27. オデルシスの商業ギルド

 衛兵隊の詰め所に寄っていたため遅くなったがオデルシスの商業ギルドにも顔を出しておく。

 イチゴを売りさばくには多少の手数料を取られてでも商業ギルドを通すべきだというのがミラーさんの判断だ。

 オデルシスではイチゴを育てることができず、生のまま持ち込まれることなど普通はないので商業ギルドに任せて売り払おうという魂胆みたい。

 私としても伝手がないからありがたいけどね。


 街の中央通りにある商業ギルドは落ち着いたたたずまいの3階建てだった。

 商業ギルドってもっと立派な建物を使っているイメージがあったんだけどそうでもないのかな?

 とりあえず、馬車を馬車留めにおいて中に入ってみよう。


「いらっしゃいませ。オデルシス商業ギルドへようこそ」


「あの、買い取りカウンターってどこになりますか?」


「買い取りカウンターですか? ちなみに買い取り品は? 魔物素材でしたら一度冒険者ギルドを通していただくことになります。ダンジョン産の道具でしたら魔道具ギルドですね」


 なるほど、このギルドに直接持ち込まれるものが少ないからいまいち活気が無いように見えるんだ。

 詳しく話を聞いてもこの街に持ち込まれる主な輸入品は武器や防具、あるいはその材料の鉱石に魔法の道具マジックアイテムがほとんどで、それらは商業ギルドを介さず武具ギルドや魔道具ギルドに行くそうだ。

 そのため、この街の商業ギルドは取引自体が少なめで人があまり入らないと。

 取引記録は残さないといけないからそっちの申請は多いみたいだけどね。


「それで、買い取る物はなんでしょう?」


「あ、ダルクウィン産のイチゴになります」


 私の言葉に商業ギルドの中が一瞬静まりかえった。

 どうしたんだろうか?


「あの、イチゴとはダルクウィンの特産品のイチゴで間違いございませんか?」


「はい、そのイチゴです。あ、でも、特別な品種だと言われて買い付けてきました」


 私の追い打ちが決まり更に商業ギルド内が静まりかえる。

 これはどうするべきか。


「失礼いたしました。すぐに商談用の応接間をご用意いたします。申し訳ありませんが、商品をご用意してお待ちください」


 受付のお姉さんはすっ飛んで行ってしまった。

 私たちの身分証も確認していないんだけどいいんだろうか?

仕方がないので護衛のみんなにお願いし、イチゴを一箱だけ持ってきてもらい入り口近くのソファに腰掛けた。

 長く待たされるかなと考えていたが、それほど待たされずに応接間の準備が整ったと受付のお姉さんが呼びに来て部屋へと案内される。

 部屋の中で待っていたのはビシッとしたスーツを着込んだ男性二名だった。


「ようこそお嬢さん。私は当ギルドのギルドマスター、モーデル。隣はサブマスターのキュイルスだ。よろしく頼む」


「よろしくお願いいたします。それで、申し訳ありませんが、身分証の確認をさせていただいてもよろしいでしょうか? 受付担当が忘れてしまったもので……」


「構いませんよ。全員分の身分証が必要でしょうか?」


「責任者のみで構いません。どなたが責任者になるでしょう?」


「私が会頭でミラーさんが副会頭なのでそれで十分でしょうか?」


「はい、大丈夫です。失礼ですが、身分証をお願いいたします」


「わかりました。ミラーさんもよろしくお願いします」


「はい。かしこまりました」


 キュイルスさんは私とミラーさんから受け取った身分証を見ただけで驚いたようだ。

 身分証の色が銀色であること自体が想像できていなかったらしい。

 そうだろうね、私みたいな娘が準貴族にあたる銀の身分証だなんて考えられないよね。

 そして、身分証を魔道具に通して確認したところで更に驚いていた。

 うん、私、『ラルク商会』の孫娘なんだ。

 うかつに話せないから黙っていたけど、そういう立場なんだよね。

 だまし討ちみたいでごめんなさい。


「……いや、驚きました。まさか、『ラルク商会』の孫娘だったとは」


「いまは一介の駆け出し商人です。あまり特別待遇は……」


「それは無理な話というもの。なるべく一般の商人と同じように接しますが、特別扱いはさせていただきます。私どもも『ラルク商会』を敵に回したくはない」


 うーん、ダルクウィン公爵はそこまで短気じゃないと思うのだけど。

 ミラーさんからこっそり耳打ちで「使える立場はとことん使え」と言われたし、ちょっとだけ特別扱いされちゃおうかな。

 商品にも自信があるしね。


「それで、今日はダルクウィンの特産品であるイチゴを持って来てくださったとか」


「はい。ダルクウィンの青果物ギルドから直接仕入れてきました。生産地証明書もあります」


「では拝見して……確かに、ダルクウィン青果物ギルドの印章が押されている。これは間違いなく本物のようだ」


「ええ。鮮度にも自信がありますよ?」


「そうなのですか? この証明書を見る限り、14日前のイチゴのようですが」


「ではこちらをご覧ください」


 私は護衛に持たせていたイチゴの箱を机の上に置いてもらう。

 その中に入っているのはまるで摘み立てのような大振りのイチゴ、『ガーネットアイ』だ。

 これにはモーデルさんもキュイルスさんも目を丸くしている。


「これは……まるで摘み立てじゃないか!」


「驚きました。どのような方法でこれを?」


「そこは商人の秘密です。いかがでしょう、買い取っていただけませんか?」


「これは……ちなみに一粒ずつ味見をしても?」


「それくらいならどうぞ」


「では失礼して……甘い!」


「ええ、甘さと酸っぱさが絶妙なバランスで濃縮されています! これなら売れますよ!」


「シエルさん! これは何箱お持ちだ! すべて買い取らせてもらう!」


 すべてか。

 ミラーさんも頷いているし、ここで売り切るのが正解なんだろう。

 あまり遠くに持っていくと品物の品質を疑われるからね。

 さて、ここからは値段交渉だ。


「全部で5箱あります。一箱……10万ブレスくらいでいかがでしょうか?」


「10万ブレスか……少々高いな。我々が売るとしても一箱12万ブレスが限度だろう。8万……いや、9万ブレスでどうだ?」


 5箱で2万ブレスだったものが一箱9万ブレスに化けた!

 5箱で45万ブレスだからものすごい儲けだよ!

 よし、これで決まり!


「はい。その額でお譲りします」


「ありがとう。それで、売りに出すのは明日にしたいのだが、シエルさんに預かってもらえば鮮度を落とさずに済むでしょうか」


「そうですね。問題ありません」


「では、取引は明日の昼頃としよう。いや、いい買い物をさせてもらった」


 私もいい取引が出来た!

 イチゴって本当に高級品だったんだね。

 いや、びっくりしたよ。

 残りは魚の塩漬けだけだけど、これもうまく売りさばきたいな。

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