屋に戻ることにした。

 食材が足りなくなったら部屋まで連絡してもらうことにしよう。

 さすがに宿泊客が200人もいるはずはないし、足りると思いたいんだけどね……。

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