24. いよいよ出発!

「ふむ。確かに昨日見たときと同じイチゴだ。時間停止というのは本当だったか」


「信じてもらえましたか、コニャックさん」


「ああ。イチゴの裏にひっそり忍ばせておいた小さい氷も溶けていない。これなら大丈夫だろう」


 宿に一泊した翌日、青果物ギルドに行きコニャックさんを訪ねるとそんなことを言われてしまった。

 コニャックさんからは「仕入れた物の中を確かめるのも仕事のうちだぞ」とたしなめられてしまう。

 うん、完全に裏をかかれた感じだ。

 この老獪さには勝てそうにない。


「さて、約束のイチゴだが、明後日ダルクウィンを出発だったな。明後日の分のイチゴを押さえておこう。どれくらいほしい?」


「ええと、どれくらい仕入れましょうか、ミラーさん?」


「そうですね。5万ブレス分は仕入れられますか?」


「5万ブレスか……少々量が多いな。約束通り高級品種を渡すので2万ブレスでどうじゃ?」


「2万ブレス分……ちなみにその高級品種というのはなんでしょう?」


「『ガーネットアイ』じゃ。今の時期にしか採れん希少物だぞ」


「ふむ、なら『ガーネットアイ』2万ブレス分で手を打ちましょう」


「助かる。何分、一般品種は市場流通もあるのであまり渡せなくての」


 あれ、普通のイチゴってそんなに数が少ないのかな?

 今日の宿の朝食でも普通に出てきたけど。


「そうなんですか?」


「ああ。採れる分に対し買い付けようとする量が圧倒的に多い。そのため、イチゴは庶民の口には入らん高嶺の花となってしまっている。いま栽培スペースを増やしているのだが、一朝一夕には解決できん」


 ああ、イチゴも果物だからね。

 すぐには実らないか。

 ともかく、私たちは『ガーネットアイ』という品種のイチゴを2万ブレス分購入することに成功した。

 魚の塩漬けと合わせれば7万ブレス分の仕入れだ。

 もうちょっと仕入れる品物を増やしたいんだけど……。


「だめです。取引経験のないシエル様がこれ以上品物を増やしても混乱するだけでしょう。いまは今回仕入れた物を売ることに集中してください」


「はい……」


 どうやらこれ以上はだめらしい。

 そもそも新人商人が7万ブレスも仕入れること自体あり得ないのだとか。

 私はお金に余裕があるからこそ出来るけど、普通は出来ないからね。

 本来は数千ブレス程度から少しずつ増やすらしい。

 うん、ドラゴン様の鱗は大きかった。


 この日と次の日はこれ以上予定がなかったため、宿にこもってミラーさんから帳簿の付け方などを学んだ。

 こちらも一朝一夕に出来ることではないけれど、早めに覚える必要があるだろう。

 難しいけれど頑張らねば。


 そして出発当日の朝、まずは青果物ギルドでイチゴを受け取ることにする。

 朝の青果物ギルドはたくさんの人で賑わっていた。

 そんな中、私たちを見つけてくれた職員さんの誘導に従いひとつの倉庫に向かって行く。

 倉庫の前で私たちは馬車を降り倉庫の中に入ると、その中はひんやりと涼しかった。

 漁師ギルドと同じように倉庫自体に空調が施されているみたい。


「待っていたよ、シエルさんたち」


「お待たせしました。あの、それで……」


「まあ、慌てない。この箱の中が『ガーネットアイ』だ。確認してほしい」


 並べられていた箱は、横幅こそ広いものの深さはものすごく浅い物が5つだけ。

 それらをミラーさんと手分けしてひとつずつ検品していく。

 中に入っているイチゴは宿で食べた物よりオレンジ色で大粒だった。

 これが『ガーネットアイ』なのかな?


「私の検品した方は問題ありません」


「私の方も問題ありませんでした。コニャック青果物ギルドマスター、最上級品の『ガーネットアイ』をありがとうございます」


 これが最上級品の『ガーネットアイ』なんだ。

 ミラーさんとコニャックさんに詳しく話を聞くと、『ガーネットアイ』はイチゴの中でも甘みが強い種類らしい。

 だけど、生育させるのが難しく、生育条件が揃っているダルクウィンでもなかなか採れないそうだ。

 それが5箱も揃っているということだけでも相当な物みたい。

 知らなかったなぁ。


 私はコニャックさんから『生産地証明書』をいただき、受領書にサインをする。

 お金も商業ギルド経由でしっかり2万ブレスを支払い、これでこの『ガーネットアイ』は私たちの物だ。

 護衛のみんなに頼み、箱を丁寧に馬車へと積んでもらう。

 積み終わったら今度は漁師ギルドだ。


「おう、来たか! しっかりとした塩漬けが出来てるぜ!」


「ありがとうございます、ダビさん」


「こっちも商売だからな。確認していってくれ」


 ダビさんに案内され冷蔵倉庫に入り品物をひとつひとつ検品していく。

 かなりの量があるため全員で手分けをして行ったが、お昼近くまでかかってしまった。

 でも、おかげでどれもしっかりとした塩漬けであることが確認できた。


「ずいぶんはりきって確認していたなぁ。そんなに心配だったか?」


「いえ。初めての商売なので程度がわからず」


「ま、そんな物か。だが、量が増えてくるといちいちすべてを確認することなんてできなくなるぞ。ギルドの信用証を発行してもらったら問題があった場合、発行元のギルドも責任を負うことになる。そっちで商売することにも慣れな」


「はい、ありがとうございます」


「おうよ。というわけで信用証を出してやろう。魚はその間に箱詰めしておいてやる。表の馬車に積み込めばいいか?」


「いえ、馬車への積み込みは私たちが行いますので大丈夫です」


「わかった。うちの連中には箱詰めまでさせよう。お前ら、仕事だ!」


 ダビさんの威勢のよいかけ声で漁師ギルドの職員さんたちが動き出した。

 キビキビした動作で箱詰めされていく魚たち。

 私たちは護衛の中から二名を荷積み役として残し、残りのメンバーで漁師ギルドのギルドマスタールームで信用証を受け取り代金の支払いを済ませた。

 時間もお昼間際ということなので漁師ギルド直営の食堂で食べさせてもらい、塩漬けの積み込みが終わったら出発準備は完了だ。


「ミラーさん、具体的にどういうルートを通って行くんですか?」


「はい。まずはダルクウィン領にある平地を抜け、迷宮都市オデルシスを目指します」


「迷宮都市?」


「街のそばに特殊なダンジョンの入り口がある街です。ダンジョンから産出される魔石や特殊な素材、魔法の品々が名産品となっています。ここでは魔道具を仕入れることを検討しましょう」


「魔道具ですか?」


「ダンジョンが近くにあることで魔石の価格が安く、魔石を動力源とする魔道具の開発が盛んなのです。ひとまず行ってみればわかるでしょう」


「わかりました。そのあとは?」


「オデルシスを抜けたあとは丘陵地帯を抜け鉱山都市ボロネアに行きましょう。そこまでで今回仕入れた商品をすべて売り払い、ボロネアで鉱石を仕入れ王都に向かうルートを取らせていただきたく思います」


「はい。では、それでいきましょう。私にはこの国の地理がわからないので、ひとまずミラーさんのおすすめにしたがってみます」


「ありがとうございます。それでは出発いたしましょう。この馬車でしたら単独で野宿をしても問題ないでしょうしね」


「単独で野宿をすると問題があるんですか?」


「モンスターや盗賊たちへの備えとして旅人は宿営地で固まって一夜を明かすことが多いですね」


 ……そんなことも知らなかった。

 宿営地はある程度の距離ごとにあるらしく、いまから進めばこの街に一番近い宿営地に着けるだろうということだったが、この馬車の機能を考えれば宿営地や宿場町は使わない方が逆に安全だろうという話だ。

 私はまだ経験不足だからひとまずはミラーさんの話を信じてみることにする。

 今日は天気もいいし、旅立つには絶好の日和だ。

 ちょっと遅くなってしまったけど、大丈夫だよね。

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