26. 衛兵隊詰め所

 オデルシスの門をくぐり抜け街に入った私たちは、衛兵さんの勧めに従い衛兵隊の詰め所を目指す。

 話によると、衛兵たちは一カ所に集まって寝泊まりする者が多いらしい。

 オデルシス出身の衛兵さんは親と住んでいた家から直接通うこともあるようだが、オデルシス外部から来た衛兵さんは衛兵隊の寄宿舎で暮らすそうだ。

 衛兵隊の寄宿舎であれば朝食と夕食が出るし、なにより家賃が安いのだとか。

 ただ、食事は味気ないものがほとんどみたいで、お金があるときは街の食堂へくり出すそうだが。


 そんな衛兵隊の寄宿舎は、街の北西部街壁そばにあった。

 どうしてこんなに街壁近くに建てられているんだろう?


「すみません。青空運送商会というものですが、部隊長様に取り次ぎをお願いできますか?」


「うん? 商会? 商会がなんの用だ」


「私たちはダルクウィンから魚の塩漬けを運んできたんです。それを見た門衛さんが寄宿舎を訪ねてみるようにと」


「ダルクウィン側の門衛……今日はニコラウスだったか。あいつのお眼鏡に適ったんなら相当新鮮な塩漬けのようだな」


「はい。鮮度には自信があります!」


「そういうことなら部隊長に取り次いでやる。少し待っていてくれ」


 寄宿舎の入り口で門衛をしていた衛兵さんのひとりが建物の中へと消えていった。

 もうひとりの衛兵さんになぜこんな街壁そばに寄宿舎があるのか話を聞くと、襲撃に遭った場合への備えらしい。

 ここは北側と西側の街壁と門を守る衛兵さんたちの詰め所で、街の反対側には南側と東側の街壁を守る衛兵さんたちの詰め所もあるそうだ。

 それから、街中の治安維持にも専門の衛兵隊があり、そちらの方が格は高いらしい。

 私にはよくわからない話だ。


 あと、このオデルシスの街は領主がおらず国の直接管理下にあるみたい。

 税金などの体系も少しほかと変わっているらしく、外から来る商人たちはともかく冒険者と呼ばれるモンスター退治やダンジョン探索を生業なりわいとしている人たちには注意がいるらしい。

 衛兵さんからの注意としては街中で冒険者から売買を持ちかけられてもすぐには応じず冒険者ギルドか商業ギルドを通すようにするようにすればいいみたい。

 直接取引を求めてくる冒険者のほとんどは税金逃れを目的としている人たちのため、ばれたら私たち商人もおとがめを食らうそうだ。

 うーん、先に話を聞けてよかった。


 門衛さんから話を聞き終わった頃、建物の中に行っていた衛兵さんも戻ってきた。

 どうやら部隊長さんと会えるらしい。

 これで商談をすることが出来る。

 部隊長さんは既に厨房に行って私たちを待っているそうだからすぐに向かおう。

 厨房っていうことはすぐにでも調理をしてみるつもりだろうし、売り物の魚の塩漬けも持っていかなくちゃね。


「来たか、青空運送商会の会頭」


「はい、遅くなりました。青空運送商会会頭、シエルと申します」


「俺は衛兵隊南西部隊長リキサルだ。早く来たのは俺の勝手だから気にするな。それで、ニコラウスの奴の目に留まった塩漬けというのはそれか?」


「はい。ご確認ください」


 私はテーブルの上に護衛たちが持って来た塩漬けが入った箱を置いてもらう。

 リキサルさんは、それを眺めてすぐに料理人を呼んだ。

 料理人もその魚の塩漬けをみて大変驚いた様子を見せる。

 うん、第一印象はばっちりだね。


「よし、いい品なのはわかった。これを……そうだな、5箱ほどもらおう。いくらになる?」


「どの魚の塩漬けにしますか?」


「なに? 別の種類の塩漬けも持って来ているのか!?」


「はい。サーモンにマッカレルシーブリームを持って来ております」


「ほう、3種類もか。しかし、シーブリームは高いな。……いや、普段頑張っているあいつらへの振る舞いだ、たまには贅沢もいいだろう。シーブリームを50人前、いくらになる?」


 ええと、シーブリームの仕入れ値は1人前10ブレスだよね。

 つまり仕入れ値ベースだと500ブレスになる。

 でもそれだと私たちの輸送費や人件費などの諸費用も儲けも出ない。

 そうなると、適切な金額は……。


「50人前、2500ブレスでいかがでしょう?」


 私の発言を聞いて部隊長さんも料理人さんも固まってしまった。

 ……高すぎたかな。


「お前、これだけの上物をたった2500ブレスで売ってくれるのか!?」


「え? ええと、高くはないですか?」


「馬鹿言え! これだけの上物、その倍を出しても買えるかどうか怪しいわ! しかし、商人が一度値段を言ったからには引っ込めさせないぞ。50人前2500ブレス即金で買う! いま会計から金を取ってくるからちょっと待ってろ!」


 部隊長さんは走って行ってしまった。

 ……安すぎたかな?


「シエル様。シーブリームでしたら彼の言っていた通り5000ブレスほどが適性価格かと」


「安売りし過ぎちゃいましたかね、ミラーさん」


「儲けは十分に出ていますし大丈夫でしょう。ただし、これ以上シーブリームを安値で売りさばかないでください」


「はい、肝に銘じます」


 部隊長さんは本当にすぐ戻ってきて2500ブレスを渡してきた。

 私はそれを部隊長さんの目の前で数えしっかりと受け取る。

 現金でのやりとりはお互いの目の前で数えるのがこの国の基本らしい。


 現金を受け取ったら商品を渡して取引完了だ。

 ただ、部隊長さんからの申し出で北東部隊にも塩漬けを売りに行くことになった。

 そちらではこちらほどの割引をしなくてもいいということだったので喜んで引き受けよう。


 南西部隊長の紹介があった私たちはすぐに取引の場が持たれて南西部隊と同じシーブリームを買いたいと申し出られた。

 今回は強気の1人前80ブレス計算で出したけど、それも文句を言われず即決されたのでラッキーだったかな。


 あと、街の内部を守る衛兵隊には売らなくていいのか聞いたけど、売りたければ紹介状を出すけど無理に売らなくてもいいと言われた。

 詳しく聞くと壁内衛兵隊という彼らは貴族の子弟の集まりでなにかと街壁衛兵隊と衝突しているそうだ。

 貴族の子弟ではあったが、この街に来た時点で貴族の身分を失っているにもかかわらずなにかと横柄に振る舞うのであまり街の住民からも好かれていないらしい。

 私たちが魚の塩漬けを売りにいっても値切られるだけだと言うからやめておこう。

 ミラーさんも反対しないしそれが正解なんだと思う。

 厄介ごとと最初からわかっていることに首を突っ込みたくはないからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る