28. 宿屋にて

 商業ギルドでは宿屋も紹介してもらった。

 オデルシスにある宿屋の中でも最高級の宿らしい。

 滞在費用は商業ギルドでもってもいいとまで言われたけど、そこまで特別扱いされるとなにかあったときに困るから自分たちのお金で泊まることにした。

 食事なしでひとり一泊800ブレスというから結構なお値段だけどね。

 目的の宿は……あ、見えてきた!


「さすがは商業ギルドの勧め。立派な宿ですね」


「そうですね、ミラーさん。護衛の皆さんにもゆっくり休んでいただけるといいんですが」


「普通の護衛よりははるかに楽な環境で仕事をしておりますよ。夜寝るときは馬車の荷台に用意された藁の上に革のシートを乗せて寝られるのですから。普通の護衛では馬車に乗って寝ることすら出来ません」


 そういうものなんだ。

 ダルクウィンを出る前に護衛のみんながゆっくり休めるよう、荷台に麦わらの寝台を作ったけど有効活用してくれているならなによりだ。

 さて、今日のお宿はどんな感じなんだろう?


 そう考えて宿に入ってみたんだけど、ちょっと事情が違っていた。

 宿の部屋が空いていないと言われたのだ。

 商業ギルドでは確かに手配してもらったはずなのにどういうことだろう?


「あなた方、商業ギルドからの客を断るおつもりですか?」


「申し訳ございません。いくら商業ギルドからの紹介とはいえど、新規の商会では我が宿のお客様には相応しくありません。それに、ひいきにしているシボダス商会より最上級の部屋を押さえるように依頼がありました。お客様に貸せる部屋はございません」


「……あくまでも商業ギルドの顔に泥を塗ると?」


「たかが新規の商会にそれほどの力がおありでしたらやってみなさい」


 うわぁ、嫌な感じの支配人だ。

 こんなところ泊まりたくないな。

 ミラーさんを引き上げてさっさと別の宿を探そう。

 でも、そうなると宿のあてがない。

 どこにしようか?


「申し訳ありません。まさか商業ギルドの紹介を断る宿が出てくるとは」


「いいんですよ、ミラーさん。私もあんな宿には泊まりたくありません」


「そうですね。それにしても、今日の宿はどうしましょう?」


「うーん、そこですよね。どこかゆっくり出来る場所があればいいんですが」


「仕方がありません。宿屋街の馬車留めに馬車を置いて……」


『少しいいか、シエル』


 ミラーさんと今後の対応について話をしていたらヴィンケルが話に割り込んできた。

 普段はこんなことをしないのに珍しい。

 なにがあったんだろう?


『この先の宿からいい匂いがしてくる』


「いい匂い? 美味しい料理でも作っているのでしょうか?」


『ああ、そうではなく。我らが『いい匂い』と表現するときは善き心の持ち主がいるということを指すのだ。我の鼻にその感覚がしたのでそれを伝えようとしたのだ』


「なるほど。ミラーさん、ヴィンケルの勘に従ってみませんか?」


「幻獣であらせられるヴィンケル様の勘でしたら信用できます。ご案内願えますか?」


『よかろう。我が馬車を引いていくのでその通りに進ませているふりをしろ』


 ヴィンケルの案内に従い馬車は宿屋通りを進んでいく。

 ヴィンケルは宿屋通りの中心部を過ぎ、外れの方まで来たところで脇道にそれ奥の通りへと向かった。

 そして歩みを止めたのは古めかしい石造りの宿の前。

 ここがヴィンケルの目的地らしい。

 ここで本当に大丈夫なんだろうか?


「うわぁ! 大きなお馬さんだ!」


 私が悩んでいたところ外から可愛らしい女の子の声がしてきた。

 この近所の子供だろうか?

 ヴィンケルが手荒なまねをする前に帰ってもらうべきかな?

 それともヴィンケルも子供には優しいかな?

 どっちだろう。


「シエル様、ミラー様。この宿の女将が出てこられました」


「わかりました。行きましょう、ミラーさん」


「はい」


 馬車を降りると楽しそうにヴィンケルと戯れる女の子がひとりとそれを心配そうに見守る女性がひとり。

 この宿の女将さんかな?


「あの、この宿の方ですか?」


「あ、はい。この宿の女将をしております、イネスと申します。この子は私の娘でロサです」


「ロサです! お姉ちゃんたちはお客様?」


「ええと、お部屋は空いていますか?」


「え、いいのですか? 私たちの宿は冒険者向けの宿ですが」


「ヴィンケル……この馬がここに向かったということは問題ありません。泊めていただけますか?」


「は、はい。何泊でしょう?」


「ええと、それじゃあ、ひとまず5泊でお願いします」


「わかりました、5泊ですね。ロサ、馬車を馬車留めに案内して」


「はーい。こっちだよ!」


「あ、馬車は預かってもらわなくても大丈夫です。私がしまえますので」


「しまう? この大きさの馬車を?」


「はい。みんな、馬車から降りてください」


 馬車に乗っていたみんなに馬車から降りてもらいヴィンケルも馬車から外してもらった。

 私は腰に下げているカバンの蓋を開け、完全にフリーになった馬車をカバンの中へとしまう。

 うん、自分でやっていることだけどいつ見ても不思議な光景だ。

 イネスさんとロサちゃんなんて驚いて固まっているし。


「馬車はこれで大丈夫です。馬だけは預かってもらいたいのでよろしくお願いします」


「あ、は、はい。ロサ、お願いね」


「うん! こっちに連れてきて!」


 よし、泊まる場所は無事確保出来た。

 あとは明日の準備とこの街での仕入れだね。

 この街は魔道具が発達しているって聞いたけど、どれくらいすごいんだろう?

 ちょっと楽しみ。

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